間話5
子供が産まれたのは、秋頃だった。
連邦人との子という事で、私邸での秘密裏の出産だったが、実家から送られたククルスク家の精鋭医療チームのお陰で、順調なお産だった。
「お嬢様、おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ」
立ち会ってくれたエイレーネーが涙ぐみながら、アリエリアナの胸の上に産まれたばかりの小さな娘を置てくれた。温かい。
まだ羊水で濡れた金に近い薄い色の髪。きっと大きくなれば、アリエリアナと同じミルクティー色になるのだろう。
「貴方はフィリア。フィリア・エインよ。初めまして、フィリ。あの人と私の“愛しい子”」
最初は軍部もデスクワークのみを持って来てくれたため、出産からすぐは、アリエリアナも育児の合間に仕事を片付けるだけで良かった。しかし数ヶ月が経つと、そうもいかなくなってきた。まだ這うことも出来ないフィリアをエイレーネーに預け、軍部や戦場に赴き、私邸に帰る。時には何週間も帰れないこともあった。
フィリアが産まれて1年が経った頃、私邸のエイレーネーから連絡が入った。
フィリアの熱が下がらないらしい。丁度本邸の近くだったため、主治医を無理矢理同行させ、私邸へ車を急がせた。
「ああ、フィリア!お母様はここよ!」
アリエリアナの帰宅を知ったフィリアが、力無く母を求める。
「この間も熱を出していたわ…」
無理矢理連れてこられた主治医も確認する。が、今回も風邪だった。
「幼い子はよく風邪をひきますから…それよりもアリエリアナお嬢様、私はフィリアお嬢様の発育の方が心配です」
「どういう事?」
主治医曰く、フィリアは同じ月齢の子と比べ、明らかに細く小さいらしい。ミルクや離乳食の量も、人より少ない。
「お嬢様には、帝国の環境が合わない可能性があります」
このまま居続ければ、死ぬ可能性もあるという事だ。
連邦にフィリアを送る?寿命こそ三国一長く、医療分野でも先進国だが、あの国にとって国民とは、国家運営の歯車だ。帝国よりずっと。娘をそんな環境に放り込みたくない。ここでなら、社会的にも苦労させずに生きる事ができる。生きられれば…。
「…帝国で推奨されている予防接種と、任意の物も全てデータをまとめて頂戴。それと、連邦のものも…こちらで手に入らなければ、外交ルートを使って取り寄せて」
フィリアの熱くなったおでこや頬を、冷たいタオルで冷やしながら、アリエリアナは主治医に命令した。
この子を生かすためなら、何だってする。
できることは全て行なってきたが、フィリアの状態は改善されることはなかった。
大きくなれば体力もつくはずだが、調子の良い日と悪い日の間隔も短くなり、4歳になる頃には、1日中ベッドから動けなくなる事も増えてきた。
もう、限界だった。
「エイレーネー、外交ルートで連邦軍に連絡を。フィリアを、ルドヴィクに託します」
脱走の件で、ルドヴィクの階級は一気に尉官クラスから一等兵まで降格した。
出撃回数も戦績も相変わらず高かったため、元脱走兵とはいえ順調に昇格していったある日、ルドヴィクは上層部から税関施設に行くよう命令された。
前線業務から貨物関係へ移動か?と不思議に思いながら通された部屋に、数年前会いたくて仕方が無かった女と、その横に小さな子供が立っていた。
アリエラ…
名前を呼びたいが、人の目がある。どこまで把握されているかわからないが、余計な事は言えない。
見ると、アリエリアナの大きくてきらきらしていた目は充血していた。あれは心配な事があって寝れなかった日の目だ。少し大人っぽくなったが、帝国風の厚い化粧のせいだろう。クマや顔色を隠すのに便利だと話していた。手はギュッと握り締めていて爪が食い込みそうだ。その癖痛いから治せって言ってたのに…そして反対の手で繋いでいる子供…大きな瞳の色は、自分にそっくりだった。
「貴方の種なんだから、貴方も育てて」
アリエリアナは無感情に言い放った。
ほら、やっぱり無理して感情を押し殺そうとしている。
駆け寄ることはできない。心配することも、慰めることも。今の自分には権限が無い。
全ての感情を飲み込み、大きく息を吸って言った。
「わかった」
連邦から私邸へ帰って来たアリエリアナは、フィリアの育児室のソファに座っていた。もう外は真っ暗だが、カーテンも閉めず、小さな間接照明を1つだけ灯している。
以前はルドヴィクが使用していた部屋を、フィリアの育児室として利用した。
昨日までフィリアが遊んでいたおもちゃはそのままの状態で、お気に入りのぬいぐるみの前には、絵本を広げている。
「片付けなきゃ…」
明日、おもちゃ箱にお片付けしましょうって、声をかけなきゃ…
ソファから立ち上がる。
「あぁ、もういないんだったわ…」
一歩進もうとしたが、足に力が入らない。柔らかいカーペットの上に膝が崩れる。フィリアが転んで怪我をしないように、と敷いたものだ。その上で、アリエリアナは大声で泣いた。
私が!私が望んだから!
私が望まなかったら、あの子は苦しまずに済んだ。
私が会いたいと願わなければ、抱きたいと祈らなければ、フィリアを手放さずに済んだのに!!
ルドヴィクだって迷惑だったかもしれない。知らない間に子が居ただなんて、私はなんて勝手な人間なんだ。生きてる限り、彼には彼の未来があるのに、私は、
私は、
「私は決して、私の選択に、後悔などしてはいけないのよ………」
いつだって誰かの命を背負っている私は、途中で止まってはいけない。
全てが終わるまで。
この命が尽きるまで。




