間話4
冬が過ぎた。前時代的なアリエリアナの私邸にも、近代的な冷暖房設備は整っていたが、変わり者の家主の気まぐれで、この冬は暖炉を使った。薪は、秋の間にエイレーネーの厳しい監視の元で、ルドヴィクが山のように割っていた。温かい暖炉の前で本を読んだり、飲み物を飲みながらたくさんの話をし、気付けば雪の間から小さな春の花が出ていた。
ルドヴィクにとって意外だったが、帝国に来てから少し背が伸び、筋肉も付いた。食べ物と陽の光の影響なのだろう。連邦で暮らしていた頃には感じなかったが、見える景色が変わるのは嬉しいことだった。
最近アリエリアナの体調が少し悪いようだ。熱は無いが、顔色が少し悪く、あまり動きたくないらしい。
この地域では、雪が溶けると花を愛でるらしい。邸宅の庭師にそう教えてもらい、ルドヴィクは生まれて初めて花屋へ行った。いくつか好きそうな花を見繕ってもらい、邸宅に戻る。花屋は邸宅からあまり離れていない。アリエリアナと初めて会った路地裏に近い。だが、ルドヴィクも最近、少しの距離でも息が上がるようになってきた。もうすぐ連邦から逃げて1年が経とうとしている。この身体も限界が来てるのだろう。
(死ぬなら、最期までそばにいたいな…)
邸宅まであと少し。ルドヴィクは懐かしい殺気を感じた。
「ルドヴィク・エインだな?」
「最後に目撃されたのは、花屋だそうです。お嬢様」
暖炉から一番近いソファで座っていたアリエリアナは、柔らかいストールを肩にかけ直した。
長く緩く編まれた三つ編みが、ストールの中に入り込んでしまう。エイレーネーはその三つ編みを外に出しながら、主人に温かいフルーツティーを差し出した。
「お飲みになってくださいお嬢様」
ルドヴィクがいなくなってから半日、アリエリアナは体調が良くないのにも関わらず、何も口にしていない。
庭師によると、アリエリアナに花を買ってくると言って、邸宅を出たらしい。
その花は邸宅の近くの道に転がっていた。
「ヴィーカは……ルドヴィクはもう戻らないわ」
飲み物を拒否し、スッと立ち上がる。いつもコロコロと忙しく変わっていた表情が、今は何も無い。顔色も白い。
「エイレーネー、外出の準備。お父様に会いに行きます。それと…皇帝陛下にお目通のお願いを」
「お嬢様無茶です、そんな顔色で」
「エイレーネー、用意なさい」
私邸に来てから一切見せなかった、有無を言わさない葡萄酒色の目。
帝都アウレシアにあるククルスク本邸。その応接間でアリエリアナの父のククルスク卿は、久々に会った娘の姿を見てニコニコしていた。
「お前に与えた私邸引きこもってから、一年ぶりじゃないか!どうした?何かあったのか?私の可愛いエリ」
「お久しぶりです、お父様。わたくし、お父様に一生に一度のお願いに参りましたの」
いつもなら大袈裟に喜んで抱きつきに来る娘が、今日は最初から硬い雰囲気だ。どんな雰囲気でも、可愛い娘の頼みならなんだって聞いてやりたい。ククルスク卿は、アリエリアナに甘かった。
「何だい?かしこまって。言ってごらん、エリ」
「オルカニア連邦の脱走兵ルドヴィク・エインの助命嘆願を、皇帝陛下に掛け合ってもらいたいのです」
「……エリ、どこからの情報かはわからないが、あの国で脱走は死罪だ。他国の法にに我々が口を挟めな…」
「子がおりますの、ここに」
そう言って、アリエリアナは下腹部に手をやる。
「彼の子ですわ」
「何を……言っている……?」
室内の空気が冷えていく。
「わたくしは産むつもりです」
「アリエリアナ!!!」
ククルスク卿は怒りに震えている。しかしアリエリアナは毅然として一歩も引かない。
「わたくしは未来永劫、彼以外を望む事はありません」
「これから死ぬ人間に操を立てるというのか!!?しかも、他国の人間に!!!」
「えぇそうですわ!!その証として、わたくしはこの子を産みます!だから、どうか!どうかお願いですお父様……後生です…彼の助命を………」
冷たい床に座り、頭を付ける。
ククルスク卿はまだ何か言いたそうだったが、ピクリとも動かないアリエリアナの前に折れた。
「私たちのアリエリアナ、その若者はお前にとってそこまで大切か?お前が命を捧げてきた帝国民と比べて……お前は後悔しないか?」
ククルスク卿は床に跪く娘の肩を抱いて立たせた。
「わたくしは決して、わたくしの選択に後悔などしない」
皇帝への謁見は、次の日の午後からとなった。
布をふんだんに使い、つま先まで隠れる帝国伝統のドレスを身に纏い、アリエリアナは皇帝の前で淑女の礼をとった。
「帝国の太陽にして偉大なる父である皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しい挨拶はよい、小さなアリエリアナよ。今日はどうした」
謁見室の椅子に座る皇帝は気遣うようにアリエリアナに声をかける。夜のうちに、ククルスク卿からあらかた話は聞いているだろう。
これはパフォーマンスだ。
アリエリアナは床に跪く。
「陛下、わたくしは連邦の、かの脱走兵の助命を願います。」
「何故かな?」
「わたくしの子の父親だからです」
「…して、お前は何を差し出せる?」
来た。これが本題だろう。
「………わたくしは、従軍してからこれまで、この国に尽くしてきました。これからも、この身が果てるまで、陛下の憂いはこのアリエリアナ・ククルスカが全て払ってご覧にいれます」
死ぬまで国に尽くす。これが条件だ。
皇帝は満足そうに笑った。言質を取った、と。
薄暗い牢の中。
椅子に縛り付けられ、随分と長い時間殴られていた気がする。
脱走時、協力者はいなかったから、尋問自体は短かった。後はただの暴力だ。ここはきっと連邦の海中コロニーだろう。
あの花の溢れる場所で命を終えられたら…最期に目に映るのが彼女だったなら。同じ死でも、この人生に悔いはなかったのだろう。
捕まってしまったなら、近いうちに処刑される。それは怖くはなかった。ただ、もう一度会って、話がしたかった。帝国人にしては白い肌、時々恥ずかしそうに染まる薔薇色の頬、柔らかく豊かなミルクティー色の髪を撫でられたら。もう一度、あの花のように咲く笑顔を見られたら。
ルドヴィクの痛む頬に温かいものが伝う。
「アリエラ…」
口に出すと、後から後から涙が溢れ、止まらなかった。
それから何日も何日も、処刑の執行は無かった。
牢の中で最低限の食事や水分が与えられたが、あまり手に付かなかった。
3食を1日と換算すると、3ヶ月目に入った頃、牢から外に出された。
「ルドヴィク・エイン、釈放だ」
「………は?」
何故?脱走兵に例外は無い。全員処刑だ。
「驚いているな。お前は確かに処刑が決まっていた」
目の前に立っていた老人のように見える男…見た事がある。確か将官クラスだった。
「テオドリカ帝国から、お前の助命嘆願がきた」
私は金と権力に物を言わせる事ができる女よ?
頭の中でアリエリアナの声が反芻する。
「忘れるな、2度目は無い」
ガッ
牢のあるエリアから出てきたルドヴィクを待っていたのは、長年の幼馴染で同僚のダリウスの拳だった。口の中に血の味が広がる。
「ダリ!やめろって!」
同じく幼馴染で同僚のキーアンとステンが2人がかりでダリウスを止めている。
「ルドヴィクお前!何で!!何で何も言わなかった!苦しいのはテメェだけだと思ってんのか!!?」
「ダリ……ごめん」
「言えよ!苦しかったなら言ってくれよ頼むよ!!俺たち仲間なんじゃねぇのかよ……脱走なんてするなよ……」
止められていたダリウスは力無くその場に膝を付いてボロボロと泣き出した。キーアンとステンも鼻をすすっている。
脱走時の自分は何も見えていなかった。一緒に過ごしてきた仲間が処刑されると聞いた時、彼らは一体どれほど深く傷付いただろう。
「ごめん、みんな……ごめんなさい」
ルドヴィクは床にポタポタと落ちるくらい、大粒の涙を流した。
庭師とルドヴィクは喫煙仲間でよく話す仲でした。ルドヴィクが禁煙してからも仲良いです。花を綺麗に咲かせるスゲェ爺さんに見えてたのかな。枯れ木には咲かせられないけど。
流れ上、そりゃ端折りに端折っておりますが、ルドヴィクとアリエリアナ2人にとって、とても濃すぎる時間だったと思います。ほんとにほんとに。




