35話:個性的で高収益店の展開
そうして2003年が終わり2004年を迎えた。この頃、閉店した喫茶店の後に、簡単調理して、モーニング、ブランチ、ランチ、ディナー、ナイトセットと言う、格安のモーニングのトーストセット、珈琲、紅茶、昼と夜は、定食セットとピザ、パスタセットが、デフレ時代にマッチして繁盛。特に、あらかじめ、野菜の千切り機、珈琲の焙煎、パスタ麺、ビザ生地を食品工場で作り冷凍保存し運送。
そして、それらを使い、すぐ調理して、お客様に提供するスタイルが受けて、店舗数が25件と広がっていった。特に、学生、工業労働者、独身の人たちに好評で、持ち帰りたいと言うニーズにも、対応して、里見食堂として、都会でも認知されるようになった。それと共に、売り上げ、利益を伸ばしていった、しかし、従業員も増え、学生、主婦のパート、アルバイトさんの数が数倍に増えた。
その人たちの教育とチェックと仕入れ、在庫管理が店長の仕事となった。首都圏に大量出店したために川崎工場だけでは、間に合わなくなり、千葉、湾岸地域の売り向上を改装して、食品工場にして夜間中心に工場を稼働させた。そして、地元の住民の方に、学生、主婦を中心にパート、アルバイトさんの数を増やした。さらに、輸送する冷蔵トラックも倍増した。
一方、株の方では、2005年の大納会の朝、8時半に証券会社の担当社から電話が入り、ヤフー株が18万5千円の気配値が出ていると言われ、売る時期かもと言われ、全株、成り行き売りを指示。すぐに売れた。ヤフー株は、購入した2001年9月から5回の2倍分割をしていて、株数が32倍、640株になっていた。そのため税引き後利益が約1億円となり、里見重道と明男の資産が2億円となった。
2006年に入り、これで、次の投資が、やりやすくなったと、さらに、人口の多い、上野、東京、錦糸町、浦和、大宮、船橋、千葉、横浜、川崎での出店での出店をもくろんだ。そして2006年4月までに6軒の喫茶店、小さな食堂の空き店舗を探して、改築工事を始め、6月には、ほぼ終了して、7月までに、学生、主婦中心のパート、アルバイトを募集し、転職組も含めて、本部スタッフも20人増員することも考えた。
この頃、喫茶店の廃業が多く、その店を居抜きで手に入れ、改装し、里見レストランを積極的に増やしていった。しかし、今までの画一的な添付の統一ではなく、その店のコックの得意な商品に注力して、個性的な店舗展開を目指した。そして「美味しい紅茶」、「美味しいコーヒー」、「美味しいデザート」、「日本一のタピオカ商品」を店ごとに特徴を看板に書いてもらった。
ここに、専門店をめざしてくる、いわゆる、オタク系のお客さんが来て、こうした方が良いとか、いろいろ有益な情報をもらえて、店舗展開の参考になった。しかし、この頃もタピオカの種類は、これらオタク系のお客さんのおかげで個性的な商品がいくつもできたのは、まぎれもない事実。その個性的な商品が、また、お客を呼び込んでくれるのだ。
さらに、この店でしか入らない珈琲豆、紅茶、高級烏龍茶、タピオカ商品が、週刊誌に取り上げられたり、お客さん自身がユーチューブに載せてくれるので、広告宣伝費がかからない。まー、口コミと言うのは、恐ろしく、若い女性は、それも見聞きして、団体さんいらっしゃいとなり、里見レストランの売り上げ、利益向上に寄与してくれるのである。
この頃、里見レストランで、おいしいご飯にこだわった店を展開してみないかと言う話が持ち上がり、そのはなうぃの発端となった辰巳健二くんをチーフにして、日本中で美味しいコメをそろえ、食べ比べで駅る店の構想が持ち上がり、試しに、小型店舗3件で実験的に開始した。すると、若者ではなく、中高年がその味を求めてやってきた。辰巳君の作ったおこげご飯に、少し醤油を垂らして漬物と一緒に食べるセット。




