13話:2次会での出来事
会場のレストランに着くと全員で泉田誠一を含め14名が参加していた。
最初にみんなでビールで乾杯した。そして話が始まり、泉田誠一が今日の会議は
論点がしっかりして議論らしい議論ができ、佐藤さんの議長ぶりもさすがだと
持ち上げた。すると佐藤が、そんなに持ち上げても、酒代は自分持ちだからな
と笑いながら言った。そして他の若手から丹沢先生の資料は貴重な情報で非常に
参考になったとほめた。
そして最後に、政府の補助金を回しても、地方都市でも大都市と同じ医療を受けら
れるべきだという意見に対して、真っ向反対した時の迫力には驚いたといった。
すると丹沢さんが、あの中国共産党の鄧小平でさえ、1985年に先富論を唱え
「我們的政策是譲一部分人、一部分地区先富起来、以帯動和幇助落伍的地区、
先進地区幇助落伍地区是一個義務」。と言った。
わかりやすく言えば
「先に豊かになれる人が豊かになり、豊かになった人は他の人も豊かになれる
ように助ける」と言ったのだ。あの共産主義の指導者さえ、こう言ったのに自由主義
、資本主義の日本の若者が時代錯誤な平等論を言うから、ちょっとカチンと来て
言いすぎたと笑っていた。ただ、これから日本の医療をどうすべきかという人達が
新しい時代を建設的に作り上げていくべきで、その足を引っ張るような意見は
決して言うべきでは無いと言うが私の持論だと言い、この信念があるから今迄も
やってきたし、今後もやっていけると思うと言った。
決して安易な妥協はすべきではないと考えていると言うと、そんな信念を持って
いるから若いのだと若い女性が言うと、そう言ってくれるとうれしいねと笑った。
次に、丹沢さんが、手の内をばらすようでなんだが、数ヶ月前に佐藤さんから
電話をもらって、実はいろいろ検討してみて、静岡で高度臨床検査センターを作る
のは、難しいと言う結論に達したのですがどう思われますかと聞かれたときには、
さすが、よく調べたと思ったと言った。私の首都圏の高度臨床検査センターの
稼働率の詳細資料をこの会合で見せる気になったのも、佐藤君の電話がきっかけ
なんだと打ち明けた。
佐藤君の立場として最初、静岡にセンターを作ろうと
「静岡高度臨床検査センター設立委員会」
を作ったわけで、それを確かに理論的に考えればそうなるのだが、なかなか柔軟に
、難しいと言う結論に達したとは言えないよ。そこが彼の懐の深い、全国でも
十分通用する度量の持ち主だと褒めちぎった。そう言われるると照れちゃうなー
と言った。丹沢さんが首都圏の検査依頼数と実施状況、開設翌年からの営業時間
の延長と土日営業の状況をグラフと図はトップシークレットだから、間違っても
写真を引用したりはしないでくれと念を押した。
すると、若手から実際、あれだけの費用がかかっていること、それを毎年返済
していく事は、数字がわからないと絶対言えないし、あのグラフを見せられたが、
直ぐに、首都圏ほど人口の多くない静岡で高度臨床検査センターを作ろうとは
言えなくなるのは、良くわかったと言った。それがわかってくれれば、東京から
、わざわざ丹沢先生を呼んできた会があるってものだと佐藤さんが喜んた。
泉田健一が、それでも、折角ここまでやってきたのだから、静岡にと限定する
つもりはないが、例えば、大阪、神戸、京都、のエリアか、北九州、福岡エリア
にでも高度臨床検査センター作るのに資本参加したいなと言うと、是非そうして
やってくれよと、丹沢先生と佐藤さんが言った。但し1億円以上の金が出来たらな
と言うと、大笑いとなった。そうして夜23時に2次会も終了して、解散となり
、丹沢、佐藤、泉田と他メンバーがっちり握手して別れた。




