第ニ十六話
「私は姫を殺したあの騎士を絶対に許さない」
「クラウスは悪くありません!」
思わず私は声を上げていた。言わずにはいられなかった。
彼はセラスティアの従者である前に、国王に忠誠を誓う騎士だった。
だから命令には逆らえなかったのだ。
「それにセラスティアも」
「そう、クラウスだ。あの騎士の名。……あいつは私に嘘を吐いた」
「え?」
リュシアン様の赤い瞳が怒りに燃えているように見えた。
「あいつは私に言ったんだ。『姫は騎士の名にかけて私が必ず守ります。だから安心してください』とね」
――え?
「なのに、あいつは……」
そのとき彼の両手が小刻みに震えていることに気付く。
「あいつが、姫を……っ」
「リュシアン様」
凛と響いたその声にリュシアン様は我に返ったように顔を上げた。その視線の先にいるマルセルさんが冷静な顔で続ける。
「コーヒーが冷めてしまいますよ」
「……そう、だな」
リュシアン様はふぅと息を吐いて、もう一度私を見た。
「姫。あいつには気を付けて」
「え……」
「今世でもあいつは君の傍にいる。18歳の誕生日を迎える姫の傍に。きっと、何か企んでいるに違いないんだ」
じくりと薔薇の痣が疼いた気がした。
「私はもう、あの悪夢を見たくはない」
酷く悲しげな笑みを浮かべ、彼は言う。
「だから、こうして君を守りに来たんだ」
「……っ」
これまで何度も聞いている言葉のはずなのに、初めて言われたように感じた。
そして、彼はテラス席へと戻っていく。
「話の途中だったね。それで、もうひとつというのは?」
そう訊かれたアンナは一瞬呆けたような顔をしてから焦ったように「いえ、もう大丈夫です」と答えた。
きっとアンナは、なぜ彼がそんなにもセラスティア姫に執着するのか、それを訊こうとしたのだろうと、なんとなくわかった。
⚔⚔⚔
「私、酷くない?」
夕刻、寮の自室に戻った私は開口一番そうぼやいて机に突っ伏した。
「酷くない酷くない」
アンナがクローゼットの鏡の前でアクセサリーを外しながら軽い調子で否定してくれる。
「忘れられてショックなのは、自分が一番わかってるはずなのに……」
ユリウス先生がセラスティアのことを憶えていなくて、3日寝込んだことを思い出す。
「本人も仕方ないって言っていたし。でも長年の、前世からの謎が解けて良かったじゃない」
「そうだけど……」
「理由を知って絆されちゃった?」
「それはない、けど」
即答するとアンナは笑った。
「折角の玉の輿なのに。まぁ、いくら小さい頃に助けてもらったからって、彼の行動は行き過ぎだものね」
「……でも、これまでの自分の態度を思い返すと、ほんと申し訳なくて」
セラスティアだった頃も含めて、彼には随分冷たい態度をとってきたように思う。
アンナがよいしょとベッドに腰を下ろして首を傾げた。
「うーん、でもだからって急に態度を変えるのもねぇ。どちらにしても気持ちには応えられないんだから、今まで通りでいいんじゃないかしら」
……そうだ。
好かれたきっかけはわかったけれど、だからと言って私の気持ちは変わらない。
リュシアン様を……ユリウス先生以外の人を好きになることはない。
「それより、気になることを言ってたわね。クラウスさんのこと」
「うん」
アンナの声音が真剣なものに変わって、私は上体を起こした。
「前世であのふたりが話してたって、レティ知ってたの?」
「ううん。全然、知らなかった……」
おそらくはセラスティアもだ。
するとアンナは少し言いにくそうに続けた。
「あれを聞いたら、リュシアン様がクラウスさんのことを憎む気持ちもわかるなって……。勿論、クラウスさんは立場上そう言うしかなかったのかもしれないけど」
「うん……」
私も今日リュシアン様の話を聞いて、彼の……ルシアン様の印象は随分と変わった。
「だから私もね、ほんのちょっとだけ、レティの誕生日が怖くなってきちゃった」
「え?」
アンナが私を見つめ、申し訳なさそうに言う。
「初めてレティから前世の話を聞いたときは、なんて運命的な再会だろうって思ったけど、ユリウス先生がもし前世を憶えていたとして、じゃあなんで今、18歳の誕生日を迎える年にレティの前に現れたんだろうって。……しかも、憶えていないふりをして」
――レティに知られたくない、何か理由があるんじゃないかって。
――きっと、何か企んでいるに違いないんだ。
少し前にアンナが言った言葉。そして昼間のリュシアン様の声が蘇る。
どくどくと心臓が嫌な音を立てていた。
「ユリウス先生を疑いたくはないけれど、もしかしたらこのまま誕生日まで先生には会わない方がいいのかもって」
「それは……っ」
私が声を上げると、アンナは慌てたように言った。
「そうよね! レティは先生に誕生日を祝って欲しいんだものね。ごめんなさい、私リュシアン様に引きずられ過ぎ」
「ううん。ありがとう、アンナ」
私は笑顔で首を振る。
アンナは私のことを心配してくれているのだ。
(でも、私はやっぱり……)
ぎゅうと机の下で手を握って、私はユリウス先生の顔を思い浮かべていた。
――私の18歳の誕生日が、3日後に迫っていた。




