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銅貨一枚にもならない魚、銀貨十枚になりました。

「百匹生まれて、一匹だけ違いました」


 ――なんて言えれば格好いい。


 だが。


「…………分からん」


「まだ?」


「まだ」


「三日も見てるよ?」


「三日じゃ分からないことなんていくらでもある」


 カイトは今日も稚魚の容器を覗き込んでいた。


 第1世代。


 クロとシロから生まれた子供たち。


 その中に一匹だけ、《選別眼》でも正体が分からない個体がいる。


《ミナ》


世代:F1

父:クロ

母:シロ

状態:良好


特徴:未発現

特性:???

希少度:判定不能


 何度見ても同じ。


「この前、光ったじゃん」


「光った」


「じゃあ光るミナなんじゃない?」


「それならそう表示されると思うんだけどな」


「選別眼が壊れてるとか」


「縁起でもないこと言うな」


 ミアが笑う。


 カイトはもう一度、その稚魚を見る。


 焦っても仕方がない。


「まあ、育つまで待つか」


「結局それ?」


「生き物だからな」


 答えを急いだからといって、成長が早くなるわけではない。


◇


 問題は別にあった。


「金がない」


「また?」


「まただ」


 小屋。


 木桶。


 網。


 エサ。


 稚魚が増えれば、当然容器も必要になる。


 日雇いで稼いではいるが、追いつかない。


「メダカ屋やるんじゃなかったの?」


「やりたい」


「売れば?」


「何を?」


「ミナ」


「誰が買うんだよ」


「…………」


 二人で黙る。


 この世界でミナの価値はほぼゼロ。


 魚屋では銅貨一枚にもならなかった。


「店を始めても、客が来ないとな」


「じゃあ見せれば?」


「見せる?」


「カイトはずっと、見れば違いが分かるって言ってるじゃん」


「…………」


「みんな知らないなら、見せればいいじゃん」


 カイトはミアを見る。


「お前、たまにいいこと言うな」


「たまに!?」


「よし」


 カイトは立ち上がった。


「市場行くぞ」


◇


 翌日。


 リベルタの市場。


 肉屋。


 野菜屋。


 武器屋。


 薬草屋。


 その端に――。


 一つだけ場違いな露店があった。


 木桶が三つ。


 小さな魚が数匹。


 そして手書きの看板。


《光る魚 あります》


「…………」


「…………」


 誰も来ない。


「カイト」


「言うな」


「誰も来ないね」


「言うなって」


 十分。


 二十分。


 一時間。


「場所が悪いのかな?」


「いや」


 カイトは周囲を見る。


 隣の店には客がいる。


 向かいにもいる。


 つまり。


「ミナに興味がないんだ」


「やっぱり?」


「分かってたけど、実際やるとキツいな……」


 通行人が看板を見る。


 木桶を見る。


 そして、そのまま通り過ぎる。


「光る魚だって!」


 一人の子供が足を止めた。


 母親らしい女性が手を引く。


「ミナでしょ。行くわよ」


「でも光るって!」


「そんなわけないでしょう」


「…………」


 カイトは何も言わなかった。


 前の世界でも、新しいものを知らない人へ説明する難しさはあった。


「見る?」


 ミアが言った。


「え?」


 子供へ向かって手招きする。


「見るだけならタダだよ!」


「ミア」


「いいじゃん」


 子供が母親の手を引っ張った。


「見たい!」


「もう……」


 母親が渋々近づいてくる。


「どれが光るの?」


「これ」


 カイトが指したのはクロだった。


「黒いだけじゃん」


「まあ見てろ」


 日の光が当たる位置へ、ゆっくり容器を動かす。


 クロが向きを変える。


 キラッ。


「わっ!」


 子供の声が市場に響いた。


「光った!」


 その声に、近くの人間が振り返った。


「何だ?」


「魚?」


「ミナだろ?」


 一人。


 二人。


 少しずつ人が集まる。


「もう一回!」


「魚だから俺の都合では光らないよ」


「えー!」


 またクロが泳ぐ。


 キラッ。


「おお」


 今度は大人から声が上がった。


「本当に光ってるな」


「魔道具か?」


「違います」


「魔法をかけてるのか?」


「それも違います」


 カイトは答える。


「この魚自身の特徴です」


「ミナが?」


「はい」


 ざわざわ。


 少しずつ空気が変わる。


 カイトは思った。


 そうだ。


 知らないだけなんだ。


 この魚がつまらないと決めているんじゃない。


 面白いミナを――。


 まだ見たことがないだけ。


◇


「その魚」


 低い声がした。


 人垣が少し開く。


 上等な服を着た男が立っていた。


 年齢は四十代半ば。


 金色の髪。


 明らかに市場の一般客とは違う。


 後ろには従者までいる。


「売り物か?」


「…………」


 カイトは男を見る。


「一応」


「いくらだ」


 困った。


 値段など決めていない。


「えーっと……」


 ミアが小声で言う。


「銅貨三枚?」


「安すぎるだろ」


「だってミナだよ?」


「お前はどっちの味方だ」


 男が眉を上げる。


「値段が決まっていないのか?」


「今日初めて店を出したんで」


「商売をするなら値段くらい決めておけ」


「ごもっともです」


 男はクロを見る。


「銀貨十枚」


「…………はい?」


「銀貨十枚で買う」


 周囲がざわついた。


「ミナに!?」


「銀貨十枚!?」


 カイトも固まった。


 この世界の物価は、流れ込んできた知識で理解している。


 銀貨十枚。


 今のカイトにとっては、かなり大きい。


「売ります!」


 ミアが即答した。


「おい!」


「だって銀貨十枚だよ!?」


「クロは売らない」


「ええ!?」


 男の眉が動いた。


「なぜだ」


「親に使ってるからです」


「親?」


「繁殖に必要なんです」


「同じものをまた捕まえればいいだろう」


「同じじゃない」


 カイトは即答した。


 男が黙る。


「この個体だから意味があるんです」


「…………」


「こいつが持ってる特徴を次の世代に残したい。だから今は売れません」


「銀貨二十枚」


「売りません」


「三十」


「売りません」


「カイト!」


「うるさい」


 ミアがカイトの服を引っ張る。


「三十だよ!?」


「分かってる」


「いっぱい容器買えるよ!」


「それでもダメ」


 カイトはクロを見る。


 ここで売れば金になる。


 生活も楽になる。


 飼育環境だって整えられる。


 でも。


 クロを手放したら。


 その先がなくなる。


「俺が売りたいのは」


 カイトは男を見る。


「この一匹じゃありません」


「ほう?」


「この一匹から、これから生まれる魚です」


 男の目が少し変わった。


「……面白いことを言う」


「まだ完成してないんですよ」


「完成?」


「もっと黒く」


 クロを見る。


「もっと光る魚を作る」


 周囲から笑い声が聞こえた。


「ミナを?」


「そんなことできるのかよ」


 カイトは気にしない。


 男だけは笑っていなかった。


「なら」


 男は懐から銀貨を取り出した。


 十枚。


 カイトの前へ置く。


「最初に生まれた“完成品”を私に売れ」


「…………」


「これは前金だ」


「え?」


「私はアルベルト」


 男が名乗った。


「その魚が本当にお前の言う通りになるのか――」


 クロを見る。


「見届けてやろう」


 カイトは銀貨を見る。


 そして、アルベルトを見る。


「返金はできませんよ?」


「構わん」


「いつ完成するかも分かりません」


「構わん」


「本当に?」


「しつこい」


「…………」


 カイトは銀貨を手に取った。


「じゃあ」


 異世界で初めて。


 メダカで金を得た瞬間だった。


「契約成立ですね」


 アルベルトは笑った。


「ああ」


「ただし」


 カイトは言った。


「次に見せる魚は――」


 クロを指さす。


「こいつより、もっとすごいですよ」


「期待しておこう」


 アルベルトは去っていった。


 人だかりも、少しずつ散っていく。


「…………」


「…………」


 カイトとミアは、テーブルの上の銀貨を見る。


「カイト」


「ん?」


「売れてないよね?」


「売れてないな」


「なのに銀貨十枚?」


「前金だな」


「…………」


 ミアがニヤッと笑った。


「メダカ屋じゃん」


「ミナだけどな」


「メダカでしょ?」


 カイトがミアを見る。


 初めて。


 ミアの口から自然に「メダカ」という言葉が出た。


「…………そうだな」


 カイトは笑った。


「メダカだ」


 この日。


 異世界で初めて――。


 名もない小魚に、値段がついた。


 そして三日後。


「カイト!」


 小屋の外から声が響いた。


「大変!」


「今度は何だ!?」


「この前のおじさん!」


「アルベルト?」


「来てる!」


「何しに?」


 ミアが息を切らしながら答えた。


「池が――」


 一度息を吸う。


「池の水が、透明になったって!」

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