↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/19

その小魚、銅貨一枚にもなりませんでした。

《固有能力――選別眼を獲得しました》


「…………は?」


 カイトは目の前に浮かんだ文字を見つめた。


 何度まばたきをしても消えない。


「選別眼……?」


 聞いたことのない言葉――ではない。


 いや。


 意味だけなら、嫌というほど分かる。


 選別。


 何十匹、何百匹と育ったメダカを一匹ずつ見て、次の世代へ残したい個体を選ぶ。


 カイトが前の世界で何度もやってきたことだ。


「それが能力になったってことか?」


 そう呟きながら、もう一度川を見る。


 先ほどの黒い小魚は、まだそこにいた。


 試しに意識を集中させる。


「…………」


 すると――。


《ミナ》


系統:黒系統

性別:♂

状態:良好

特徴:黒色素・強

特性:微弱魔光

希少度:E


「おお……」


 思わず声が出た。


「マジで見える」


 今度は隣を泳いでいる個体を見る。


《ミナ》


系統:野生型

性別:♀

状態:良好

特徴:なし

特性:なし

希少度:F


「なるほどな」


 便利だ。


 かなり便利だ。


 ただ――。


「全部教えてくれるわけじゃないのか」


 黒い個体をもう一度見る。


《微弱魔光》


 そこまでは分かる。


 だが、それが何なのか。


 どう遺伝するのか。


 どんな掛け合わせをすれば強くなるのか。


 そこまでは表示されない。


「結局、そこは自分で考えろってことね」


 カイトは少し笑った。


 むしろ、その方がいい。


 答えが全部分かってしまったら面白くない。


「さて……」


 問題は、この黒い個体をどうするかだ。


 連れていきたい。


 ものすごく連れていきたい。


 だが――。


「容器がない」


 当然だった。


 転生してまだ一時間も経っていない。


 タモもない。


 バケツもない。


 ビニール袋もない。


「異世界転生するなら、せめてNVボックスくらい持たせてくれよ……」


 誰に言っているのか自分でも分からない。


 とりあえず辺りを探した。


 木。


 石。


 草。


「……無理だな」


 さすがに素手で追い回すわけにもいかない。


 メダカを飼っていた頃から、魚を必要以上に追い回すのは好きではなかった。


「今日は場所だけ覚えとくか」


 名残惜しい。


 ものすごく名残惜しい。


 だが、まず自分が生きることの方が先だ。


「待ってろよ」


 黒い小魚に向かって言う。


「絶対また来るからな」


 当然、返事はない。


 カイトは立ち上がった。


◇


 頭の中に流れ込んできた知識によれば、川沿いを南へ進めば町がある。


 歩くこと一時間ほど。


「……あれか」


 石造りの壁が見えてきた。


 町の名は《リベルタ》。


 人口数千人ほどの交易都市。


 巨大な城壁。


 行き交う馬車。


 腰に剣を下げた男。


 ローブ姿の女。


「うわぁ……」


 初めて、異世界に来た実感が湧いた。


「本当にファンタジーじゃん」


 幸い、この世界の言葉は理解できる。


 文字も読める。


 これも転生した際に流れ込んできた知識のおかげらしい。


 問題は――。


「金がない」


 カイトの所持金。


 ゼロ。


 見事なまでにゼロだった。


「異世界転生って、普通ちょっとくらい金もらえないの?」


 そんなことを考えながら市場を歩く。


 肉。


 野菜。


 果物。


 見たことのない魔物らしき素材。


 そして――。


「魚か」


 足が止まった。


 魚屋だった。


 大きな川魚が何匹も並べられている。


 その店先に置かれた桶。


 そこに、小さな魚が泳いでいた。


「ミナだ」


 川にいたものと同じ魚。


 カイトは思わず近づいた。


 十匹ほどいる。


「おっちゃん、この魚って売り物?」


 店主がカイトを見る。


「魚?」


「これ」


 桶を指さす。


 店主は眉をひそめた。


「ああ、ミナか」


「いくら?」


「は?」


「だから、これ一匹いくら?」


 店主は数秒、黙った。


 そして――。


「兄ちゃん、変なやつだな」


「え?」


「そんなもん買ってどうすんだ」


 店主は笑った。


「ミナなんて、銅貨一枚にもならねえよ」


「…………」


 カイトは桶を見る。


 普通の人間なら、ここでがっかりするのかもしれない。


 だが――。


 カイトの口元は、逆に緩んだ。


「本当に価値ないんだ」


「だからそう言ってるだろ」


「誰も飼ってない?」


「飼う?」


 店主はますます変な顔をする。


「そんな小魚を?」


「綺麗なやつを選んだりとか」


「しねえよ」


「繁殖させたり」


「しねえ」


「違う色のやつ同士を掛け合わせたり」


「何のために?」


 カイトは黙った。


 間違いない。


 この世界には――。


 改良メダカという文化が存在しない。


「おっちゃん」


「なんだ」


「このミナ、どうする予定だった?」


「捨てる」


「…………」


 即答だった。


「大きい魚を捕ったときに網に入っただけだ。邪魔だからあとで川に戻す」


「じゃあ」


 カイトは桶の中を見る。


 選別眼を使う。


《ミナ》


《ミナ》


《ミナ》


《ミナ》


 一匹ずつ情報が浮かぶ。


 ほとんどが野生型。


 しかし。


「……いた」


 端にいる一匹。


 少しだけ体色が薄い。


 よく見なければ分からない程度の違いだった。


《ミナ》


系統:野生型

性別:♀

状態:良好

特徴:黒色素・弱

特性:なし

希少度:F


 カイトの目が止まる。


「メスか……」


 頭に浮かぶのは、川にいた黒いオス。


 黒色素の強いオス。


 黒色素の弱いメス。


 普通なら組ませない。


 だが、この世界の魚がどんな遺伝をするのかは分からない。


 それに――。


「面白いな」


 もう始まっている。


 頭の中で、掛け合わせを考えている自分がいる。


「おっちゃん」


「今度はなんだ」


「これ、一匹もらっていい?」


 店主はカイトの顔を見る。


 桶を見る。


 またカイトを見る。


「……好きにしろ」


「マジ?」


「ただし入れ物は自分で用意しろよ」


「…………」


 カイトは固まった。


 また容器問題である。


「そこからか……」


 店主が笑う。


「兄ちゃん、本当にその小魚が好きなんだな」


「まあね」


「何がそんなに面白いんだ?」


 カイトは少し考えた。


 そして桶の中の小さな魚を見る。


「今は、どこにでもいる小魚だけど」


「うん?」


「何世代か先には、誰も見たことのない魚になってるかもしれない」


 店主は首を傾げた。


「よく分からんな」


「俺もまだ分からないよ」


 カイトは笑った。


「だから面白いんだ」


 店主は呆れたように肩をすくめた。


 カイトは市場を見渡した。


 金はない。


 家もない。


 飼育容器すらない。


 川には気になる黒いオス。


 目の前には使えそうなメス。


 そして、この世界では――。


 そのどちらにも価値がない。


「……よし」


 まずは金を稼ぐ。


 次に容器。


 水。


 エサ。


 そして、あの黒い一匹を迎えに行く。


 やることが一気に増えた。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ――。


 久しぶりに、胸が高鳴っていた。


「この世界でやってみるか」


 誰も価値を知らないなら。


 自分がその価値を作ればいい。


「メダカ屋」


 カイトは小さく笑った。


「異世界で、もう一回始めてみるか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。