↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/19

異世界に来ても、メダカはメダカでした。

第一章 メダカ屋、はじめました。



目を開けると、知らない空だった。


 青い空。


 見たことのない森。


 そして空には、二つの月が浮かんでいる。


「…………ああ」


 カイトは妙に冷静だった。


 驚くより先に、分かってしまったからだ。


 ここは日本ではない。


 ――異世界だ。


「俺……転生したのか」


 そう口にした瞬間だった。


 知らないはずの知識が、一気に頭の中へ流れ込んできた。


「うっ……!」


 国の名前。


 この世界で使われている言葉。


 通貨。


 町。


 魔法。


 魔物。


 そして、この世界で生きていくために必要な最低限の常識。


 見たことも聞いたこともないはずなのに、なぜか知っている。


 同時に、前の世界での記憶もはっきりと残っていた。


 カイトは三十二歳。


 どこにでもいる普通のサラリーマンだった。


 そんなカイトの生活が変わったのは、数年前。


 新型コロナウイルスの流行で、在宅ワークが増えたことがきっかけだった。


 通勤する日が減り、家で過ごす時間が増えた。


 最初は暇つぶしだった。


 小さな容器。


 数匹のメダカ。


 それだけだった。


 朝、仕事を始める前にエサをやる。


 昼休みに、ちょっと覗く。


 仕事が終わったら、また覗く。


 気づけば毎日見ていた。


 そして――。


「同じメダカなのに、なんでこんなに違うんだ?」


 黒い個体。


 光る個体。


 ラメが入った個体。


 ヒレの長い個体。


 調べれば調べるほど、知らない世界が出てきた。


 一つ容器が増えた。


 二つ増えた。


 また増えた。


 いつの間にかベランダだけでは足りなくなった。


 休みの日にはメダカ屋を巡り、イベントにも足を運ぶようになった。


 そして自分でも、掛け合わせを始めた。


 親を選ぶ。


 卵を採る。


 稚魚を育てる。


 何十匹、何百匹と生まれた中から、自分の目で一匹ずつ見る。


 ほんの少しの違いを見つける。


 その作業が、どうしようもなく面白かった。


 会社員を続けながら、休日はほとんどメダカ。


 いつしかカイトにとってメダカは、ただの趣味ではなくなっていた。


 ――そして今。


「異世界転生……か」


 カイトはゆっくり立ち上がった。


 ここは《アルカディア》。


 剣と魔法が存在する世界。


 だが、剣術が使えるようになったわけではない。


 強力な魔法の知識を与えられたわけでもない。


 頭に流れ込んできたのは、この世界で生きるための最低限の知識だけだった。


「前世の知識で使えそうなのは……」


 仕事?


 パソコン?


 Excel?


 カイトは少し考える。


「……メダカくらいじゃね?」


 そのときだった。


 ぴちゃん。


「ん?」


 近くから水音がした。


 木々の間を抜けると、小さな川が流れている。


 カイトは何気なく水面を覗いた。


「…………え?」


 小さな魚が泳いでいる。


 二センチほど。


 細長い体。


 小さな口。


 水面近くを泳ぐ姿。


 カイトはしゃがみ込んだ。


「ちょっと待て」


 一匹。


 二匹。


 三匹。


「これ……メダカじゃね?」


 この世界では《ミナ》と呼ばれている。


 食用にもならない。


 魔物でもない。


 観賞魚としての価値もない。


 ――どこにでもいる、価値のない小魚。


 流れ込んできた異世界の知識は、そう告げていた。


「価値がない……?」


 カイトは笑った。


「いやいや」


 もう目が変わっていた。


 一匹ずつ見る。


 体型。


 色。


 ヒレ。


 泳ぎ。


 十数匹の中に――。


「……ん?」


 一匹だけ、妙に黒い個体がいた。


 さらに。


 キラッ。


「今……光った?」


 背中に一瞬、細い光が走った。


 カイトは無言で追いかける。


 もう一度。


 キラッ。


「やっぱり」


 周りとは違う。


 ほんのわずかな違い。


 でもカイトは知っている。


 こういう一匹から、すべてが始まることを。


 この個体を親にしたら?


 子供はどうなる?


 さらに、その子供同士を掛け合わせたら?


「この世界じゃ、誰もやってないのか……?」


 流れ込んできた知識が答える。


 ――そんな文化は存在しない。


 カイトの口元が上がった。


 剣は使えない。


 魔法も分からない。


 金もない。


 家もない。


 だけど――。


 メダカはいる。


 しかも、誰もその可能性を知らない。


 黒い小魚が、ゆっくり水面へ上がってきた。


 カイトはその一匹を見つめた。


「……こいつ、化けるぞ」


 その瞬間。


《条件を満たしました》


《固有能力――選別眼を獲得しました》


「…………は?」


 川の中で、あの黒い小魚だけが――。


 一瞬、金色に輝いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。