祭りで会った大男は、生き物を飼いませんでした。
空の光が消えても。
祭りは終わらなかった。
「次あれ!」
「まだ行くの?」
「行く!」
ミアが指差した先には、大勢の人が集まっている。
「何でしょう」
セレナが覗き込む。
「行けば分かる!」
「その説明、今日何回目だ」
カイト。
ミア。
セレナ。
アルベルト。
気づけば四人で歩くのが普通になっていた。
◇
人だかりの中央にあったのは。
大きな木の桶だった。
「水?」
桶いっぱいに水が入っている。
その横に。
さらに小さな桶。
そして。
十人ほどの男たち。
「何するんだ?」
「水運び!」
ミアが言った。
「水運び?」
「ナナキタ川の水を、あっちまで運ぶの!」
広場の反対側。
かなり離れた場所に、大きな樽が置かれている。
「一番早い人が勝ち?」
「違うよ」
「じゃあ何?」
「いっぱい運んだ人!」
なるほど。
小さな桶に水を入れて走る。
制限時間内に。
向こうの樽へ、どれだけ水を運べるか。
「地味だな」
「面白いよ!」
参加者が桶を選び始める。
大きい桶。
小さい桶。
深いもの。
浅いもの。
「大きいの使えばいいじゃん」
ミアが言う。
「重いだろ」
「でもいっぱい入るよ」
「走れないくらい重かったら意味ない」
「じゃあ小さいの?」
「それだと何往復もしないといけない」
「むずかしい」
カイトは参加者を見る。
一番目立つ男がいた。
若い。
体格もいい。
誰より大きな桶を持っている。
「絶対あの人!」
ミアが言う。
「どうでしょう」
セレナが答える。
「私はあちらだと思います」
指差した先。
小柄な男。
小さな桶。
「なぜだ?」
アルベルトが聞く。
「移動速度を考えれば――」
「祭りで計算するなよ」
「まだ計算していません」
「するつもりだっただろ」
「はい」
素直だった。
◇
「カイトは?」
ミアが聞く。
「俺?」
「誰が勝つと思う?」
「そうだな……」
参加者を見る。
一人。
気になる男がいた。
大柄。
太い腕。
無精ひげ。
なのに。
持っている桶は中くらい。
「俺はあの人」
「なんで?」
「分からん」
「適当!」
「でも、あの桶なら走れる。水もそこそこ入る」
「普通じゃん」
「普通が一番いいこともある」
「ふーん」
開始の合図が鳴った。
◇
「いけー!」
ミアが叫ぶ。
男たちが一斉に走る。
最初に飛び出したのは。
やはり一番大きな桶を選んだ男だった。
「速い!」
だが。
「こぼれてる」
桶が大きすぎる。
走るたび。
水が左右に飛び出していく。
「もったいない!」
一方。
セレナが選んだ小柄な男は速い。
ただ。
一回に運べる量が少ない。
「難しいですね」
そして。
カイトが選んだ大男。
速くない。
遅くもない。
水も。
ほとんどこぼしていない。
一往復。
二往復。
三往復。
「あれ?」
ミアが気づく。
「あの人、結構入ってない?」
「ああ」
最後まで。
同じ速さだった。
◇
終了。
係の人間が樽の水量を確認する。
「優勝――ガルド!」
「おお!」
歓声。
「カイト当たった!」
「たまたまだよ」
「なんで分かったの?」
「だから、なんとなく」
大きすぎない桶。
無理をしない速度。
水をこぼさない。
最後まで同じ動き。
派手ではない。
でも。
結果として。
一番多く残った。
「一番速い人じゃなかったね」
ミアが言う。
「そうだな」
「一番大きい桶でもなかった」
「ああ」
「じゃあ何が一番だったの?」
「水を運ぶのが一番上手かったんだろ」
「…………」
ミアが少し考える。
「速さを競ってるんじゃないもんね」
「そういうこと」
◇
「おい」
後ろから声がした。
振り返る。
「俺に賭けてたやつ」
さっきの大男。
ガルドだった。
「賭けてないですよ」
「そうなのか?」
「祭りで賭け事させないでください」
「ははっ」
近くで見ると。
さらに大きい。
「ガルドだ」
「カイトです」
「ミア!」
「聞いてねえ」
「なんで!」
ガルドが笑った。
セレナを見る。
「そっちは?」
「セレナです」
「アルベルトだ」
「四人で来たのか?」
「成り行きです」
「友達!」
ミアが言った。
カイトが見る。
「いつから?」
「今日!」
「今日できた友達を四人組に数えるな」
「いいじゃん」
ガルドがまた笑った。
「面白い連中だな」
◇
「しかし兄ちゃん」
「はい」
「なんで俺だと思った?」
「桶ですかね」
「ほう」
「大きすぎない。小さすぎない」
「それだけ?」
「あと」
カイトはガルドの手を見る。
大きい。
硬そうな手。
指には細かな傷。
「道具の扱いに慣れてそうだったから」
ガルドが自分の手を見る。
「よく見てんな」
「見るのは好きなんです」
「何の仕事してる?」
「店をやってます」
「何屋?」
「メダカ屋です」
「メダカ?」
「小さい魚」
「ああ」
その瞬間。
ガルドの顔から。
笑みが消えた。
ほんの一瞬。
「……魚か」
「はい」
「そうか」
それだけだった。
だが。
さっきまでとは明らかに違った。
◇
「ガルドもメダカ飼えば?」
ミアが言った。
「飼わん」
即答だった。
「なんで?」
「生き物は飼わん」
「魚嫌い?」
「嫌いじゃねえ」
「じゃあなんで?」
「…………」
ガルドは少し黙った。
「面倒だからだ」
「えー」
「餌やったり、水替えたり、毎日見るんだろ?」
「毎日見るよ!」
「俺には向いてねえ」
「カイトなんかずっと見てるよ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「メダカの人」
「間違ってないのが嫌だな」
ガルドが笑う。
でも。
カイトは見ていた。
生き物は飼わない。
そう言った時だけ。
ガルドは笑っていなかった。
◇
「じゃあな」
ガルドが手を上げる。
「もう行くんですか?」
「ああ」
「どこへ?」
「仕事」
「祭りの日なのに?」
「祭りだから仕事があるんだよ」
そう言って。
人混みへ消えていく。
「変な人」
ミアが言った。
「お前に言われたら終わりだな」
「どういう意味!」
「カイト」
セレナが言った。
「何です?」
「あの人」
「はい」
「職人ですね」
「分かるんですか?」
「手を見れば」
カイトも。
同じところを見ていた。
アルベルトが口を開く。
「ガルドか」
「知ってるんです?」
「名前だけな」
「有名?」
「腕はいいと聞く」
「何を作る人なんです?」
「色々だ」
「雑だな」
「本人に聞け」
「もういないですよ」
ミアが人混みの向こうを見る。
「また会えるかな」
「どうだろうな」
祭りで会っただけだ。
住んでいる街も知らない。
仕事場も知らない。
次に会う約束もしていない。
普通なら。
それで終わりだった。
◇
「カイト!」
「今度は何?」
「お腹空いた!」
「さっき食っただろ!」
「動いたから!」
「お前、水運んでないだろ!」
ミアが屋台へ走っていく。
「待ちなさい」
セレナが追いかける。
「セレナまで行くんですか」
「私は先ほど食べていません」
「食べるんだ」
「食べます」
アルベルトも歩き出す。
「何してる」
「え?」
「置いていかれるぞ」
「あなたも行くんですか?」
「私は腹が減った」
結局。
カイトも後を追った。
夜はまだ続いている。
知らない街で。
知らない祭りに来て。
今日だけで。
知っている人間が増えた。
メダカを見ない日も。
案外。
悪くなかった。




