同じ日に生まれたのに、同じには育ちませんでした。
同じ日に生まれた。
同じ親から生まれた。
同じ水で育てた。
同じ餌を食べている。
だったら。
同じように育つ。
――わけではない。
「こいつ、小さいな」
カイトは容器を覗き込んでいた。
クロとシロから生まれたF1。
百匹近くいた稚魚たちは、少しずつメダカらしい姿になってきている。
その中に。
一回り小さな個体がいた。
「この子?」
ミアが指差す。
「ああ」
「病気?」
「分からん」
「選別眼は?」
「今見る」
カイトは目を細める。
《ミナ》
世代:F1
父:クロ
母:シロ
性別:未判定
状態:良好
成長:やや遅い
特徴:未発現
特性:なし
「病気じゃなさそうだ」
「じゃあなんで小さいの?」
「それが分かったら苦労しない」
「同じ日に生まれたんでしょ?」
「ああ」
「同じお父さんとお母さん?」
「ああ」
「じゃあ同じじゃないの?」
「違う」
「なんで?」
「兄弟だって全員同じじゃないだろ」
「…………」
ミアが考える。
「私、一人っ子」
「例えが悪かった」
カイトはもう一度、容器を見る。
大きいやつ。
小さいやつ。
黒っぽいやつ。
薄いやつ。
よく餌を食べるやつ。
人影を見ると逃げるやつ。
同じクロとシロの子供でも。
もう違いが出始めている。
「だから面白いんだよ」
「小さい方が?」
「違いが」
カイトは笑った。
「全部同じだったら、選別なんて必要ないからな」
「選別」
「覚えてた?」
「百匹いたら百匹見るやつ」
「まあ、大体合ってる」
ミアが得意そうな顔をした。
◇
「興味深いですね」
「うわっ!」
突然後ろから声がして、ミアが飛び上がった。
「いつ来たの!?」
「少し前です」
セレナだった。
「声かけてくださいよ」
「かけました」
「聞こえなかった」
「二人とも魚しか見ていませんでしたから」
「…………」
否定できない。
セレナは容器の前にしゃがむ。
「これが以前話していたF1ですか?」
「そうです」
「F1?」
セレナが聞き返す。
「ああ」
カイトは一瞬迷った。
「最初の子供の世代って意味です」
「最初の子供……」
「クロとシロを親として考えると、こいつらがF1」
「では、この個体同士から次の世代が生まれれば?」
「F2」
「なるほど」
セレナが小さな手帳に何かを書く。
「書くほどのこと?」
「知らない知識は記録します」
「真面目だなあ」
「あなたが適当なのです」
「失礼な」
セレナは無視して魚を見る。
「確かに成長差がありますね」
「でしょう」
「環境は?」
「ほぼ同じ」
「餌は?」
「同じ」
「水は?」
「同じ」
「では」
セレナが緑色の桶を見る。
「実験しましょう」
「実験?」
「はい」
嫌な予感がした。
「このF1を二群に分けます」
セレナが指を二本立てる。
「一方は通常の水」
「はい」
「もう一方は、ミアの魔法で作った水」
「はい」
「同じ餌、同じ容器、同じ数、同じ日照条件にする」
カイトは少し驚いた。
「ちゃんと比較するんですね」
「当然です」
「魔法でバーンって調べるのかと思ってた」
「研究を何だと思っているのですか」
「すみません」
「そして成長速度、生存数、体色、魔力反応を記録します」
「なるほど」
「それから――」
セレナが一匹を指差した。
「この個体を解剖します」
「ダメです」
即答だった。
「…………」
「…………」
セレナがカイトを見る。
「まだ説明の途中です」
「聞いてもダメです」
「内部の魔力器官を確認するためです」
「ダメ」
「一匹です」
「数の問題じゃない」
「では、死亡した個体を――」
「自然に死んだ個体なら考えます」
セレナが黙った。
ミアも黙っている。
「研究には必要です」
セレナが言った。
「分かります」
「では」
「でも」
カイトは魚を見る。
「俺は研究するために、こいつらを育ててるわけじゃない」
「…………」
「いいメダカを作りたい」
「同じことでは?」
「違います」
セレナの眉がわずかに動く。
「何が違うのです?」
カイトは少し考えた。
うまく説明できない。
前の世界でも。
選別する。
親を選ぶ。
狙った表現を残す。
全ての個体を親にはしない。
綺麗事だけでは品種改良はできない。
それでも。
「生きてるやつを」
カイトは言った。
「答えを知るためだけに殺したくない」
「感情論ですね」
「そうですね」
セレナは少し驚いた顔をした。
「否定しないのですか?」
「しませんよ」
「…………」
「飼ってるんで」
それだけだった。
◇
しばらく。
誰も話さなかった。
「じゃあ」
ミアが手を上げた。
「殺さないで調べればいいじゃん」
「それができないから――」
セレナが言いかけて止まる。
「…………」
「何?」
「いえ」
セレナが魚を見る。
「その方法を考えるのも、研究ですね」
「そうだよ」
ミアが得意そうに言う。
「セレナ、研究者なんでしょ?」
「…………」
「頑張って」
「なぜあなたに励まされているのでしょう」
「知らない」
カイトが吹き出した。
「笑わないでください」
「すみません」
でも。
セレナも少しだけ笑っていた。
◇
実験はすることになった。
ただし。
魚は殺さない。
二つの同じ容器を用意する。
一つは普通の水。
もう一つは。
「いくよ」
ミアが手をかざす。
「《汚――》」
途中で止まった。
「どうした?」
「…………」
ミアがカイトを見る。
「もう《汚水》って呼ばなくていいんだよね?」
「好きにしたら?」
「じゃあ」
少し考える。
「…………まだ名前なし」
「魔法ってそれで発動できるの?」
「分かんない」
「試すなよ」
「大丈夫!」
「何を根拠に」
ミアが手をかざす。
淡い光。
そして。
透明だった水が。
ゆっくりと緑色に変わっていく。
「できた!」
「できるんだ……」
セレナは無言で手帳に書いている。
「何書いたの?」
「術式名を唱えなくても発動可能」
「私すごい?」
「まだ分かりません」
「ケチ」
二つの容器に。
同じくらいの大きさのF1を分ける。
「何匹?」
「まず十匹ずつ」
「少なくない?」
「だからこそ、これだけで結論を出さない」
カイトが答える。
「一回うまくいったからって、それが正解とは限らないからな」
セレナが手帳に書く。
「それも記録するの?」
「はい」
「恥ずかしいからやめて」
「嫌です」
◇
七日後。
「…………」
「…………」
「…………」
三人で容器を見ていた。
「違うね」
最初に言ったのはミアだった。
「ああ」
普通の水。
十匹。
緑色の水。
十匹。
どちらも元気だ。
だが。
「こっちの方が」
ミアが緑色の容器を見る。
「ちょっと大きい」
「そう見えるな」
「測定します」
セレナが一匹ずつ記録する。
平均すると。
わずかだが。
確かに差があった。
「ミア」
「なに?」
「やっぱりお前の水、何かあるぞ」
「…………」
ミアの顔が明るくなる。
「すごい?」
「まだ分からん」
「えー!」
「一回だけだから」
「でも大きくなった!」
「そう見える」
「じゃあすごいじゃん!」
「だから――」
「待ってください」
セレナが止めた。
「カイト」
「はい?」
「こちらを」
セレナが指差す。
緑色の水。
その中の一匹。
「この個体」
「…………」
カイトが目を凝らす。
少し黒い。
他の個体より。
ほんの少しだけ。
「選別眼」
カイトは能力を使う。
《ミナ》
世代:F1
父:クロ
母:シロ
状態:良好
特徴:黒色素・強
特性:微弱魔光
潜在特性:???
「…………」
「どうしました?」
「いや」
カイトはもう一度見る。
潜在特性:???
分からない。
選別眼でも。
まだ。
「何かある」
「何?」
ミアが近づく。
「分からない」
「また?」
「ああ」
「選別眼でも?」
「選別眼でも」
セレナがその言葉に反応した。
「あなたの能力でも分からないものがあるのですね」
「いっぱいありますよ」
「不便ですね」
「ミナにしか使えない時点で十分不便です」
「でも」
ミアが言った。
「だから見るんでしょ?」
カイトがミアを見る。
「毎日」
ミアは笑った。
「百匹」
「…………」
カイトも笑った。
「覚えたな」
「うん」
三人で。
小さな魚を見る。
答えは。
まだ分からない。
同じ日に生まれて。
同じ親から生まれて。
同じように見えた百匹。
それでも。
一匹一匹。
少しずつ違っていく。
カイトは思った。
たぶん。
それを見るために。
自分は今日も。
この小さな魚を眺めている。
人にもいえるよね、、、




