8助言
夕食を終えてからも、私達は食卓に残って話を続けていた。
ビルクさんのことも、この店のことも、知りたいことが山程ある。
「お店のこと、一人で全部やっていたんですよね?大変じゃなかったんですか?」
「そこまで荒稼ぎしたいわけじゃないからな。依頼されたもの中心で、ゆったりやっている。週に何度か狩りに出て、解体や加工をする。基本的にはギルドの冒険者と変わり無いな」
やっぱり、ギルドの冒険者じゃないのか。
冒険者ギルドの冒険者と違って依頼も自分で手に入れなければいけないのだろうけど、そういえば、この店の商品はどれも相場より格安の値段だったような気がする。
知る人ぞ知る、お値打ちの店──という感じなのだろうか。
「ただまあ、俺一人じゃ出来ないことがあったのも確かだ」
「えっ?ビルクさんにも出来ないことって、なんですか?」
ビルクさんにもできないことがあるだなんて、想像もつかなかった。
目を丸くして聞き返すと、少しの間を開けて、ビルクさんが答える。
「看板娘だ」
唖然とする私に、ビルクさんは平然と答えた。
「そ…それはそう、かもしれませんね」
「かもしれないって、俺に出来る可能性があると思ってるのか?」
頭の中でこの巌のような大男が…と考えて、私は口を噤んだ。
いや、実際に出来る可能性を考えていた訳では無いけど。
「…お前は俺を何でも出来るやつに見えてるかも知れないが、それは違う。俺はニィコを情で雇う訳じゃなく、ちゃんと俺の助けにするために雇おうと思ってる。看板娘も、その仕事の一つだろう」
「看板娘…私に出来るかわからないですけど、何でも、やってみせます。させてください」
その時に、私がどんな表情をしていたか分からなかったが、ビルクさんはどこか不思議そうに私の顔を見つめていた。
「……」
そのまま数秒くらい目を向けて、ビルクさんは口を開いた。
「入った後で課題を出すようで悪いが、一つだけ俺のお願いを聞いてくれないか?」
「え……お願い、ですか?」
私はその言葉に、一瞬だけ固まってしまった。
こんなに優しい人が難しいことを言うはずがないのに、何故だろうか、私は不安に感じてしまっていた。それはやっとしがみついた希望を離したくないという、私の浅ましい心だったのかもしれない。
大きなビルクさんの手が伸びて、一枚の紙を机の上に滑らせた。
それを見て、私の身体は硬直した。
「これは……」
それは“あの”紙だった。ギルドが私の事をクビにするために、無理難題を押し付けたあの通達。
それを前にして言葉すら出せない私の肩に、ビルクさんはそっと手を載せて穏やかな声で告げた。
「ニィコ……俺の頼みというのは、その紙に書かれたことを達成してほしい、ということだ」
「ど、どうしてですか……ビルクさんの店で働くんだったら……」
いやだ。もう、たったの一度でもギルドに戻るのなんて、できない。
ずっとビルクさんの店で……過ごしていたいのに。
そんな私の心を読むかのように、ビルクさんが言った。
「お前のその“感情”だ。ギルドやそこにいる人に対するトラウマは、いずれお前の枷になる。いいか?その上実力不足でギルドをクビになったという事実は、お前の学院生活にも響くかもしれない」
「……っ」
私は、小さく息を飲んだ。
「要するに、スッキリ抜けてやろうぜ。ってことさ」
「ビルク……さん」
ビルクさんの無愛想ぎみな笑顔に、感情が胸の中を巡った。私は、頷いた。
「わかりました、私……やります……」
「そうだ。きっとその方がこれから気分良く始められる。お前は自分から、胸を張ってギルドをやめればいい。自信を持てれば心も晴れる」
急に勇気が湧いてくる。あんなに頑張ったんだ。胸を張ってギルドを辞めよう。
けど……ひとつだけ不安があるとすれば、やっぱり。
「でも『耐火のローブ』を作るには、ケルベロスの素材を……手に入れなければいけません」
それだけは、どうすれば良いか分からなかった。
しかしビルクさんはなんとも無いような顔をして、驚くべきことを言った。
「ん、知らなかったのか?ケルベロスの皮はウチでもよく取り扱っている」
「へっ……?」
「あー、しかし今は在庫が無かったか?」
と、言ってビルクさんはまた店の裏へ回った。
そういえば……確かにビルクさんはコカトリスを一撃で倒していたじゃないか。
そうだ、この人は────ただの雑貨屋じゃない。
「ビルクさん……それは?」
戻って来たビルクさんは、机の上に白い塊を置いた。
多分、ケルベロスの牙だろう。それがひと目で分かるくらいにそれは太く凶暴で、なんとも言い難い威圧感を放っていたからだ。
「思い出した。つい先日のことだが、見ない顔の貴族みたいな男がケルベロスの皮を買い占めていったんだ。見当違いじゃなけりゃあ……」
「ギルド長です……かね」「小太りの、茶色いヒゲを蓄えたオッサンだったな」
その特徴はきっと、というか確実に。ギルド長のゲルヌ・アンクレイという男だ。
試験に合格できないようにするために、私が素材を買うことさえっ、事前に防いでいたんだ。
「けど、ソイツも気の毒だ。大金払ったのに意味がなかったわけだからな」
「じゃあ……まさか」
ビルクさんの柔らかな笑みに。
「……狩れるんですかっ?あの、地獄の番犬を……!」
私は信じられない……というよりも、大きな期待を胸に込めて問いかけた。
「確かにケルベロスは、コカトリスですら一目散に逃げ出す怪物だ。人間なんてタマゴのように握りつぶせる」
そんな想像に軽く身を震わせてしまう。
「だが安心しろ。あれの肉は俺の好物だ」
その自信に満ち溢れた言葉は、そうと納得させる力があった。




