6雑貨屋ナバナ
「なんだ?なんか落ちたぞ」
彼の視線が私の足元へと伸びる。
「あっ……!」
落ちた物を見ずとも見当がついた。私は慌てて彼の目線の先を追う。鈍い艶を放つ木の床の上には、予想通り、あの『通達書』が落ちていた。
「それはっ」
私の伸ばした手が届く間もなく、彼がその紙を拾い上げる。
その時の私の感情は、なんというか変な感じだった。
ギルドをクビにされかけていることを知られてしまう、という恥ずかしい気持ち。
そして同時に、彼に救われた日には話せなかった身の上を、初めて誰かに打ち明けられるかもしれないという、奇妙な安堵感。
彼は無言のまま、紙の内容に目を落とした。
私は止めることもできず、ただ立ち尽くす。
彼が読んでいる間、店内はひどく静かだった。
雨音だけが続いている。
さっきまでは雑音でしか無かったその音が、今は妙に大きく聞こえた。
どんな顔をしていればいいかも分からなくて。
濡れた靴の先を見つめながら。
やけに長く感じる時間が経ち──。
「あの」
つい口を開いたところで、低い声が掛かった。
「なあ、お前」
紙に向けられていた視線が、ゆっくりと私へ向いた。
「お前は、なんでギルドに入った?」
責めているわけではない声だった。ただ、静かに聞いている。
それがかえって、喉の奥をきゅっと締め付けた。
「そ……それは、お金のためです。一人で王都にきて、学費を払わないといけないので」
「そうか。じゃあお前はそのまま、ギルドに居たいのか?」
私は立ち竦んだまま、言葉に詰まった。
あるいは、その沈黙こそが答えだったのかもしれない。
数秒間の無言の中。
頭が白く霞んでいくような感覚に囚われていると、彼も、理解したというように小さく頷いた。
「わかった」
彼が背を向けて店の奥へと歩いていった。
足音が遠ざかって、また静かになる。
私はただその場に立ったまま、彼が戻ってくるのを待った。
何を持ってくるのか、何を言われるのか、何も分からないまま。
それから少しして戻ってきた彼は、ぶっきらぼうに何かをカウンターへ置いた。
「これは……?」
手に触れる、厚手の布の感触。見覚えのある形だった。
もしかして。
私は弾かれたように彼へ顔を向ける。
「店員募集中、だ」
その時の彼の表情は、何かいたずらを成功させた子どものようで。改めて机に置かれた"エプロン"を手に取った私の胸に、感情が溢れた。そのまま布に手を当てたままぼーっと立ちすくみそうになる。
けどっ、もうこの人に心配をかけるわけにはいかない。
私は込み上げる感情を必死に飲み込み、真っ直ぐな声で答えた。
「お願いしますっ……!私に、ここで仕事をさせてください……!!」
「本当にいいのか?コキ使われるかもしれないぞ」
それもきっと、彼なりの優しい冗談だ。
私は拳にめいいっぱいの力を込めて、大きく頷いた。
「頑張ります!絶対に役に立ってみせます!」
「ハリキリ過ぎんな。真面目に働いてくれればいい」
意気込む私に、彼は落ち着いた表情を見せる。
そこで私は頭の中で、眼の前の男をまだ“彼”と云ってていることに気づいた。
「そ、そういえばまだ……名前も聞けてませんでしたっ!あと、それに、このお店の名前も!」
慌ただしくしていると、彼はそんな私に、穏やかに眺めるような視線を送った。
急に自分の姿が客観的に写った私は、口を半開きにしながら顔を赤らめた。
「あ…ご、ごめんなさいっ、私やっぱり、ハリキリ過ぎてます…」
「取り敢えず、試しに着替えてみたらどうだ?それと、俺の名前はビルクだ」
机の上に置いたままだったエプロンを手にとって、ビルクさんはそれを私の肩に掛けた。
そのまま雑貨屋の奥へ戻る背中に向かって、私も名乗る。
「…私は、ニィコですっ。これからよろしくおねがいします!」
「ああ、雑貨屋“ナバナ”へようこそ」
ビルクさんはちらっと私の方を振り向いて、そう言った。




