5温かな光に包まれて
どうして、こんな事になったんだろう。
何度目かも分からないそんな問いは──。
「あ……ありがとうございますっ……」
今回ばかりは、私にとって嬉しい困惑だった。
コトリ、と私の前に温かいスープが置かれる。
雨でずぶ濡れになりながら街を走っていた私が、まさかその数分後に、こんなに温かな光に包まれながら食事をしているなんて。
スプーンを手に取ったまま、ぼんやりと店内を見回した。
店員が座るカウンターの席に座らせてもらったから、まるで自分が店員になったような気分になる。
棚にずらりと並んだ、瓶や小箱。
植物の束、変わった道具とか、見たことのない素材。
大商店のような広くて整然とした店では無いけれど、どこか好奇心を唆られる空間。
ここが、彼の営む雑貨屋…。
黄色い灯りが眩しくて俯くと、手元のスープに私の影が掛かった。
「……」
スプーンを動かして、スープを口へ運ぶ。
何故か、急に胸がいっぱいいっぱいになってしまった。
飲み込めなかったわけじゃない。ただ、温かいものが口に入った瞬間に、今日一日のことが一気に押し寄せてきたからだ。
朝のリモウグの表情や、通達書。
冒険者ギルドの笑い声。
雨の中を走った足の重さ。
それらがスープと一緒に流れ込んでくるようで。
「食えないのか?」
背後から、低い声がした。
「…あっ、い、いただいてますよっ!」
慌てて振り返ると、カウンターの奥で何かを整理していた彼が、こちらをちらりと見ていた。
「そうか」
それだけ言って、また背を向ける。
私はもう一度スプーンを口へ運んだ。今度はちゃんと味わって。
「……すごく、美味しいです」
そう、思わず口に出た。
少し塩気が強くて、それが妙に美味しいと思った。
勿論高級な料亭で出るような凄い料理じゃない。寧ろ普段は人に料理を振るわない大雑把な料理かもしれない。けれど、今の私にはそれがどこか心地よかった。
「そうか」
また同じ返事が返ってくる。
でも、さっきよりほんの少しだけ、声のトーンが違う気がした。
そう思って、これまでのことを一瞬全部忘れて、小さく笑ってしまった。
窓ガラスの向こうで、雨はまだ降り続いている。
軒から落ちる雨だれが、通りの水たまりを打っている。
「……この店って、いつから営んでいるんですか?」
「一年も経たないくらいだな」
「えっ……結構、最近なんですね?」
一年も経たない?
まるでそんな答えは予想していなかった私は、素直に驚いてしまう。
「だから店員も俺一人だ」
その言葉に、妙に安心してしまった。
彼は振り返りもせず、棚の整理を続けている。
会話が続く気配はない。でも、追い出される気配もない。
さっきまであんなに頭の中でうるさかったものは、少しずつ静かになっていく気がした。
今度は安堵のせいか、また私の目に薄っすらと何かが滲んでくる。
私がそれを拭おうと腕を伸ばしたところで。
「どうした?泣くほど俺の雑貨屋に来たかったのか?」
また声が掛かった。
すっかり自分の世界に浸ってしまっていた私は、目を丸くして振り返る。
「あっ……いえっ、違います!いやっ?!違くはないですけど!!」
涙を零した理由を否定しようとして、けれど彼の言葉を否定することもまた違うと思って。
頭を右往左往させながらあたふたする私を、彼は鼻で笑った。
「雨がやんだら出ていけ。それまでは適当にしてろ」
「はい、勿論ですっ…!」
私はもう一度スプーンを手に取って、残りのスープを少しずつ飲んだ。
彼はまた背を向けて、何かの作業を続けている。
布を畳む音、棚を整える物音が耳に入る。
空になった器を見て、私はそっと息を吐く。
そうしているうちに急にいたたまれなくなった私は、思わず椅子から立ち上がった。
「どうした?」
「あっ……その。ごちそうさまでしたっ……これ以上お世話になるのは!」
外套を羽織り直して、濡れた裾を整えようと手を動かした、その時だった。
──私の懐から不意に、白い一枚の紙が滑り落ちていった。




