49冒険者になりたいです!
「ふぅ──」
目を伏せて、呼吸を整える。
胸に手を当て心臓の鼓動を抑えようと自己暗示を掛ける。
落ち着け…変に緊張するな。
「君、何してるんだ?中に父親でもいるのか?」
大丈夫、きっと誰も覚えていない。
忘れろ…!あんな昔のこと!そう、堂々とすれば誰も気にかけない!
覚悟を胸に──バチン!と、両の手で自分の頬を叩いた。
そして、目を開いた。
「…おい、大丈夫か?」
私の視界に入ったのは、乾いた笑いを浮かべながら心配そうに眉を浮かせる男。
そして、冒険者ギルドの中から出つつ、不思議そうに私に視線をやる人々──。
ば…馬鹿っ、ちゃんと周りを見ろ…?!
そう、ここは冒険者ギルドの前。人が沢山通るっていうのに…!
「す、すみません…もう行くので!」
「は…はぁ」
で、出だしから何をやらかしているんだ…!
わたわたと足を動かしながら、無理やりにでも中へ入っていく。
そう…私にとっては悪い意味で懐かしい、あの日飛び出した冒険者ギルドの中へと。
カラッとした木の音を立てて、半開きの両扉をくぐる。
中の騒がしい話し声と酒の匂いが、一気に私の身体を通り抜けた。
ケルベロスの討伐依頼を出すため…って今考えても無謀すぎるけど、身を縮こませながら受付に話を伺って、やっぱり駄目で。逃げ出すように出ていったのを覚えている。
でも、もう立ち止まれない。
このくらい踏み出せなきゃ、私は進めない!
「あ、あのぉ…!」
必死に平静を保とうとして変な顔になりながら、私は受付のお姉さんに話しかけた。
記憶が正しければ、あの時と同じお姉さんに。
「なぁに?」
「その…」
小さく息をついて、口にする。
「…私に、冒険者の登録をさせてください!」
気合を入れすぎたせいでつい、大きな声が出てしまったからかも知れない。
私の耳にはその場が一瞬、静まり返ったように聞こえた。
いや実際にその瞬間、さっきまでの騒がしさは嘘のように消えていた。
「あっ…その」
笑われると思った。
だって前にケルベロスの話をしたときもそうだったから。
けど、お姉さんは少しだけ目を丸くして、その視線を、何故か私の後ろへ逸らせた。
……え?
私はつい困惑して、その視線の先を追った。
振り向くと、小さな音を立てて開く入口と───同時に入ってくる一人の少女の姿があった。
扉が閉じると、逆光で分かりづらかった正体が徐々に顕になっていく。
「ムギロッテ…さん?」
それは丁度数日前に、私が恋敵として一つの目標にした人物だった。
いつもどおりの可憐な服を身にまとった彼女が、真っ赤な髪を揺らしながら私の方へ歩いてくる。
顔色一つ変えず、真っ直ぐと。
なんでこの場が静まり返っているのか、なんで彼女が私へ向かってきているのか。
まるで理解できないまま、トッ、トッ、と…一歩一歩が近づいてくるのを見つめる。
そして、恐怖に肩を持ち上げる私の横を────無言のムギロッテさんが、通り過ぎた。
「あ、あのっ…?」
私に用があったわけじゃ…無い…?
肩透かしにあった私は、ムギロッテさんの方に身体を向けて、一歩後ずさった。
「これ。依頼の品」
「……っ、ええ。達成したのね?確認するから、少し待っていてちょうだい」
受付のお姉さんも困惑したまま、乱雑に置かれた小さな麻袋と一枚の紙を受け取った。
すると、直ぐにムギロッテさんは踵を返して、すぐ近くの木でできた丸椅子にどかっと座り込んだ。
「え…えっと」
「ごめんなさいね。話の途中で…冒険者になりたかったのよね?」
お姉さんが仕切り直すように私に向き直った。
「は、はい。あの、これを」
私は鞄からパウモイさんに貰った封書を取り出して、受付に差し出した。
「推薦状…です」
お姉さんは少し目を丸くしながら、封を開いた。
中の紙に目を通して、また目を丸くした。
「パウモイさんの、推薦状…?」
放たれた小さな呟きが耳に入ったか、背後から小さなざわめきが上がる。
それに一人気まずい気分で口を噤んでいると、お姉さんが口を開く。
「推薦状は、本物みたいね。貴方本当に…」
そう言いながら、チラリと、お姉さんは一瞬だけムギロッテさんの方に目を向けて、すぐに逸らした。
「オホン…!なんでもないわ。いいから、必要事項を書いてきてくれる…?」
「は、はい」
よく分からないまま、私も空いている席へと歩いて座り込んだ。
名前、年齢…と、登録に必要な事項を書き込んでいく。
数分ほどカリカリ紙とにらめっこしたところで、私は立ち上がった。
「書き終わりました」
「もう一度、内容が間違っていないか確認してくれるかしら?」
「はい…間違ってないです」
上から下へ視線を動かして、確かに内容が正しいことを確かめる。
「それで問題ないなら、登録費用の銀貨三枚を貰うけど、本当に冒険者になるつもりなのね?」
「はい!」
そして財布から取り出した銀貨を、お姉さんの前に滑らせる。
「確かに、銀貨三枚受け取ったわ。おめでとう。これで貴方も晴れて冒険者よ。でも、その前に研修が必要なの。ちょうど研修官が来ているから」
そう言って、お姉さんは左の通路の奥を指さした。
研修官が春の新人採用試験の為に作業をしているから、ついでに話を聞いてこい、と。
「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」
「ええ、これからよろしくね」
微笑むお姉さんに、やっぱり少しだけさっきのことが頭をよぎりつつも、私は頭を下げた。
冒険者になった──という実感はまるで湧かない。
今もこの不慣れな空間にずっとソワソワとしているけど、確実に一歩を踏み出せたこと。
そういう実感はあった。
そのまま、言われた通りの部屋まで歩いていく。
木の一枚扉に付いた小窓は高くて覗けなかったから、コンコンと二回ノックをした。
「どうぞ」
ドアを開けると、椅子に座る男が顔を上げた。
「また…君か」
椅子と長机だけの、簡素でこじんまりとした部屋。
その奥で、窓からの光を逆行にしながら男は顔を上げた。
白髪交じりの、四十代半ばほどの男。見知ったその姿に、私は思わず上ずった声を漏らした。
「てっ?!テレナード教官っ…!?なんでここにっ…?!」
「…聞きたいのは私の方だ。取り敢えず、扉の前で叫んでないで座りなさい」
「は…はい、すみません」
私が教官の向かいに腰を下ろすと、教官は机の書類を端にどけてから、机の上で両の手を組んだ。
「ニィコさん。あれからどうかね」
「あの節はどうもご迷惑をお掛けして…あれからは慎ましく勉強の日々です…」
恥ずかしそうにそっと頭の後ろに手を回すと、教官は小さく眉を下げてから言った。
「あれから私は学院での後処理で忙しいよ、全く。だけど、ちゃんとあの出来事も糧にしなさい」
すっと私を真っ直ぐ見据える教官の目に、大きな声で答える。
「はい!教官!4ヶ月後、ちゃんと成長した姿をお見せします!」
「今のところは、戒められているようだね」
教官は小さく笑った。
まだあの日から一週間しか経っていないけれど、私も自信を持って変わったと言える。
「それで、今日は何の用かね。私がここにいると知らずに、しかも冒険者ギルドに居るだなんて」
「あー…ええとそれは…教官、その…」
「なんだね?」
「……」
私は気まずさに小さく俯きながら、言った。
「私、冒険者になったんです」
「はあ、全然戒められて無かったようだ」
「きょ、教官違うんですっ?!冒険者に入ろうと思ってたのはあの事件より前の話でっ!!」
呆れたように息を吐く教官に、私は慌てて言い訳を頭に巡らせる。
確かに…あんなことがあったばかりで冒険者になろうって全く謹慎の身とは思えないけどっ!!
「…冗談では、無いみたいだね」
教官はこわばった顔を綻ばせ、諦めたように肩を落とした。
「研修を受ける為にここへ訪れたのだろうが、そもそもどうやって冒険者になったんだい」
「パウモイさんに推薦してもらって…私、彼から試験を受けたんです」
「パウモイ、か」
考え込むようにちらっと教官は視線を逸した。
「アイツも飄々と振る舞っている実、根は真面目だ。勢いで君を推薦していないことは理解できる。────分かった。仕方ない。今から君に研修をしよう」
「本当ですかっ…!」
思わず立ち上がった私に、静止の手のひらが向けられる。
それから教官は「ただし」と、告げた。
「冒険者の活動を始めるのは来年度から。つまり三年生になってからだ。理由は勿論君がそそっかしいのでしっかりと謹慎期間中に冒険者のこともよく調べて欲しいというのもあるが、もう一つ、君には“チームが居ない”だろう」
「あっ、パウモイさんが言ってました。『冒険者はチームを組まないと活動できない』んですよね?」
私の言葉に教官は頷いた。
昔より規制が厳しくなった冒険者機関には、
『殆どの依頼は受けるために“同階級”の冒険者が二人以上必要』
『一人で依頼を受ける場合は以来の階級より一階級以上高い冒険者でなくてはいけない』
などという制度が設けられている。
「この時期に最低階級の冒険者を受け入れるチームは居ないだろう」
「なるほど…新人はみんな同じ時期に試験に合格した同期とチームを組むんですね!」
「その通り。春の試験は丁度、三年度の始まりの時期と重なる。それまでに以前課した事に含め、冒険者の事も学んできてくれると約束して欲しい」
教官の言葉に、私はぴくりと止まった。
「どうした?」
不思議そうに問いかける教官に、私は小さく笑った。
「いえ、すみません。なんだか、想像するとワクワクしてきちゃって!」
そう言うと、教官は「そうか」と微笑んだ。




