47ちょっとだけ寂しいけど
夕食の支度が終わり、俺はニィコと二人で食卓に着いた。
スープを前に少し間を置いてから、ニィコは食事に手を付けないまま、口を開いた。
「あの…ビルクさん」
「なんだ」
「その…なんと言いますか」
俺は口元に持ってきていたお椀を少し下げて、目を合わせる。
「私、学院を謹慎になっちゃいましたこの前話した件で…」
「は?」
ニィコは眉を曲げて、自嘲気味に小さく笑った。
悲壮的ではなく、どこか申し訳無さそうに。
「謹慎って、なんだよお前、そんな不良学生だったのか」
勿論本当に疑っている訳では無いが、そう口にした。
ニィコは恥ずかしそうに俯いて、上目遣いに答える。
「ちっ、違いますよ…!いや、違わないかも…ですけど」
ニィコがここ最近、何やら夜に出かけたり、熱心に取り組んでいることは知っていた。
こいつの魔物の生態や魔道具に対する知識への好奇心は、少し異常なところがある。
きっとそれが行き過ぎてしまっただけだろう。
数日前にニィコの口からやらかしたことを耳にしたときは、酷く落ち込んでいるように思えたが、立ち直れたのなら何よりだ。
そう考えながら黙々と食事を続けていると、ニィコがまた手を止めて、口を開いた。
「魔道具を暴発させてしまったって言いましたよね。ビルクさんと一緒に狩った“魔雪ミミズ”の素材を使っていたこともあって、迷惑がかからないと良いんですけど…」
「……謹慎処分で済んだんだろ?だったらそれ以上、無駄なことは考えるな。反省しているようだしな」
俺の言葉に、ニィコは安堵したように表情を緩めた。
「そう、ですね。三年生になるまでに特別な試験を受けないといけなくて、それまでは、また勉強に集中するつもりです」
その顔を見ていると、改めて、最近のニィコは様子がおかしかったような気がする。
何かに追われるように必死になって。
実際、倒れていたしな。
「…ふっ」
俺への恩返しの為とかって言っていたか、…本当、馬鹿なやつだ。
思い出して、自然と口から小さな吐息が漏れる。
「どうかしました?」
ニィコはきょとんと目を丸くして俺の顔を見る。
俺はごまかすように、眼の前の食事へと視線を落とした。
「いや、なんでもない」
そう言って、口元にお椀を持ってくる。
何があったのか詳しくは知らないが、ニィコにも心の余裕が出来たようだ。
慌ただしいやつがいると、俺も気が休まらないからな。
*
翌朝。学院がある日なら、この時間にニィコはもういない。
今日はいる。
それだけのことが、なんとなく妙な感じがした。
「品出し、やっておきますね」
「頼む」
倉庫の方からガサガサと音がする。
俺はカウンターの端に腰を下ろし、ここ最近後回しにしていた刃の手入れを始めた。
砥石を引く音が、静かな店内に響く。
傍ではニィコが素材を動かす音。
それだけが交互に聞こえていた。
そんな時間が過ぎていって、昼を過ぎても静かで、あまり客は来なかった。
「この瓶、割れかけてますよ」
「捨てておいてくれ」
「はい」
静かで何事もない、平凡な一日。
けどこの雑貨屋にもう一人が働いていると考えるだけで、悪くない気がした。
そう思って、俺は横目でニィコの方を見る。
今も健気に雑巾を手にして、店内の棚を拭いている。
───俺は少しだけ躊躇ってから、声を掛けた。
「十分綺麗だろう。もう良いから勉強にでも行ってこい」
「えっ?良いんですか?」
振り向くニィコに頷く。
「ああ。店番は俺一人で十分だ」
謹慎中、ニィコは特別な試験に向けて勉強をしないといけないらしい。
こんなところで無駄な時間を潰している暇は無いはずだ。
「あ、ありがとうございます!」
小さく頷いて、ニィコの背中を見送った。
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
俺は手元の刃に視線を落とした。
手入れはとっくに終わっていたが、もう少しだけそうしていた。




