45私がすみませんでした
次の日の朝。
あれだけの失敗をやらかしたのに、どこか清々しい気分だというのは良くないだろうか。
朝の光に照らされながら学院に足を踏み入れ、私はゆっくりとあの技術局へと歩き出した。
昨日回収した篭手を、鞄の中で確かめる。
冷たくて、歪で、不格好な形。
自分で作ったものなのに、改めて見ると恥ずかしくなる。
でも、持ってこなければいけない。
自分でやらかしたことの責任は、自分で取る。
それだけははっきりしていた。
実技棟の階段を上がり、工房の前に立つ。早朝の工房は昨日と一緒でひどく静かだった。
これだけの騒ぎになっているなら、もっと物々しい雰囲気を想像していたのに。
工房から廊下に向かって大きく空いた穴にはその周りを囲むように進入禁止の防護柵が貼られていた。
辺りにはまだ無数の破片が散らばっていて、物言わない瓦礫の山が私を責め立てるようだった。
けれど私は一歩も後ずさらずに、真っ直ぐにそれを見つめた。
「犯人は現場に現れるとは良く言ったものだ。…やはり、君だったか」
背中に、低い声が掛かった。
「ニィコさん。君がやったんだな?」
振り向くと、一人の男が立っていた。
白髪交じりの、四十代半ばほどの壮年。
テレナード教官が、組んだ手の上に顎を乗せ、鋭い眼光でこちらを見ていた。
「……教官」
私は肩にかけた鞄を開いた。
それから篭手を取り出して、両手で教官に差し出した。
「すみません。私がこの魔道具を暴発させてしまって、穴を開けてしまいました。もう、回路は切ってあります」
俯かないで、声も落とさずに、はっきりとそう告白した。
教官は少しだけ目を細めて、それを受け取った。
しばらく無言のまま篭手を眺めてから、言った。
「……これを作ったのは、君だね?」
「はい」
ごまかそうとする言葉は、最初から浮かばなかった。
もう、向き合うだけだ。
「先日の『赤毛太獅子』の件も、偶然ではなかったというわけだ。君は、学院が教える範疇を遥かに超えた、どこか別の場所から知識を得ている。恐らくは───『特別書庫』だな?」
射抜くような言葉に、私は静かに頷いた。
「……あれは並の教師ですら入れない場所だというのに」
「分かっています」
私は教官の目を真っ直ぐに見返した。
「身の丈に合わない知識を得ていることも、焦って無断で工房を使ったことも、結果として建物を壊したことも。本当に、すみませんでした」
一つひとつ、丁寧に言葉にする。
「……それでも、続けるつもりか?」
教官の眼光が、少しだけ変わった気がした。
私の本心を見抜くような言葉に、私は口を閉じたまま、動かなかった。
「何が君をそうさせる?」
「…私の命を救った恩人への、恩返しのため……いや、今はまだ、スタートラインにすら立てていませんでしたね」
私は歯を噛み締めて、教官の視線から目を離さずに。
「今はまだ、自分のためです。何も出来ない自分に、迷惑を掛ける自分に絶望しないために」
気づけば、私の声には熱が載っていた。
「やっと…自分が見えてきたんです」
教官は私の言葉に、ゆっくりと目を伏せた。
咀嚼するように数秒の間を置いて、また鋭い視線を私に向けた。
「心意気は結構。ただし、ここからは教育者としての意見だ。君の胸に滾る思いや、進むべき道についてどうこう言うつもりはない。しかし学ぶ段階というものに対してはハッキリと言わせてもらう」
教官は腕を組み、威厳ある態度を崩さずに言い放った。
「───君に魔道具の制作は早い」
私は目を見開く。
けれどそれは決して悲観的ではなかった。それもちゃんと、理解したから。
「そうですね」
私は素直に頷いた。
「私は焦っていました。早く成長して、早く役に立ちたくて」
教官は僅かに唖然としてから、肩の力を抜いて、軽く笑った。
「フッ…自分が見えてきたというのは、嘘では無いみたいだな。君には才能がある。一歩ずつ、着実にやっていけばいい」
その穏やかな表情に、私の表情も緩む。
また才能、か。
なんだか恥ずかしくなって、私は意味もなく手元に意識が向く。
「だが罰則は免れん!」
今度は驚かなかった。
分かっていたことだ。
「いまから学院が冬休みに入るニ月まで、約ニヶ月間の謹慎処分!そこから冬休みのニヶ月間があり、実質的には来年度まで───つまり君が三年になるまでの4ヶ月間は反省しておけ」
「はい。分かりました」
「『魔法工房の無断利用』、『魔道具の無断制作』、そして『建造物破壊』…!本来なら退学処分になってもおかしくないところなんだぞ」
「寛大な措置を、ありがとうございます」
ため息を吐く教官に、私は深く頭を下げた。
「君の頭に入っている知識は本物だろう。だが今の君はナイフを手にしただけの幼子となんら変わらない。この四ヶ月の期間、君には本来三年生が1年間を通して学ぶ基礎を習得してもらう。勿論ニ年残りの学習もだ」
「はい」
「王都大図書館にある、一番退屈で分厚い『基礎魔法回路学』の教本からやり直してこい。基礎という地盤を固め直すんだ。……いいな?」
「はい!」
「三年に入る前に特別な試験を用意しておく。卒業級とは言わないが、それに近い難易度だ」
教官は机の上に置いた篭手に視線を落とした。
「この篭手は返そう。三年生までの期間、しっかりと戒めにしておけ」
「……ありがとうございます」
受け取った篭手は、やはり冷たかった。
でも昨日より、少しだけ軽く感じた。
「───それと、君も盗み聞きとは感心しないな」
「えっ?」
私が驚いて顔を上げると、教官の視線が半開きになった扉の影へと向けられた。
「……あはは。やっぱりバレとった?」
オレンジ色の髪が揺れる。
そこには、心配そうに顔をのぞかせるムフレが立っていた。




