44自覚しろ。成長していることを
その日の晩。
未だ不安と絶望が色褪せないうちに、私はビルクさんと食事をしていた。
学院の壁を大きく破壊した。
私が私の作った魔道具で、しかも勝手に工房に侵入して作った魔道具で。
同じ事があれからずっと頭を巡っている。
ビルクさんに心配をさせる訳にはいかないと思いつつ、どうにもならなかった。
「おい、ニィコ。聞いてんのか?」
心ここにあらずという感じでだらけた様子を見せる私に、ビルクさんは不思議そうに目を細めた。
「あ、はい…すみません。ちょっと疲れが溜まってて」
ああ…なんだろう。
目がぽやぽやとしてきて、眼の前にある目玉焼きが、ひとつ、ふたつ。
ぐるぐると回って。
「ぶべっ」
ぐちゃり、と顔に何かが落っこちた。
いや、落っこちたのは私…?
「…どうした?そんなに目玉焼きが好きなのか?」
「へ…?」
ビルクさんの方を向くと、顔からポロポロと何かが剥がれていく。
あれ?私もしかして目玉焼きに顔を突っ込……んで?
「おいっ!」
妙な浮遊感と、ビルクさんの声を最後に、私の意識は暗転した。
*
「うぅっ」
身体の痛みに、身体を起こした瞬間、変な声が漏れた。
ここは、私の部屋?
私は一体────。
額に汗をにじませる私の耳に、低い声が響いた。
「起きたか」
ちょうど、ビルクさんが部屋に入ってくるところだった。
私の困惑とは反対に、ビルクさんはいつもどおりの無表情を見せる。
「ビルクさん…私は…」
「疲労で倒れたんだろう。今日は安静にしてろ」
「…すみません」
ビルクさんの声が、心の奥にずしりと沈む。
私はぎゅっと、ベッドのシーツを握りしめた。
……前に進もうとするあまり、周りが見えなくなっていた。
その結果大きな失敗まで犯すんだから…どうしようもないな。
「倒れるほど勉強ってお前、そんなに試験の点がマズイか?」
ビルクさんはベッドの傍の椅子に腰をかけ、そんな事を言ってきた。
勿論……私は試験勉強に徹夜をして、それでこんなことになったわけじゃない。
「私は、ビルクさんに恩返しをしたい……するために、成長しなきゃいけないと思って。それで向こう見ずになって色々やって、今日学院で…大きな失敗をしてしまいました」
分からないけど、頭があまり回っていなかったせいで、その言葉がすっと出た。
私の言葉をビルクさんは黙って聞いていた。
「毎日徹夜で作業して、それで、手が覚束なくって…魔道具を暴発させて。幸い生徒に怪我はさせませんでしたけど、学院の壁を大きく壊しました…」
もしかしなくとも、私は大きな処罰を受けるかもしれない。
そう言おうとしたところで、ビルクさんが食い気味に言った。
「恩返し、か。なら、俺がそれを辞めろって言ったら、辞めるのか?」
「そっ……それはっ?!」
予想外の問いに息が詰まる。ビルクさんに言われたら、私は───。
私が答えに詰まっていると、彼は小さく鼻で笑った。
「冗談だ」
ビルクさんは悪戯な笑みを浮かべる。
……けど私はやっぱり、ビルクさんに迷惑が掛かるくらいなら。
日々の努力が裏目に出るという現実に、
私がまた甘い考えへ逸れかけそうになっていると。
────やけにハッキリとした言葉が通り抜けた。
「着実に成長しているみたいだしな。止めやしないさ。失敗も付き物だろう」
「え……?」
心に掛かった暗いものは、その一言で、いともあっさりと晴れていく。
「成長…ですか?」
「なんだ?実感が湧かないとでも言うつもりか?」
「…だってまた、私はビルクさんに迷惑を掛けましたよ」
そんな私の言葉に、ビルクさんは呆れるように言った。
「失敗したことは関係ないだろ。お前は着実に、いや、圧倒的な速度で成長している」
「圧倒的…っ?!」
それは私にとって、誇張だとしても言い過ぎなくらいだった。
でもビルクさんの様子は誇張しているというより、私に呆れているようで。
「お前……わかった。俺がお前のその腐れきった自尊心を育んでやる」
「へ?」
いつも様子の違うビルクさんの言葉に、私は頓狂な声を漏らしてしまった。
そしてビルクさんはまるで説教をするかのように、“それ”を始めた。
「いいか。先ず言っておくが、こんなにもすんなりと雑貨屋の作業に慣れていることを自覚しろ」
「はっ、はい?!」
低く、威圧的な声に、私は身を跳ね上げる。
ビルクさんはそれを止める様子もなく、机を指をトントンと鳴らしながら、更に続ける。
「コカトリスの解体もそうだ。一度教えたことを直ぐに習得しやがる。おまけに俺が教えていない、俺もやらないハゼサソリの毒液を抽出する高難度な技術を覚えてきて、その上成功させるときたもんだ。……自分がどれだけの才能を持っているか、分かってんのか?」
「ふぁいっ?!?!」
叱られている?!それとも褒められている?!
これが以前に本で読んだ、ツンデレというやつなんですかっ?!
おかしな状況に、私は困惑するばかりだった。
「それに────いや、ともかくだ」
加えて何かを言いかけたビルクさんは、そのまま立ち上がって、私に背を向けた。
「いつまでもそんな様子で居られたら、辛気臭くて溜まったもんじゃないからな。わかったら、ちゃんと反省しておけよ」
「分かりましたっ!!?」
怒気?の籠もったビルクさんの言葉に、私も声を張り上げる。
その私の口元は、いつの間にかフニャフニャに緩んできて。
怒っているのか、慰めているのか。
やっぱり変なやりとりだったけど、私はその余韻に、呆然としてしまった。
「……ああ。やっぱり、ビルクさんには圧倒されるなあ」
縮こまって何もしなかったり、かと思えばハリキリすぎて失敗する。
そんな不器用すぎる私だけど、ビルクさんが言うのなら、“着実”に成長しているのかもしれない。
「焦る必要なんて、無かったのかな」
振り返ると、確かに馬鹿らしかったかもしれない。
日々徹夜をして疲労に目の下をだるだるにして、変なことを言ったり寝ぼけたりして。
それから深夜に学院に侵入なんかして、私はどうにかしていたんだ。
「ビルクさんにああまで言われないと気づかないなんて」
でも、何故かそこまで本気になれた自分が、少しだけ誇らしかった。
少しだけ、自信を持てた気がした。
大きな反省は胸にあるのに、なぜかあの失敗が、離れた場所から俯瞰できた。
やりすぎたと分かったんだから、少し速度を落とせばいいだけ。
直ぐにビルクさんを目標にしなくていい。先ずは、焦ることを辞めてみよう。
私はもう自覚した。
ビルクさんに救われてから、恩返しというあやふやな物を探して、ついに自分の成長という決意を固めて。向こう見ずに突っ走って、やっと気づいた。
先ずは迷惑を掛けないところから。いや、それよりも手前の、落ち着いて自分を見ることから始めよう。
心の奥底に溜まっていた焦燥感が、甘い安心感へと溶けていく。私はシーツを興奮のままに手繰り寄せて、自分を押し込めるように中へ潜ったのだった。




