39危険な知識
…ね、眠い。
襲いかかる眠気に耐えるように、大きく深呼吸をする。
パウモイさんから冒険者の件は待ってほしいと言われて、大体5日くらいが経つ。
あれから私は放課後から夜遅くまで図書館の地下に籠もり、膨大な知識を頭に叩き込み続けていた。
目の下にはうっすらとクマができているし、頭の半分はまだ眠っているような状態だ。
「────ですので、岩鱗リザードを討伐する際は、雷属性魔法で動きを鈍らせるのが基本です。では……ニィコさん」
私は反射的に、重力に負けて沈んでいく頭を起こした。
「はぁいっ...?」
突然名前を呼ばれビクッと肩を揺らして、変に上ずった声を上げてしまった。
クスクスと、静かな教室のあちこちから軽い笑い声が漏れた。状況を理解した私は、たちまち顔を赤らめた。
「……少しお疲れのようですね。近接戦闘になった場合、この魔物の『急所』はどこか分かりますか?」
えっと…なんだっけ。
岩鱗リザードの…弱点?
眠気でぼーっとしていた頭に、名前も忘れた書物のページがフラッシュバックした。
確か──。
「ええと......左目の奥にある、蓄熱器官です」
そうだ、思い出した。
特別書庫に保管されていた、とある冒険者の手記が思い出される。
「細い針状の武器で左目の奥を正確に突き刺せば……自身の体温で内臓が自壊して即死できて、もしくは、黄蝕草の汁を鱗の隙間に一滴垂らせば、外殻が腐食して生きたまま肉が削げ落ちて────」
ふと、しんと音が消え去った教室に気づいた。
水を打ったように静まり返る生徒たち。
教師の顔は引き攣り、額には嫌な汗が浮かんでいた。
「こ、コホンッ!」
教師が、わざとらしく大きな咳払いをする。
私も思わずぐっと口を噤んだ。
「……ま、まあ、理論上はそのような生態もありますが……あまりにも危険で現実的ではありません。あくまで一般的な対処法は、装甲の薄い腹部を狙うことです。座りなさいニィコさん」
「はい……すみません」
気まずさで身を縮めて座ると、隣の席のムフレが、面白そうに小声を囁いてきた。
「ニィコ、凄いやん?」
「えへへ……そうかな?」
私はさっきまでの眠気なんてウソのように頭がハッキリとしていた。
ムフレは明るく声を掛けてくれたけど、ヒソヒソとした周りの話し声が耳について申し訳なくなる。
….そうだ。私が今詰め込んでいるのは学院で習うような綺麗な知識じゃない。誰かがわかりやすく、安全に整えた知識じゃない。
もしかすると、一般には秘匿されるべき知識だったかもしれない。
『自分が貴重で危険な知識を手にしているという覚悟がいる』パウモイさんの言葉を、身に沁みて理解することが出来た。
私はひとり、ギュッと自分の膝を握りしめた。
*
「それにしてもあんな詳しい知識…知らんうちに遠くへいったみたいやなぁ」
「シクシク」と、分かりやすい泣き真似をしてみせるムフレ。
私は一緒に廊下を歩きながら、苦笑いを浮かべた。
「あはは…そうかなあ?」
「冗談冗談っ。ニィコここ最近ずっと頑張ってるみたいやったからね」
そう言いながら、ムフレは明るい表情に戻る。
罪悪感に肩を竦ませつつも、少しだけ褒められたことにくすぐったくなった。
「うん。前にやりたいことが出来たって言ったでしょ?それ、最近になってどんどん気持ちが強くなってきたんだよね」
「そうなんや。やっぱりニィコは凄いわ…うちも頑張らんと」
自嘲するようにムフレは笑った。そう言うムフレも明らかな優等生だ。田舎からやってきた世間知らずという繋がりでずっと一緒に居るけど、王都のエリートに劣らないどころか勝っていると肌で感じることがある。
「ムフレは三年生から魔法学を中心に勉強するんでしょ?」
「そうやねえ。魔法にしても色々あるから魔法研究をするか……冒険者にでもなるか……」
「冒険者……?」
つい、私はその言葉にピクリと反応する。
「うん?冒険者がどうしたん?」
「い…いや、ムフレもそういうのに興味あるんだなあって」
「うぅん。ふわっと魔法が好きってだけで、将来何していきたいとかは考えてへんねんな。冒険者も候補のうちやけど、怪我するのは勘弁やなあ」
ムフレは目を細めながらそう言った。
それは私も同じようなものだ。
恩返しをするために自分が成長するという目標は明確だけど、成長してどうするかはまるで分からない。
「あぁ〜もう、考えてたらお腹すいてきちゃったなあ。一緒に食堂行かへん?」
「そうだね。私もお腹すいて…」
そこで、私はふと立ち止まった。
「あ、そうだ。私第四倉庫から物を取ってくるように頼まれたんだった」
「ほぉ!授業の素材?」
「うん……倉庫の中を見れるから、たまに手伝いを申し出てるんだよね」
何となく小声になりながらムフレに説明をする。多くの研究素材が保管されている学院の倉庫から素材を運んでくるという手伝いを、私はたまに受けることがある。
「たしかに、それはちょっと気になるなあ」
「じゃあ、一緒に行く?」
そう答えると、ちらっと横目を向けていたムフレは咲いたような笑顔を見せた。
「ええの?やったあっ」
「うん!えっと、ここからだとこの通路の先から下の階に降りれば直ぐだね」
「よっしゃ、行こ行こ!」
ぐっと手を掴んで駆け出すムフレに引かれながら、お腹が空いていたことも忘れて第四倉庫へと向かったのだった。




