35才能?
「それじゃ、次の試験に移るっすかね」
『一角ホッグ』討伐試験を終えた私達は、そのまま王都の外れの草原を歩いていた。
パウモイさんの後ろを付いて向かう先は、王都の北東の森『ヤハキの大森林』だ。
様々な魔物が棲息するヤハキの大森林は、私もよく知っている「ビルクさんに助けられたあの場所」でもある。その広さは王都全域より一回り大きく、コカトリスを始めとした強力な個体も多く存在する。
「二つ目は『隠密試験』。…正直、これが冒険者に於いて最も重要な能力なんすけど、理由はわかるっすか?」
「命が一番大事ですもんね」
それは、特に私のような非力で戦闘力のない者にとっては馴染み深い。
「そうっすね。ニィコさんにはよく知ってる話だったっすか」
「そうですね…何度死にかけたかわからないです」
パウモイさんには、雪山で私のことを少し語ったんだっけ。
「……身に染みてるみたいっすね。まあ、それなら当然分かってるでしょうけど、十級の魔物を狩りにいった先で八級、運悪く五級なんかと当たることなんてザラっす」
その言葉に、私も深く頷く。
自然界は常識無用だ。
今歩いている大森林の手前の、比較的安全な地帯でさえも強力な魔物が出現することがある。
「危険な魔物がいる地帯に入る時点でその分依頼の階級は上がるっすけどね」
と、付け加えられる。
依頼というのは総合的な難易度や危険性で決められるらしい。だからといって、その指標が全てでは無いのだろうけど。
「さ、そろそろ森の中っすね。さっきまでの草原が『十級から九級』とすると、ヤハキの大森林は『八級から六級』と跳ねる」
森の前で足を止め、パウモイさんが口を開いた。
階級については前に本で読んだことがある。
その本によると冒険者の階級には『同級の魔物に対して安定して倒すことができる』ということと『一つ上の級の魔物から安定して逃げられる、または事前に察知し避けられる』
という指標があった。
「もちろん初級冒険者は立ち入るべきでないし、ギルドの推奨級数は七以上だ」
言いながら、チラリと私の顔を見たパウモイさんに、私はつい目を逸らしてしまった。
「はぁ…その様子からも、入ってたんすよね」
「す、すみません。割といつも来ちゃってました…」
天を仰ぐパウモイさんに、私は叱られるように身を縮こませた。
「…まあ、この試験はその実力の再確認みたいなもんっす。今までのことには目を瞑るんで、肩の力は抜いて貰って」
「わかりました…頑張ります…!」
それに頷いて、パウモイさんは森の中に足を踏み入れた。
森の中に少し足を踏み入れると、木々や草木の隙間からぽつぽつと生物が顔を覗かせている。
木々の隙間から溢れる朝の日差しが、足元を照らしていた。
「ニィコさん。魔物を避けるにあたって一番大事なことって何だと思うっすか?」
「魔物の痕跡を見つける…とかですか?」
「…基本的には違うっすね」
パウモイさんは私に困った目を向けた。
なんでそれで今まで無事だったんすか……と言わんばかりの目を。
「殆どの冒険者の場合、『魔力探知』で強力な魔物を避けてるんす。痕跡を見てどうこうってのは、寧ろ獲物を見つける時とかっすかね」
「魔力探知…ですか。言葉は聞いたことありますけど、よく知らないです」
いつも本を読んで勉強してるとはいえ、私の知識は魔物の生態や、それに応用できる魔道具の知識が殆どだ。それ以外の部分は、学院で学んだ範疇をあまり逸脱していない。
「その辺は学院の三年から学んでいくところだと思うんで、詳しく無くて当然なんすけどね」
確か「基礎冒険学演習」だとか、冒険者志望の学生は三年生から選択で学ぶことができたはずだ。
魔力感知についてよく知らない私に、パウモイさんは丁寧に教えてくれた。
「ざっくり説明すると、魔力を使う生物って、常にまわりから魔力を少しずつ吸収するんすよ。人間もそうっすけどね。だからこうやって広範囲に微量でも魔力を広げると、どうなると思うっすか?」
ばっと手を伸ばしたパウモイさんから、魔力の広がりを感じる。
そうか…!
「自分の発した魔力が誰かに吸収されたら、それで場所が分かるんですね…!」
「そういうことっす。慣れてくれば極微量でも吸われていることが分かる。もっと言うと、その“吸われる勢いや量”から存在の強力さを測ることができる」
「なるほど…!」
わかりやすい!
言葉で聞くほど容易では無いことは分かるが、どういう理屈かはよく理解できた。
思えば、ビルクさんも見えていない魔物を察知していることもあったような気がする。
「俺くらいになると“探知”せずとも感覚でわかることもあるんすけどね。そっちは『魔力感知』って言って、『魔力探知』ほど単純な話じゃないっす」
探知と違って完全に無意識でも気配を察知するというのは、魔力に対する慣れだとか、そもそも個人の才能が関わっているんだとか。
ただ一つ気になったのは、
「…でも確かに、魔物が近くに来てるかもって感覚は何となく分かる気がします」
言われてみると、全くその魔物が近くにいると予想してなくとも感覚でわかる時がある。
その存在の“気配”というのかな?分からないけど、決して勘違いじゃないということは言い切れる。
「…マジっすか?」
「え?あ…はい」
足を止めたパウモイさんに、私も立ち止まる。
「────確かに魔力感知ナシでずっと魔物を観察してきたってのはおかしい話だしな…もしくはたくさん魔物を観察していく過程で身についた…とか?」
ブツブツと、パウモイさんは何かを小声で呟きながら頭を悩ませる。
私が呆然とそれを見つめていると、我に返ったように顔を向けられた。
「ああ、すんませんね。ちょっと色々考えてたんす。それにしても、じゃあ今とかも周りの気配とかを感じるんすか?」
「いえ…あまり感じませんね。多分強力な魔物とかじゃないと気づかないと思います」
「流石にそうっすよね」
と、パウモイさんは頷いた。
「じゃあ、こういうのはどうっすかね」
その言葉が耳に入った、直ぐ後のことだった。
私の背中に────悪寒が走った。




