34パウモイの試験
パウモイさんにきっぱりとお願いを断られて、二週間ほどが経ったある日。
ついに、この日がやってきた。
“私たち”は王都から少し外れた、人気の少ない草原の外れを歩いていた。
朝靄がまだ薄く残っていて、手に触れる草が露で湿っている。
「このへんっすかね」
ポケットに手を突っ込んだまま、パウモイさんはそう言った。
「……はい!」
今日、私は魔物と戦う。
「冒険者になりたい」というお願いを叶えるために、「俺がちゃんと実力に足るか確かめてから…考えさせて下さい」との言葉通り試験をすることになったのだ。
獲物の名前は「一角ホッグ」。十級の魔物で、突進が主な攻撃手段の猪のような獣だ。
一般人でもギリギリ対処できる強さではあるが、問題はその攻撃性だ。
自身の縄張りに入った者に鋭利な角を向けて突進し、無尽蔵の体力で追いかけてくる。
避けては追われて、また避けてはと、当たらないことばかり考えてしまう初級冒険者が被害に遭う。
「いたっすね。一角ホッグ」
こっそりと腰を屈めながら、パウモイさんが小声で告げた。
大きさは一メートル程の茶色い毛をした獣が、地面に生える草をむしゃむしゃと噛み締めている。
私は武器を柄から引き抜いた。
前日に調合した麻痺毒を薄く塗ってある、鉄製の短剣。
私にとってはあまり馴染みのない武器というものを手に、深呼吸をする。
「十級の魔物、それを倒せてやっと選考に値するって感じっすかね。まあ安全面は俺が付いているんで気にしなくていいっすよ」
それに防具は最小限だが、守るべきところは押さえている。
ブーツは脚にぴたりと沿い、それでも動きやすく丁度膝の下までの長さになっていて、避けるのにも邪魔しない。
倒せれば、スタートラインには立てる。
これを含めていくつかの試験をパウモイさんから受けて、それから考えると言われた。
耳を澄ませると、草原の向こうから低いうなり声が聞こえてきた。
何度も見て調べてきた魔物を前に、緊張は無い。
近づきすぎて追いかけられたこともあった。
その時は必死に木に登って逃げた。
あの時の一角ホッグの地面を蹴る音と、頭を下げた瞬間の重心の移り方は今でも覚えている。
「じゃ、俺は上から見てるんで」
そう言ってパウモイさんはふわふわと空へ浮き上がった。
…やっぱり、これには慣れないなあ。
二度目だけど、また私は唖然としてしまった。
気を取り直して私は草の中に一歩を踏み出した。
一角ホッグの、動物の鋭い感覚がそれを感知した。
こちらに顔を向けた一角ホッグを前に私は動かなかった。
相手の前足を見る。地面への踏み込み方を見る。
頭の角度を見る。
──来る。
頭がわずかに沈んだ瞬間、私はすぐに半歩だけ右へずれた。
鼻息を荒く鳴らしながら突進する猛獣に、すれ違うように斜め前へとすり抜けた。
私はその線上に────刃をそっと差し出しながら。
ぐっ、と腕を持っていかれそうになって耐える。
「ブグァ…ァッ?!」
短剣が一角ホッグの体皮を引き裂いた。
表面を軽く傷つけた程度だが毒が入った。
ふぅ…いいぞ。もう一度来い…!
一角ホッグが体勢を立て直して、また向かってくる。
同じだ。頭が沈む。私は動く。刃を置く。
今度は逆方向に、一筋の傷を付けた。
「グ…ブフゥ…!!」
大きな鼻息が、草を吹き荒らす。
完全に怒ったみたいだ…いままでに怒らせたことは無かったけど、根本は変わらない。
「ガァアフッ!!」
口の中から唾液を散らしながら、また一角ホッグは頭を小さく沈める。
その次の瞬間、一角ホッグの動きが鈍くなり始めた。
足がもつれて、そのまま草の中に転がるように────呻きながら倒れていった。
ど……毒が回った、のか。
ほっと息を吐き、肩の力を抜く。
即効性は低い毒だが動き回る一角ホッグには毒の回りが早かったのかもしれない。
神経毒に侵されて、一角ホッグはぴくぴくと身体を痙攣させていた。
振り返ると、いつの間にか降りたのか、パウモイさんが無言で立っていた。
「パウモイさん……どうでしたか?」
「……ふぅん」
「えっ…だ、駄目でしたか?」
あまり芳しくない反応に、私は思わず身体を震わせる。
何かが悪かったのか、必死に答えを探そうとして頭がグチャグチャになっていく。
すると、パウモイさんは呆れたように眉を持ち上げて笑った。
「いや…なんでもないっす。じゃあ次に行きましょっか」
「わ、わかりました…?」
何を言われるでも無く、掴みどころのないパウモイさんに、私はぽかんとしてしまった。




