32 暗躍って格好いいっすよね
肩を回してボキボキと音を鳴らし、俺は椅子の背もたれに体重を預けた。
「ふぁ~っあ。やっと終わったっすか」
ニィコさんと別れてから特別書庫の奥で作業をして、もう五時間くらいが経つ。
すっかり夕方に差し掛かっている時間帯だ。
「お疲れさん。今日も助かったよ」
「それなら良かったっすけど、“ムーシュラ”さん」
司書のムーシュラさん。
御年七十六歳になる重鎮でもあり、この広い王都大図書館を管理する現役でもある。
俺がどうしてこんなところでその人と居るかというと、一口に言えば情報提供のため。しばらく前からこうして特別書庫の裏に来て、一級冒険者の俺が知る情報を提供していた。
「冒険者じゃあパウモイしかこんなことしてくれるのがいないからねえ。また頼んでいいかしら?」
冒険者にとって情報は命だ。
ギルド全体で連携して生存率を高めているとはいえ、仕事を奪われないために情報を伏せるのは当たり前。他人に情報を手放すときは、決まって取引になる。
当の俺もまた──、そうであるように。
「勿論っす。そんじゃあ、今回も報酬を頂きましょうかね」
「何を知りたいの?」
そう言って、王都の情報庫は微笑んだ。
曰く──この大図書館自体に魔法が書けられているとか、ここの本を読むと継続的に微量の魔力を吸われいくとか。
図書館の情報は何らかの魔法によって、全て彼女の頭に入っているとか。
それらは決して眉唾でないことを、俺は知っている。
「いや…今回はそっちじゃないんすよ」
そんな俺の言葉に、ムーシュラさんはきょとんとした。
まあ、今まで“そういう取引”だったのだから、無理言っているのは俺の方だ。
「あら?どういうこと?」
「お願いしたいのは、とある人を『特別書庫』に入れる許可っす」
「誰かしら?」
「“ニィコ”さんっす。知ってますか?」
ムーシュラさんは、彼女にしては珍しく目を丸くして驚いた。
「知ってるわ。ニィコちゃん、いっつも健気に勉強してるのよね」
「そうっす。俺も何かと彼女に縁があってね」
「へえ、あなたがねぇ。それにしても、貴方ってそういうことする人だったかしら?」
「俺も修行の段階は終わったんす。これからは、人を助ける年頃なんすよ」
そう冗談交じりに言うと、ムーシュラさんはそれを真実と見抜いたか、感心するように喉を鳴らした。
今までたくさん助けてもらったからこそ、自分がそうなりたいと思う。
人に決意を固めさせたのに、自分が静観しているというのは義理が悪い。
「そうなのねえ。けどニィコちゃんは熱心だから、あそこで勉強したら良くないんじゃないかしらねえ」
「ニィコさんを応援したい。けど俺は全責任を背負うほど全能じゃない。だから、ムーシュラさんにお願いするんすよ」
ムーシュラさんは俺の顔を覗き込んだまま、ピタリと止まった。
俺はムーシュラさんの能力を知っている。
ニィコさんが渡る危ない橋を支えるための、能力を。
「…いいわ。ただし、これだけじゃあ割に合わないわ。あと五回分、タダ働きでいいかしら?」
「それくらいならお安い御用っす」
「それとパウモイ、この腕輪をニィコちゃんに着けるように言ってくれる?なるべく常に」
ムーシュラさんから手渡されたのは、木製の腕輪。
一見するとただの無骨な装飾品のようだが、内側に魔鉄らしき物が埋め込まれている。
それに僅かだが魔力を感じる…恐らく能力に使う物だろう。
「なんすか…これ?」
「“能力”の条件に必要なの。お願いね」
一応聞いてみると、予想通りの答えが返ってくる。
その詳細まではよくわからないが、一つ言えることはこの人が信用できるということ。
俺は腕輪をポケットに入れて、頷いた。
「…わかりました。ずっと着けるように言えばいいんすね?」
そう言うと、ムーシュラさんもコクリと頷いた。
「ええ、あとは任せてもらっていいわ。私もニィコちゃんが危険に曝されるのは悲しいもの」
「助かるっす。それじゃあまた」
俺は椅子から立ち上がり、ムーシュラさんの部屋から退出した。
取り敢えず…安心、ではあるか。
あの人の能力───『占い』があれば、大事になることは避けられる。
「五回分か…なかなか大変っすね」
何時間も座ったまま淡々と情報を語るというのは、身体に意外にも負担を掛けるものだ。
俺は首を鳴らしながら特別書庫の方へと出て、キョロキョロと周囲を見渡した。
まあ、流石にもういないか──と思ったところで。
「あ、パウモイさん」
声が掛かった。
振り向くと、やっぱりその声の正体は知った顔だった。
「ニィコさん、まだいたんすか…」
「えへへ…すみません。つい夢中になっちゃって」
何冊も本を抱えるニィコさんを見て、つい溜息が出る。
…この人、もしかしたらやる気を出したら止まらない質なのか…?
「くたびれない程度にしてくださいよ。それと、お手を拝借してもいいっすか?」
「え…?手を?」
きょとんとしながらも、そっと差し伸べられたニィコさんの手に腕輪を乗せた。
「これ、できるだけいつも付けておいてくれないっすか?ちょっとしたお守りみたいなものっすから」
「お守りですか…パウモイさんが言うなら、わかりました」
ニィコさんはそれを不思議そうに眺めながら、おずおずと自分の腕に通した。
少しは信用してくれているようで、こっちもやってる甲斐があるってものだ。
「うん。似合ってるっすよ。じゃ、俺はもう帰るんで」
「パウモイさん…あの」
「なんすか?」
背を向けようとしたところでまた声が掛かる。
俺は何か嫌な予感を感じながら、ニィコさんの顔を見た。
その、申し訳なさそうな小動物のような顔を。
「えっと、何度もすみません…!もう一つだけ、お願いしてもいいですか?」
ああビルクさん…。
助ける側ってのは、こんなに大変なんすね。
俺は思わず目を伏せ、軽く天を仰ぐようにビルクさんの背中を思い浮かべた。
「なんすか?何でも聞いて下さいよ」
まあ特別書庫の件があったばかりだ。きっとそう難しい事は言ってこないだろう。
そんなことを考えていると、やけに真剣な表情のニィコさんが、口を開いた。
「私…冒険者になりたいんです!」
「ふひょおっ?!」
それは演技じゃない、素の驚きだった。




