31 危険な宝庫
「……ニィコさぁん」
指で顎を擦りながら、パウモイさんは何かを疑うようにこちらを見下ろした。
「なんで知ってるかなあ。結構それって秘匿的な話なんですけどねえ?」
私は口を噤んだまま、パウモイさんのその様子に圧倒されてしまった。
やっぱり『特別書庫』の話はただ事じゃないんだ。
パウモイさんはため息を吐いて、忠告とばかりに肩に手をおいて言った。
「ま、そのことはあんまり口にしないほうがいいと思うっすよ。変な事に巻き込まれることも、無くは無いんで」
私のことを心配してくれているんだ。
背を向けてその“裏側”へと歩くパウモイさんを見ながら、私は立ち竦む。
「待って下さい……!」
でもなんでだろう。
つい私の口は開いていた。
「なんすか、まだ何か──」
「私も…その先に行かせてくれませんか…?」
振り向いたパウモイさんは、困った顔をした。
「いやぁ、それは流石に…」
「お願いします!」
「ちょ、ちょっと声がでかいっすよ!?」
掠れた声で叫んで、パウモイさんは周囲を素早く確認する。
罪悪感を感じながらも、引かなかった。それは、相手がパウモイさんだからだろうか。ビルクさんとはまた別の意味で、私はこの人に信頼を寄せているから。
「い……入れてくれなかったら」
「たら……?」
「大声で『特別書庫』の事を叫んじゃうかも…しれません」
「うっほほい……!?」
パウモイさんは小さな声のまま、大仰な身振りをした。
「面白い冗談言うようになったじゃないっすか……!で、マジで言ってんすか?」
「駄目ですか……?」
今度は懇願するように眉を潜めると、パウモイさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「か……」
「か?」
「勘弁して下さい。ホント……俺、ニィコさんが危ない目にあったらビルクさんに合わせる顔が無いんすよ」
とほほ、とでも言いそうな萎れた声だった。
私は折れそうになりながら、最後のダメ押しを口にした。
「お願いします……パウモイさんが居る時だけでいいので……」
しばらく黙り込んだパウモイさんは──ぱちりと、瞼を閉じた。
「……焚き付けたのは俺っすもんね」
呆れたように口元を緩めつつ。
パウモイさんは観念したように首の後ろを掻いた。
「わかりました。最後まで責任を取るっすよ」
「えっ……い、いいんですか?」
すっかり諦めかけていた私は、予想外の言葉に目を丸くした。
「ただ──こんな事するからには、しっかり頑張って下さいよ」
「はい…!勿論です!」
途端に、ニヤリと笑うその顔が頼もしい共犯者のように見えた。
いけないことをしてしまった気分と、それでも一歩踏み出せたことに心臓を激しくさせながら。
それに勝る気持ちが私を突き動かそうとしていた。
「じゃ、行きますよ。協力するとは言ったっすけど、絶対に入れるとは限らないんで」
「あ、そ……そうですよね」
考えてもみれば、立入禁止という文字だけで、実際に文字を無視すれば侵入できるというのは変な話だ。
入れるとは限らないということは、鍵なんかともまた別なのかもしれない。
パウモイさんに付いて金属のドアをくぐり、薄暗い通路を進むと、道の脇の小さな空間に、何かが見えた。
それは、一体の鎧だった。
「ここから先は一級冒険者、並びに特別許可証を持つ者のみの立ち入り区域です。貴方は一級冒険者のパウモイ様ですね。そちらの方は……」
槍を持った門衛が、鋭い視線で私を制止する。
背筋が凍るような威圧感。やはり、私のような小娘が簡単に入れる場所ではない。
思わず1歩後ずさりそうになった時だった。
「ちょっと、冗談キツいっすよ兄さん」
ふわりと、いつの間にやら鎧の前にパウモイさんが進み出ていた。
普段の飄々とした態度はどこへやら。彼の目は氷のように冷たく、纏う空気が一変していた。
「────彼女は俺の『専属戦術顧問』だ。俺が保証人になる。……それとも、一級冒険者である俺の判断にケチをつける気か?」
両手をポケットに突っ込んだまま。
低く、身体の底に響くような声に、門衛の肩が軽く後ろに下がる。
「……いえ、失礼いたしました。どうぞ、こちらが特別許可証です」
「へへっ、話が早くて助かるっす」
振り返ったパウモイさんは────上手くいったっすね!と無邪気な耳打ちをして、いつものように目を細めながら、朗らかに笑った。
その落差に呆然とする私の首に、特別通行証が掛けられる。
「さ、行くっすよ。ニィコさん」
「は…はい」
入口の傍から離れた門衛の横を通って、私たちは薄暗い地下書庫へと足を踏み入れた。
細く、薄暗い通路を歩いていくと、その先に巨大な空間が広がっていた。
「わぁ……凄い…」
思わず、感嘆の声が漏れる。
古い紙と、むせ返るような埃の匂い。天井まで届く巨大な本棚が、迷宮のようにずっと奥まで続いている。
「歴代の冒険者たちが命懸けで持ち帰った魔物の生態記録や、古代魔道具の設計図。ま、一般の人間じゃ一生拝めない代物ばかりっすね」
本棚に詰められた書物の表紙を見るだけで、それらが普通では無いことはよく分かる。
読みやすいようにきれいに製本されたものとはまるで違う。
ただ記録するためだけに無骨に切り貼りされた情報の束──そんな感想が浮かんだ。
「ここの記録はお持ち帰り禁止っす。一応閲覧室もあるんで、そこを使って下さい」
「わかり…ました」
ごくりと息を呑んだ私を、パウモイさんはからかうように笑う。
「それとも、もう辞めにするっすか?」
「や、辞めないです!ここで勉強します!」
私のような一般人には到底手に入れられないような情報が山のように広がっている。
ここで後ずさったら、私はとんでもない好機を逃すことになると思った。
「…すっかり決意は決まってるみたいっすね。もう俺は止めないっすけど、くれぐれも危険なことには手を染めないで下さいね。ここを利用するからには、『自分が貴重で危険な知識を手にしているという覚悟がいる』。わかったっすか?」
「はい。そうですよね…」
パウモイさんの表情は真面目だった。
私が頷くと、パウモイさんは穏やかに笑った。
じゃ、俺は用があるんで」
それだけ言って、パウモイさんは先へ進んでいった。
どこへ行って、どんな本を探せばいいかまるでわからない。
でも、私は呆然と立ったまま、今直ぐ跳ねて走り回りたいくらいには興奮に駆られてしまった。




