28憧れ
ドアベルの余韻が消えて、私はこっそりと息を吐いた。
「ほんと、厄介なヤツっすよね」
パウモイさんも苦笑混じりに息を吐いて、コーヒーカップを受け皿に戻す。
「パウモイさんでも、そう思うんですか?」
「そりゃあもう…ニィコさんは気の毒っすわ。あんなやつがライバルだなんてなあ」
確かにムギロッテさんは強い。私には無いものを沢山もっている。
ムギロッテさんだけじゃなく、パウモイさんも、ビルクさんも。
私の周りには凄い人がいっぱいいる。
「パウモイさんは、どうやってそんなに魔法が上手になったんですか?それと、魔法を頑張ろうと思った理由とかって…?」
「俺が頑張ろうって思ったのは、単純に魔法が楽しかったからっすよ。そうやって練習を続けてたら、勝手に上手くなっていたってだけっす。俺も最初は一方向にそよ風を吹かせる程度だったっすよ」
「…パウモイさんでも、そうだったんですね」
途端に、無力感を嘆いていたこれまでの自分が浮かんで、恥ずかしくなる。
「私も、パウモイさんやムギロッテさんのようになるために、頑張ります」
「そうっすね。いきなりビルクさんを目指すよりも、何倍もハードルが低い」
そう言いつつ、頬杖を付いて窓の外に目を向けるパウモイさんを見つめる。
この人も十分…どころか私が知る中で一番凄い魔法使いの筈なんだけれど。
「パウモイさんは、もともとビルクさんと同じチームだったんですよね?」
「そうっす。ギルドは“制度”的にチームを組まないとやっていけない。というか、大体ギルド側から同期を数人で纏めてチームを作られるんす」
私がビルクさんはチームなんて作らなさそう、と思って口に出したことを察したのか、パウモイさんはそう答えた。
「制度的にって、どういうことですか?」
パウモイさんが人差し指をぴんと立てる。
「殆どの依頼は受けるために“同階級”の冒険者が二人以上必要って決まりがあるんすよ。依頼の階級より上の冒険者なら、一人で受けれるんすけどね」
「なるほど…つまりチームを組まないと最初は依頼すら受けられないんですね…?」
みんな最初は十級から始まるわけだから、同階級──つまり十級の依頼を受けるのにも、チームが必要。
確かに命を張る危険な仕事なのだから、それくらいでもしないと安全は保たれないのだろう。
「そういうことっす。だから俺も同期で入ったビルクさんと、ちょうど一人だったハルモングさんのチームに入れられたんすよ」
「そうだったんですね…でも、元から居たハルモングさんは、十級だったんですか?」
ハルモングさんが九級以上の場合、十級以下の依頼しか受けられないことになる…よね?
私の疑問に真っ当というように頷いて、パウモイさんが口を開く。
「あの人はああ見えて面倒見がいいっすから、その時点で六級だったのに、俺達に付き合ってくれたんすよ。ニィコさんの想像通り、普通は前後一階級程度の差でチームを組むんすけどね」
「やっぱり、そうだったんですね」
「それと、あのムギちゃんもちょっと特殊でね」
何か含みのある言い方に、私は口元に運んでいたカップを戻す。
「元々ムギちゃんは同期三人でチームを組んでいたんすけど、アイツがあまりに急激に階級を登っていったもんでね。それに引っ張られるようにして上がっていったほかの二人が、ついて行けないって話で解散しちゃったんすよ」
「なるほど…」
それは妙に想像できる話だった。
「それがちょうど五級くらいの話でね。ビルクさんが辞めてからずっと空いていた三人目に入ったんすよ。それが一年前くらいかな?」
「…ちなみに、パウモイさんとハルモングさんは何級なんですか?」
すると、パウモイさんは少しだけ困ったように眉を潜めてから、言った。
「まぁ…数字的には一っふ。ビルクさんと一緒だなんて言えないっすけどね」
この人はどれだけビルクさんのことを慕っているんだ……いや、私も人のことを言えないかもだけど。
「あんなに凄いパウモイさんでも、格が違うって思うんですね」
「そりゃあもうっ!」
異様に食いついて鼻息を鳴らすパウモイさんに、私はつい身を引きそうになる。
「どんな魔物でも一撃で鎮めるって、カッコよすぎじゃないっすか…?」
まるで夢を語る少年のような視線で語りだすのを聞いて、私もその光景を想像した。
コカトリスのときも、ケルベロスのときも。
その姿は脳裏に鮮烈に刻まれている。でも…一つだけ気になるのは、
「ビルクさんは、今までもずっと一撃で仕留めてきたんですか?」
「気になるっすよね。──まあ、初見の魔物は流石に観察するんすよ。軽い攻撃を色んなところに当てたり、動きを見たり」
けど!と、大仰な身振りをしながらパウモイさんは口にする。
「ビルクさんの凄いところはそっからだ。魔物を観察して、弱点を見つけてからはもう、次の一撃では絶対に仕留め損なわない。必殺の一撃に変わるんすよ」
“魔物を観察して弱点を見抜く”。それは実際にビルクさん自身が教えてくれた戦術だ。
私も魔物を良く観察するのが好きだから、「ニィコにも合ってる戦法と言えるんじゃないか?」と言われた事を覚えている。
けれど私は確か…きっと自分には出来ないだろう、ビルクさんのような力を持っていないから。
と思って諦めていたんだっけ。
「あっ、ちょっと熱が籠もりすぎちゃって、引いちゃったっすか?」
考え事に夢中になっていると、パウモイさんは恥ずかしそうに頭に手をやった。
「いえ、私もわかります。憧れちゃいますよね」
無意識に口元が緩むのを感じた。
こんな話を出来るというのは、凄く貴重なことだから。
「へへっ、分かるっすか」
「私も憧れます。そういうパウモイさんは、ビルクさんの戦術をやってみないんですか?」
「…もちろん試したっすよ。けど、ビルクさんに言われたんでね。お前にはそのままが合ってるって」
パウモイさんは決して諦めた事を後悔した様ではなく、むしろ誇らしそうに笑った。
───私に合っている…か。
私がビルクさんの隣に立とうとする決意も、出来る出来ないという問題じゃなかった。
なら、諦める理由なんて無かった筈だ。
「私は、ビルクさんの戦術を目指してみようかな…って思います」
その言葉に、パウモイさんはちょっとだけぽかんとした。
自信がなさそうだったから、もしくは意外だったからかもしれない。
でもすぐに穏やかな、大人の笑みを見せて言った。
「いいんじゃ無いっすか?教えてもらえるんすからね。いつも一緒にいて」
「そう、ですね」
きっと私の環境はとても、いや、多くの人が羨望するような環境なのだろう。
私はそっと机の下の手元で、自分への戒めのつもりでふとももを摘んだ。
私のバカ。
思いの外痛くて、少しだけ顔が歪んだ。




