27決意の、三歩
「まあ、あのビルクさんがそう簡単に振り向くとは思わないっすけどね。あの無愛想な朴念仁がデレるところなんて想像出来ないでしょうよ」
ビルクさんを振り向かせるまで成長する。
それはとても難しい道かも知れないけど、裏を返せばそう簡単に眼の前のライバルが前進するわけでもない…ということかもしれない。
「でも、惚れたって言ったら、顔を赤くしてた」
「えっ……本当ですかっ!?」
過剰に反応した私に、パウモイさんが笑う。
「へへっ。ビルクさんはああ見えて恋愛経験ゼロっすから、びっくりして顔くらい赤くするっすよ。ま、告白したところで『俺よりもいい相手がいるだろう』とか言って躱すに決まってるっすけどね」
それはそうかも……と、妙に納得してしまう自分がいた。
ビルクさんが誰かと付き合うという状況自体、想像できそうになかったからだ。
「私は諦めない。惚れさせる……」
ニィ……とムギロッテさんがしたり顔を見せる。この人は元から、ビルクさんの隣に“立とう”としている。
──私は逃げるように、窓の外へと視線を向けた。
冷たい風が街路樹を揺らしているのを見て、ふと雑貨屋がある方向を探してしまった。
「私も、ビルクさんの事が……」
そして零れるように、そんな言葉が口をついて出た。
「『好き』、っすか?ニィコさん」
白い歯を見せて、パウモイさんが軽く首を傾げて見せた。
「好きって気持ちがあれば良いんすよ。戦う理由はそれだけで十分なんす」
「でも、恥ずかしがるくらいの、小さな気持ち。でなきゃそんなモジモジしない」
それは馬鹿正直な、彼女からの率直な私の姿だったのだろう。
でも、自分でもよくわからないけど、つい反論が口から出た。
「…ち、違いますよっ!」
「じゃあ、ちゃんと言ってみて」
ちゃんと───言う。
恥ずかしい。想像しただけで頭の中が真っ白になって、口が動かなくなる。
「何黙ってるの?」
目の前には、私と同じようにビルクさんの事が好きだと公言するライバルがいる。
そう考えた瞬間。
真っ白だった私の頭の中は、ムギロッテさんと、私のふたりだけの世界になった。
頭の中からは雑音もスッキリと消えて。
私は他のことは何も考えず、思い切り息を吸い込んで、その言葉を振り絞った。
「私もっ、ビルクさんの事が好きです……!」
言葉を出し切った途端、頭にかかっていた靄がスッと晴れた。
カラン、とフォークの落ちる音がする。
視界に入ってきたのは、目を丸くしてこちらを見る店員さん。
微かに口角を上げるムギロッテさん。そして、満面の笑みを浮かべるパウモイさん。
「あっ……!?」
一瞬にして、私の顔は沸騰したように熱くなった。
気づけば私はガタッと席を立ち上がっていて、両手は白くなるほどギュッと拳を握りしめていた。
「すみませんっ……!?私、今──!?」
私は弾かれたように座席にへたり込み、身体を限界まで小さく丸めた。
──どうして、あんな大声を。
自分だけの世界に入り込んで、和やかなカフェの空気も忘れて。
周囲からの痛いほどの視線を感じて、顔から火が出そうになる。
「はっはは……!あー、爽快っすね」
笑い疲れたように、パウモイさんはソファーの背もたれに全体重を預けた。
私は必死に唇を噤んだまま、顔を上げることができなかった。
「いやぁ……」
パウモイさんは口元を緩めたまま、カチャカチャとカップの中でスプーンを回している。
その向かいでは、夢中でパンケーキを咀嚼していたムギロッテさんが、ふうむと息をついてそれを飲み込んだ。
私は、強く結びすぎて痛くなってきた唇をゆっくりと離し、掠れた声を絞り出した。
「なんで……あんな大声、出しちゃったんでしょう」
「まったく、なんでなんすかね……?」
ゆらゆらと定まらなかった私の視線が、不意にパウモイさんへ向く。
彼はニヤニヤと、わざとらしくとぼけた目をしていた。
なんで、あんな言葉が口をついて出たのか。それもこんな公共の場で、大声で。
答えは一つしかなかった。
──私が、ビルクさんの事を好きだから。
周りの目すら見えなくなるほど、無我夢中になって吐き出さずにはいられなかったのだ。
「……私、そんなに」
認めてしまえば、純粋な『恩返し』にノイズが混じる気がしていた。でも、無理やり押し込めていたその感情は、私の想像を遥かに超える熱を持っていたらしい。
「まだ迷ってるんすか?もう答えは自分で見つけてるでしょ」
パウモイさんの言葉が、すんなりと頭に嵌まった。
これ以上ない答え。それはすべてが自分の努力と覚悟に委ねられるからこそ、無意識に避けようとしていた険しい道。
「私が、ビルクさんの隣に立てるように……なる」
無言のまま、パウモイさんは肯定するように笑った。
ビルクさんに恩を返すこと。そして、この胸の重たい思いを届けること。
その両方を叶える方法は、私が知る限り最強の戦士の横に、対等なパートナーとして並び立つことだけだ。
強く賢くなれば、迷惑も掛けない。自信を得れば自分を卑下したりしない。
結局今のままでは、自分の思いを押し殺して、自分ごと潰れてしまう。
「私は、ビルクさんに恩を返したい。それと……ビルクさんに……振り向いてもらいたい」
その言葉を聞いて。
パウモイさんはカップから手を離し、おどけるように眉を下げた。
「へへっ、言えたじゃないっすか」
戦闘の腕を磨くのか、知識を蓄えるのか、今はまだ分からない。けれど、ここで逃げてしまったら何も始まらない。
「ビルクさんの役に立てるくらい、一人前に───」
あんなに大きな恩を受けたのに、いつまでも安全な場所で逃げているわけにはいかない。
今のままではずっと守られる存在だと、心の何処かでは気づいていた筈だったのに。
自分から一歩踏み出すことを、恐れていた。
「ありがとう、ございます……パウモイさん。私はっ、ビルクさんの隣に立てるようになります…!」
膝の上で握りしめた拳に、自然と力が籠もる。
また、背中を押されてしまった。けれど今度は完全に自分次第だ。
敷かれた道筋ではなく、自分で道筋を探さなければいけない、過酷な道。
精一杯の覚悟を持って宣言した私を見て、ムギロッテさんがガタッと音を立てて立ち上がった。
「ごちそうさま。茶髪猫が変わったとしても、私が勝つから」
「……私も、負けません」
目の前にいるのは、紛れもないライバルだ。
ムギロッテさんの赤い髪を、私は瞬きもせずに目で追っていた。
カランと音を鳴らして店を出ていくまで、真っ直ぐ逸らさずに。




