25お節介な仲介者
それは、パウモイさんに助けられて、薄暗い路地を抜けたすぐ後のことだった。
「───あ…あの?!あの、パウモイさんっ?!」
「どうしたっすか、もしかしてトイレっすか?」
「違いますよっ…!?違いますけど、そうなりそうですよっ!!」
何故私がこんなにも取り乱して、冷や汗を全身から垂らしているのか。
それは、この頓狂な状況からして当然だった。
「なんで私達は今っ…!“飛んでる”んですかっ…?!」
そう──私は今、足をぶらりと空中に放り出して、上空十数メートルを浮遊していた。
絶対に下を見ないという決意をして歯を食いしばっていたけど、つい顔を下に向けてしまう。
つま先から全身に波及する悪寒に、がたがたと震えそうになる。
「今日は天気がいいっすねえ。絶好の“空中散歩”日和っすわ」
「初めて聞きましたよ…!これ本当にどう…なってるんですか…?さっきのもそうだし、夢とかじゃないですよね…?!」
軽く笑い飛ばすパウモイさんに、思わず鋭い目を向ける。
「へへっ、悪かったっすよ。だってこっちのほうが速いんすから。そもそも道もわからないんすわ」
確かに歩くよりは全然速い上に楽だ。
上から見れば目的地も一目瞭然…でもある。
「そ、そうですね……送ってくれて、ありがとうございます」
「急にしおらしいじゃないっすか。ま、俺ってこう見えて結構魔法が得意なんでね。特に風魔法」
パウモイさんの言う通り、確かに私は風に包まれてゆったりと流れるように漂っている。
足元から浮かせるように吹く風が髪もスカートまでも靡かせて、衣服を抑えるのに精一杯なくらいだ。
「ニィコさんは軽くて助かるっすわ。さっきみたいな巨漢三人は、流石に堪えるっす」
「じ…じゃあさっきのも」
「そうっす。全身を風で抑え込んで身動きを封じてたんすよ」
だから──髪や衣服が不自然に動いていて、腕なんかも僅かに震えていたのか。
理屈は分かった、けど。
「風魔法で空を飛ぶって…机上の空論って聞いたんですけど…っ?」
「そうなんすか?よくわかんないっすけど、石ころを浮かせられるなら人間も浮かせられるんすよ」
パウモイさんはきょとんとした表情で答えた。
…先ずその石ころを安定して浮かせるというのが普通出来ないんですよ?
という反論は喉の奥で飲み込んだ。
それに、浮かせられたところでそれを動かす事も難しい。
ましてや人間のような重たいものを歩くよりも速く動かすなんて、普通に異常だ。
「それに──私をどうやって見つけたんですか?あんな、遠くにいたのに」
あそこに居た理由を思い出した私の言葉は、だんだんと沈んでいった。
「見つけた方法っすか?そりゃあもう、気合っす!ただひたすらに、探して回ったんすよ」
また私は唖然とした。
こんな超人的なことをやってのけるんだから、きっと特別な魔法ですぐに見つけ出したんだろうと。
勝手に思っていたからだ。
パウモイさんは「大変だったっすよ?」と、小さく息を吐いた。
「ナバナに行って聞いてみたら今日は学院って言うもんだから、学院へ行って聞いてみたんすよ。そしたら今日は来てないってんで、どうしたもんかと思って──もうわかんないから空から探しちゃえって、ずっと飛び回ってたんすよ」
確かに特別な魔法は使っているけど、それでもすぐに見つかるわけが無いことは分かる。
パウモイさんも私のことを大変な思いをして探し出してくれたんだ。
「すみません…私のために」
「いいんすよ。もとから俺は用があって探してたわけなんで」
「用…?」
私はてっきり居なくなったことを知って探していたのだと思っていた。
けれど確かに冷静に考えれば、遠くへ居なくなっていることは伝えてないのだから、誰もわからない筈だ。
「ちょっとね。個人的に見過ごせない問題があったもんで。よかったら話せないかなと思ったんすよ」
「問題…って、何のことですか?」
全く検討もつかないでいると、いつの間にか知った景色が目に入った。
「よし、ここらでいいっすかね」
パウモイさんがそう言うと、だんだんと高度が下がっていく。
ひと目のつかない路地裏へと、ゆっくりと。
「よし、降りるっすよ」
「は…はい」
すとんと音を立てて、地面に足を付けた。
数分間の小さな旅だったけど、濃密すぎる経験だった。
「ゆっくり説明するんで、近くのカフェにでも行きましょう。勿論、俺の奢りっす」
要領を得ない話に困惑しつつも、私は小さく頷いた。
*
路地裏に降りると、すぐその先は大通りだった。
未だすこしばかり震える足で歩いて、パウモイさんに案内されるとおりに、近くのお洒落なカフェにやって来た。
名前は『ミルクジョッキー』と言うらしい。
───カラン、と軽やかなベルの音を響かせてカフェに入ると、茶色を基調とした穏やかな店内の奥から、一人の店員が歩いてきた。
「お二人ですか?」
「あー…えと、先に一人入ってましてね。あそこの席っす」
指を伸ばした先に、店員も振り向く。
「わかりました、どうぞごゆっくり」と告げると、軽く頭を下げて店員は店の奥へと消えていった。
「既に一人、ゲストをお呼びしてるんでね」
視線を向けた先。
私はソファの上からチラリと見える真紅の髪に、視線が釘付けになった。
「あれ…って」
もしかしなくても、その正体は私の脳裏に深く刻まれていた。
パウモイの後ろを付いていき、席の隣まで来たところで、赤髪の“女性”は私達の方を振り向かないまま口を開いた。
「パウモイ。遅い」
ビルクさんよりも無表情。
人形のように整った顔と体格、凛と背筋を伸ばした様は妙に様になっている。
ひらひらとしたフリルのスカートに、胸元に黒リボンの付いたシックなブラウス。
彼女──ムギロッテさんは、山積みにされたパンケーキをフォークで小さく切り分けていた。




