23ニィコの憂鬱
雪山を訪れて、魔雪ミミズを倒して、雪崩に遭って。
色々あって心身に疲労を抱える翌日。
昨日今日で学院は休みという事もあってずっと雑貨屋にいることが出来るというのに、私はモヤモヤと心を渦巻かせながら、言葉にできない居心地の悪さを感じていた。
雪山で出会った、ビルクさんの仲間たち。
そして、私と年が同じくらいに見えたあの女の子が、ビルクさんに放った言葉。
それがずっと私の胸に張り付いて、煩わしく心臓を鳴らしてくる。
『私、ビルクに惚れた』
確かに…そう聞こえた。
(私の聞き間違えって可能性は…それか冗談だったり、それ以前のやり取りを聞いていなかったから…)
そうであって欲しくないという気持ちが別の可能性を探そうとするけど、結論ははっきりしていた。
はあ…と吐き出すように溜息が出る。
それは所謂、『愛の告白』というやつだった。
あの人が、ビルクさんのことを。
想像して、他人のことなのに、考えるだけで顔が熱くなってくる。
よく分からない焦燥感が芽生えてきて、私は騒がしい心を落ち着かせるのに精一杯だった。
ああっもう!
……前にもスッキリ進むために、蟠りは解消したほうがいいって…ビルクさんに教えてもらったのに。
やっぱり私は背中を押されないと何も出来ないんだろうか。
それに自分の思いをぶつけるって、ビルクさんを困らせるだけじゃないか。
「うぅ…しっかりしろ…!忘れろっ、忘れろ…!」
バチンと両手で頬を叩いて、無理矢理にでも意識を振り払う。
思いの外強く叩いてしまって染みる痛みに涙が出そうになりながら、私は作業に戻ろうとする。
「えっと…あれ」
物置の隅に置かれた大きな袋が目に入った。
いつも商品の補充をする時に触る棚とは反対の場所。いつもビルクさんが作業をする、狩ってきた素材をそのまま素の状態で一時保管する置き場だ。
ゴツゴツとした茶色い麻袋。
口の紐がほどけて中から素材が出かかっているのを見て、私は近くでかがみ込んだ。
これって、もしかして。
やっぱりこれってコカトリスの素材だ…この前私が瀕死にあったときの。
「まだあったんだ……一週間前だから、納品って言ってたしてっきりもう…」
牙や爪、皮。私がビルクさんと共に解体した素材が残っている。
なんだろう…じわりと、私の身体にいやな感覚が走った。
「気のせい、だよね?」
胸の奥がざわつく。
ぼんやりと浮かんだ“違和感”に、私は口を半開きにしながら麻袋を見つめていた。
しばらくそうしてから、私はつい立ち上がった。
変な予感を抱えながら、ビルクさんのいる店頭へ向かおうと足を動かす。
その時、壁の向こうから鋭い怒声が聞こえてきた。
「貴方、分かっているの!?」
息を呑む。
安らぎの空間だったはずの雑貨屋に、冷たく刺々しい緊張が走った。
「なんですか?」
いつもと変わらない、ビルクさんの声。
私は息を潜め、見つからないように壁の陰に身を潜めた。
「マウォ様の大事な夜会だったのよ?特別な衣装を用意するために依頼したのに…届かなかったわ!一体どういうことなの…!」
苛立ちを隠さずに、女性はビルクさんへとまくし立てた。
「前に話した通り、コカトリスは希少な魔物です。一週間前ならまだしも、納品の数日前に依頼されたのでは、見つからない可能性の方が高いとお伝えしたはずです」
不意に目が見開かれた。
そして突然、眼の前の視界がバラバラに崩壊していくような錯覚に襲われる。
頭のてっぺんから足元へと、一気に全身から嫌な汗が噴き出す。
「そ、そうよ….とても急な依頼でしたから、仕方がなかったのよ」
冷静に事実を告げるビルクさんに対し、なだめる声が掛かった。
「……マウォ様がそう言うのなら仕方ありませんが。貴方、本当にちゃんと探したんでしょうね?」
ああ…従者が主人のために頼んだものだったのかな。
いや、わからない、頭が回らなくて、状況もうまく理解できない。
「ええ。予定の時間に間に合いませんでしたが、その日のうちには手に入れましたよ。なんなら現物をお見せしましょうか」
「え」と喉の奥から短い声が漏れる。
トットッ…と近づいてくる足音に、段々と心臓の鼓動が跳ね上がる。
「あっ……ビルクさん」
「ニィコ、そこの袋から羽を一枚取ってくれないか」
「はっ……はい…!」
落ち着け。
私が取り乱してどうするんだ。
震える手をどうにか抑えようとしながら、袋から羽を一枚取り出した。
「どうかしたのか?」
私の顔色を見かねたのか、ビルクさんは羽を受け取りつつ、顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
それから何かを察したのか、穏やかな表情を私に向けた。
「あの依頼の事ならお前は関係ない。そもそも希少素材をギリギリで依頼するほうが悪いんだからな」
それだけ言ってビルクさんは立ち上がり背を向けた。
……違う。
ビルクさんは私を助けたとき、確かにこう言った。
『これなら間に合ったな』と。
嘘だ。
こんなに優しいビルクさんのことを嘘つき呼ばわりなんてしたくないけど。
本当なら、間に合うはずだった。
私のために解毒薬を調合して、動けない私を背負ってゆっくりと森を歩く──。
そんな、時間さえ使わなければ。
自然と肩の力が抜け落ちて、地面に腕がへたりこんだ。
顔はピクリとも動かなかった。
──私のせいで仕事に失敗した。
ビルクさんは、自分の仕事の信用を失ってまで、私を助けてくれた。
そしてそれを、私に一切気づかせないようにして。
恩返しだなんて語っていた数日前の自分が、呆れるほどに馬鹿らしくなって。
しばらく私はその場から動けなかった。




