22馬鹿正直
「ビルクがギルドを辞めたのは、三年前じゃったか」
ザクザクと雪を踏みしめながら、ハルモングがぽつりと語りだした。
その横顔には、どこか深い哀愁が漂っていた。
「三年前?ビルクは今何歳?」
「あの時が二十じゃったから、今は二十三じゃろうな」
二十歳というと、ちょうど今のムギロッテと同じ年であり、ニィコの一つ上にあたる。
「ビルク、見た目より十歳若い」
嬉しそうに目を細めるムギロッテに、二人は思わず苦笑いを浮かべた。
「アイツは儂の息子くらいの年なのによぉ。生きた時間は半分以下じゃって、信じられんわ」
五十五歳になるハルモングにとって、ビルクはひどく若い青年だ。
そんな事を言っていると、ムギロッテは眉を浮かせながら鼻を鳴らした。
「爺の妬み話はいいから、さっさと教えて」
「うっさいのお。妬んどるわけじゃねえさ……それくらい、とんでもないヤツだったってことじゃ」
そう語るハルモングに続き、パウモイも過去を懐かしむように口を開いた。
「ビルクさんはとある事件の責任を取って……辞めたんすよ。三年前に」
「なに。事件?」
「話すと長くなるんで端折って説明するっすけど、当時俺たちは五人の精鋭チームとして活躍してたんすわ」
当時のことを思い出したのか、パウモイは小さく口の端を緩める。
そのどこか誇らしげな言い草に、ムギロッテがすかさず反応する。
「今度は自慢話?」
「生意気なこと言ってると、教えてあげ無いっすよー?」
少しばかりの抵抗をという風に、悪戯めいた笑顔を見せるパウモイ。
けれど予定調和と言うべきか、
「……ごめんなさい」
眼の前の純粋無垢な彼女を前にして、パウモイが勝る展開は有り得そうになかった。
「ま……まあ分かってくれるなら、いいっす…けど?」
素直に謝るムギロッテにパウモイは唇を尖らせる。
「この役回り、胸が痛いっす」とそっと心の中で涙した。
「……とにかく、俺たちはビルクさんと同じチームで、一応リーダーはハルモングさんだったんす」
「一応とはなんじゃい小僧が」
「それで結構な評判もあって、“重要人物の護衛任務”の依頼を受けることが出来たんすよ」
ハルモングの小言を流しつつ、パウモイが話を続ける。
その文脈からムギロッテが推測して口に出す。
「ふぅん。そこで失敗して、責任を取ったってこと。でも──」
「本来なら、リーダーの儂が責任を取る筈じゃった」
ムギロッテの言葉より先。
ハルモングが、いつもより一段階低い声でそうこぼした。
「違う!」
突然、感情の乗った強い声がパウモイの口から発せられた。
ザクッ、ザクッと規則正しく鳴っていた足音が、ピタリと止んだ。
風の音だけが響く。
重く冷たい静寂が流れる。
「あ、いや……すんません。取り乱しちゃって」
数秒後に冷静さを取り戻したか、パウモイは慌てたように表情を崩す。
「パウモイ。珍しい」
本当に珍しいと、いつも無表情なムギロッテでさえ微かに眉を持ち上げた。
ハルモングの方は、呆れたというより痛ましそうに小さく息を漏らす。
「ふん。まだそんな事を考えておったんかい」
「納得できるわけ……無いっすよ。あの事件は、俺がやらかしたせいなんすから」
パウモイの心のうちには、三年間ずっと重たいわだかまりが残っていた。
たとえ数ヶ月前にビルクと会って語り合い、また今日、雪山で楽しく話すことが出来ているとしても。
「気に病む必要は無いと言っておるじゃろうて。依頼を完全に失敗したわけじゃない。護衛対象に、多少の怪我を負わせた程度じゃったろうよ」
「そういうことじゃないんすよ。俺は……俺のせいで、ビルクさんを辞めさせちまった事が悔しいんすよ」
俯いたまま、パウモイは震える拳に強く力を込めた。
「なんでビルクに、なった?」
ムギロッテの静かな問いに、ハルモングが答える。
「ビルクのヤツは、儂らが起こした失敗に頭を抱えている最中、ギルドの上層部へ勝手に直談判しに行ったんじゃ。その時点で自分だけが『一級』だからとでも言ったんじゃろう。泥を被るようなことは年長の役目だと言っとるのによ」
「なるほど。ビルク、クソ優しい。パウモイ、クソバカ」
容赦のないムギロッテの言葉に、しかしパウモイは少しだけ、ビルクが褒められたことを嬉しそうに目を細めた。それから、困ったように俯いた。
「あの人は自分の実力に自信がある。だからこそ、“余裕のある強者”である自分の方が身を削るべきって考えるんすよ。その結果自分が苦しい目に遭おうと絶対に後悔しない……って本気で思ってんす」
「身を削る……?」
「辞めたせいで住処も稼ぎ口も失って、それでもその数カ月後にまた儂らに会ったときには、何もなかったような顔をしやがった。いやはや、腹が立つほど清々しいヤツよ」
ビルクがギルドを辞めて三年が経つが、何度会っても仲間だった頃と全く変わらない。
一緒に冒険こそしなくなったが、彼らの絆に変化はなかった。
寧ろ大きな責任を感じているパウモイたちが馬鹿らしくなるほど、ビルクは何もなかったように振る舞うのだ。
「ねえ。パウモイ、ハルモング」
また、今度はムギロッテが足を止めた。
二人も足を止めて、後ろのムギロッテの方を不思議そうに振り向いた。
「なんすか?」
「どうした、ムギロッテよ」
ムギロッテはまた珍しく表情を変えた。
ひどく嬉しそうに微笑んで、真っ直ぐに言った。
「私も、ビルクが好き」
雪原に響いた唐突な言葉に、二人は思わず唖然とし──。
やがて呆れたように、けれど共感するように。
言葉もなくただ小さく笑い合った。




