21雪崩の中で
収まった……か。
さっきまでの轟音は止み、背中に当たる衝撃も無くなった。だが重い。
体の上にズッシリと雪が圧し掛かっている。それに──。
「ふぁあ……収まっ、た?」
「!?!?!?」
耳にかかる、温かい吐息。極限状態のせいか妙に色気のある声。
雪の重みで、温かく、柔らかいものに身体が押し付けられている。
できるだけ姿勢を低くして雪を受け流そうとした結果、俺とムギロッテの身体は自然と密着していた。
揉みくちゃにされた雪の中で、どことどこが触れ合って、絡み合っているのかすらわからない。
俺の頭も雪のように真っ白になっていく。
マズイ……これは早く出なければ。
「ふっ……!!」
体勢を上げ、背中に載った雪を吹き飛ばすように、俺は一気に立ち上がった。
こんな寒い雪山の中なのに、妙に暑い気がするのは気の所為だろうか。
「おい……大丈夫か」
「あり、がとう」
雪の中に埋もれ、寒さのせいか顔を赤くしているムギロッテに手を差し出す。
何故か目も合わせられないまま、俺は掴まれた手を引き上げた。
そのすぐ直後、背後から明るい声が掛かった。
「うおっ!ちゃんと生きてるっすね!抱きかかえて守ったんすか?カッコいー!」
「…うるさい。そっちは大丈夫だったのか?」
「風魔法で流れを弱めたんでね。バッチリっすよ!」
パウモイの後ろを見ると、向こうの方も皆、無事のようだった。
「無事か、ムギロッテよ」
「……助かった。死ぬかと思った」
「ムギちゃん、ビルクさんに惚れちゃったんじゃ無いっすかー?」
「馬鹿言うな」
パウモイの軽口にため息を吐いていると、不意に俺の手が掴まれた。
振り向くと、ムギロッテが小さく微笑んでいた。
何か宝物を見せびらかそうとする子どものような視線を、俺は見下ろした。
「──ビルク。私、ビルクに惚れた」
「はっ……?」
いつも無表情な彼女が、その顔を似つかわしくないほど紅潮させて。
離さないと言わんばかりに俺の腕を握りしめて、そう言った。
一気に顔が沸騰して、そのまま爆発するんじゃないかという感覚に襲われた。
今、俺はなんて言われた?
惚れた?
俺に?
いや、何かの冗談に決まっている。
もっと堂々としろ…馬鹿みたいに動揺するな…!
いやでも俺が助けたことによって…?ムギロッテは本当に…?
色んな情報が巡る脳内。
真っ直ぐ身体を硬直させた俺は、顔も口までも動かせなくなってしまった。
「え……?今……」
その戸惑いの声は俺のものでは無く、パウモイやハルモングのものでもなく。
最近の俺にとっては、よく聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこには唖然とした表情で立ち尽くすニィコの姿があった。
「ニィコ……ああ、大丈夫だったか?」
ニィコの顔を見て僅かに冷静さを取り戻した俺は、少しでも話題を逸らそうと口を開いた。
俺の言葉に、何故かニィコは少しだけ言葉に詰まりつつ、答えた。
「あ……はい、大丈夫です!」
「よーし!うん……!!皆が無事なら良かったっすね!」
そんなパウモイの言葉に、無理矢理にでも場が塗り替えられたようだった。
…皆が無事で良かった。
だけど俺にはムギロッテのあの言葉が、頭から離れなかった。
* *
「大胆じゃったのお。ムギロッテよ」
雪崩の騒動も一段落し、ギルドへと帰る道すがら。
パウモイはなんとも言えない感情を抱えつつ、雪を踏みしめながら歩いていた。
「ん?何が?」
ハルモングの言葉に、ムギロッテはきょとんとした表情を返した。
「ビルクさんに言った言葉のことっすよ。ま、ああいうところがムギちゃんの良いところっすけど……ほら、ビルクさんはああ見えて恋愛経験ナシっすから、びっくりしたんじゃ無いっすかね?」
意外に気を配るパウモイは、さっきも取り敢えず場を収めていた。
そんな中立を取るパウモイの脳裏によぎるのは、あの茶髪の少女のことだった。
ニィコが唖然とした表情で立ち尽くしていた瞬間を見たパウモイの目には、あの二人の関係性がなんとなく見えてしまったのだ。
「本当はビルクと帰りたかった。また会いたい」
そう言って、ムギロッテは軽く顔を赤らめた。
彼女は良くも悪くも馬鹿正直だ。さっきパウモイが言葉にした通り、それが良いところでもあるのだが。
「助けられただけで惚れちゃうなんて、ムギちゃんは単純っすねえ」
「強い男に惚れる。生物の摂理」
「……ははっ、それはそうっすけど」
少しだけからかってみるも、芯の強いムギロッテにパウモイは折れる。
それに、パウモイもまた、ムギロッテの言葉に自分を重ねていた。
それは純粋な憧れだった。
魔法を使う遠距離職のパウモイには特に、大剣を振るって一撃で敵を薙ぎ払うビルクの姿は、鮮烈な輝きを放って見えていた。
「ビルクさんはカッコいいよなあ」
パウモイは昔からビルクのことを慕っていた。
お人好しなのに、寡黙で偉ぶらないところとか。パウモイの頭には、考えるほどそんな尊敬の念が浮かんでいた。
「ギルドに居たんでしょ。何級だったの?」
級──とは、冒険者の格を示す単位としての常識だ。
7級にもなれば一人前とされ、4級や3級ともなれば引っ張りだこの精鋭としてもてはやされる。
2級や1級などは言うまでもない。
その信頼される数字は名刺代わりにもなって、級を訊くというのはある種の挨拶のようなものですらあった。
「……ビルクのやつは儂より後に入ったくせに、誰よりも早く一級になりよったんじゃ」
そう言いつつ、ハルモングは自嘲気味に笑った。それはビルクが誰かに妬まれて良いような小さな男じゃないと、心の底で分かっているからかもしれない。
「一級、やっぱり」
「冗談やめてくださいよ……ハルモングさん。一級なんて言葉で括っちゃいけないのは分かってるっすよね?あの男が、“俺たちと同じ”わけ無いじゃないっすか」
ムギロッテが強さに惚れたと言いつつ、今まで同じ一級の自分たちにそんな反応を見せていなかったことからも、彼女自身がビルクに対しては格が違うと本能で感じたのだろう。
「ふん。ギルドが決めたことじゃ」
ムギロッテは三級。そしてハルモング、パウモイが一級。しかしパウモイは、そんな階級など口にしたくないくらい、彼との間には圧倒的な差があると理解していた。
「どういうこと?」
「単純な話っす。ビルクさんが一級なら、俺達が三級くらいの強さってことっすよ」
例えばニ級の魔物であるケルベロスを基準にするとわかりやすい。
パウモイたちでも余裕を持って倒すことのできる魔物だが、ビルクにとっては相手にならないとさえ言える。
「じゃあ、なんでビルクは……ギルドを辞めた?」
ムギロッテのその素朴な疑問は、パウモイとハルモングの言葉を失わせた。虚空を見つめるパウモイを見て、重い沈黙の後、ハルモングは小さく口を開いた。




