19偶然か、はたまた。
アゥルニ高原にやってきてからしばらく経った。
やってきた冒険者たちも各地へと散らばり、辺りの人影は少なくなってきている。俺たちのいるところは比較的高度が低いが、質の高い魔雪ミミズを求めて山頂付近まで向かう者も多い。
「気をつけろニィコ!後ろから来るぞ!」
「はいっ!?」
ズゴゴゴッ!地鳴りとともに雪が線状に盛り上がり、ニィコの背後から天に向かって巨大な雪柱が噴き出した。
「なんて大きさですかっ…!?」
それに天に飛び上がった一体だけでなく、さらに数体が雪の中を泳いでいる。俺もニィコも地中から響く音で位置を判断してはいるが、こうも数が多いとその精度も鈍る。
それに地面の下をこう無尽蔵に動かれたらこっちの足場も持っていかれてしまうというのが不味いな。
──俺がなるべく早く片付けなければ。
腕を大きく捲り、足元の雪へと鋭く視線を向ける。
集中しろ。雪の下の状況を捉えろ…!
「フッ!!」
「ビルクさん!?」
獲った!
一気に体ごと雪の中へ突っ込んだ腕が、その先で分厚い毛束を掴み取った。
暴れて雪の中へ引きずりこまれそうになるのを必死に耐える。
「まさか……雪ミミズを掴んで!?」
「離れてろよ!!」
そのまま一気に引き上げる。
「らぁあっ!!」
雪の地面が割れ、かなり距離を取っていたニィコの足元にまで亀裂が走る。
「うわあっ!どんな力してるんですか!?」
雪煙が舞い上がり、真っ白な巨体が天へと引きずり出された。
「雪の中を泳いでいると言ってもそこまで速くはない。これくらいわけないさ」
ただ、問題はここからだ。
空中から落下してくるミミズ。剣で真っ二つにすれば体液が飛び散ることは目に見えている。
なら、打撃だ。
俺は落ちてきたミミズの頭部を掴み取る。
そして、反対の腕に全力を込め──その胴体へ一撃を打ち込んだ。
「どうだ……?」
毛皮が爆ぜるように波打った。
雪ミミズが激しく身をよじって抗おうとするが、俺の腕から逃れることは出来ない。
しばらく藻掻いた後、雪ミミズは徐々に沈黙していった。
「倒せましたか?」
明るい表情を向けるニィコに目を向けた瞬間、俺の脳裏に嫌な予感が走った。
「“避けろ”!ニィコ!!」
クソッ!忘れていた!
「え?」
俺の叫びと同時か、少し早く。
俺が押さえつけている雪ミミズの頭部から、白い光線が飛び出した。
雪ミミズは自身が窮地に陥った際、頭部から極低温の液体を噴出する。
その速度は事前に予測していないと防ぐことすら出来ない。
間に合わない!
「わぁっ…!?あ、危ないっ?!」
しかし、次に俺の耳に入ったのは、間の抜けたニィコの声だった。
結果として……ミミズの決死の一撃はニィコには当たらなかった。
「なっ?」
呆けた声を上げたのは、俺自身の方だった。
何故当たらなかった?偶然か……?あるいは──。
「あ……危なかったです。ビルクさんが言ってくれなかったら当たってましたよ……!」
「……そうか、良かった」
間一髪で避けた体勢のまま硬直しているニィコを見て、心から安堵に浸る。
ニィコは勘違いしている。俺の警告を聞いてから避けられる速度では絶対に無かった。
だとするとニィコ自身が気づいて避けた…もしくは、俺を上回る超反応か、超瞬発力を見せたことになる。
……いや、今は悠長に考えている余裕なんてないな。
「まだ二体はいる。気をつけろよ」
今捕まえた一体は完全に息絶えた。
地中から聞こえる音からして、二体以上は残っていると推測する。
「私は離れて避けることに専念しますね!」
「待て……何か聞こえないか?」
ズズズ……と低く地鳴りのような音が耳に入る。
周囲を見渡した俺は、すぐにその正体に気づいた。
俺達から逃げるように──いや、俺達の“居る場所”から離れるように、雪ミミズたちが山を下っていく。
その反対側を見て、俺は眉を歪めた。
「クソ…雪崩だ…!かなり上のほうだが迫ってきている」
「わぁっ!ここ、大丈夫ですかね!?」
俺に続いてニィコも、慌てた声を上げる。
「俺たちがいるのは山の斜面の途中、外側へ平べったく張り出した台地みたいな地形だ。あの規模の雪崩ならば、ここから落とされることは無いだろう。万が一流れてきたとしても掴まれる場所もあるしな」
ちょうど良く周囲には掴まれそうな岩石が多い。
だが──。
「マズイな。アイツら直撃するぞ」
俺達の視線の先。雪崩から数十メートル手前から、滑り降りるように集団が降りてくる。
その中には見知った顔もあった。
「あれっ、さっきの三人もいませんか…!?」
「……ニィコはそこで待ってろ」
「えっ?ビルクさん…?」
俺は直ぐに雪崩から逃げる人影の元へ走った。
巻き込まれた顔も知らない奴らを助けている余裕は無いが、さっき会った三人を見捨てるのは後味が悪い。あの“二人”に限っては雪崩なんてものともしない筈だが──。
「ハルモング!パウモイ!」
走りながら声を張り上げると、向こうも俺の存在に気づいて声を上げた。
「おっ!?奇遇っすね、ビルクさん!ヤバいっすよコレ!」
どうやらパウモイたちは風の魔法を雪車のように足元に敷いて、集団を率いて台地の方へ滑り降りている。ハルモングもまたその小柄に似合わぬ怪力で数人を抱えながら駆けている。
やはりあの二人が居れば──と思ったところで。
「ビルク!儂らはギルドの奴らを助けにゃいかん。あそこではぐれているムギロッテを頼んだぞ!」
「なにっ?」
ハルモングが指さした先へ顔を向ける。
遠くだが、確かにさっきの赤髪の女、ムギロッテが滑り降りていた。
何故一人ではぐれているかは置いておいて、
「無茶言いやがる……!」
最速で向かってギリギリ間に合うかどうか…というところか。
そもそも問題は、間に合ったところでどうするかだな。
「おいお前!できるだけコッチに寄ってこい!!」
俺の声にムギロッテが振り向く。
向こうも逃げるので精一杯だろうが、少しでも時間が欲しい。
冷静に頭を回せ。
この規模の雪崩なら何かに捕まれば流されることはない。
ただ、ちゃんと受け流せないと確実に生き埋めになる。
「何か、策がある……?」
轟音の中で小さな声を上げ、ムギロッテは斜めにぐるっと旋回するように俺の方へと軌道を変えた。
「やるじゃねえか。掴め!」
伸ばした手が、指先が触れる。
間一髪で、俺達はお互いの手を掴んだ。
俺はムギロッテを自分の方に引き寄せながら、背後の雪崩を一瞥する。
──まだ数秒ある。
「何を……するの?」
「俺に任せろ」
急に足を止めた俺に、ムギロッテは困惑の表情を浮かべた。
背後から高速で迫りくる白い荒波。
俺は背に携えた大剣を抜き放ち──。
「ハァッ!!」
ガギン!!
硬い音を鳴らし、大剣を地面の奥深くへと突き立てた。
滑り降りながら調べたが、この下は岩肌になっていてかなり硬い。
軽く揺らしても、ビクともしないほどしっかりと刺さっている。
「もしかして、それで耐えるつもり……!?」
ムギロッテは不安そうに眉をひそめながらも、大人しく俺の動きに従った。
もう時間はない。ムギロッテの体を胸の中へ抱きかかえて、極限まで姿勢を低くする
「俺が背中で雪を受け流す。しっかり掴まってろよ!」
「ひゃっ!?」
直後──背後から強烈な衝撃が加わった。
雪崩が、直撃した。
白い世界が視界を塗りつぶし、重い衝撃が何度も背中を叩きつける。
ムギロッテを身体で覆い隠し、剣に掴まる俺は、なるべく体を斜めに構えて波を受け流す姿勢を取る。
耐えろ……。
剣だけに頼るのではなく、雪の奥にある岩肌をがっしりと掴め。
俺たちは雪の中で、雪崩が収まるのをただ待ち続けた。




