18初雪
ザクザクと雪を踏み鳴らしながら隣を歩くニィコが、白い息を吐きながら周囲に視線を向けた。
「ふぁあ……まだ秋なのに、凄い雪ですね」
俺達は今日、とある獲物を狩るために雪の降る高原にやって来た。
季節は秋。
まだまだ温かい空気が流れる王都だが、そこから少し離れたアゥルニ高原には一足早く雪が降る。
見渡す限り白一色の世界が広がる極高地。
周囲には、俺たちと同じように雪の上を進む様々な集団の姿があった。
「それにしても、こんなに人が来るんですね」
この異様な寒さに、ニィコも鼻の頭を赤くさせている。
ぶ厚い毛皮の防寒具を着込んでいても、その寒さが身に染みるほどだ。
「色んな連中が来るだろうな。なんてったって、一年に一度の機会だ」
「私は知りませんでしたよ。そんなに有名な話だったんですね?」
ニィコが不思議そうに首を傾げる。
雪ミミズとは──その名の通り雪を食べる巨大なミミズ。
本来はわざわざ狩られることのない魔物だが、今の時期だけは話が別だ。
「知る人ぞ知る情報さ。大気中に漂う魔力を巻き込んで降ってくる初雪……『魔雪』を食い尽くした雪ミミズは、『魔雪ミミズ』と呼ばれて本来の雪ミミズとは価値がまるで変わる。強さもな」
魔雪を吸収した雪ミミズは、その舌を巻く美味だけでなく、魔力増強にも効果があると言われている。俺やニィコにとっては特に、そいつの『毛皮』という素材なんかは魅力的だ。
毎年初雪が降る時期になると、こうやってウワサを聞きつけた腕っぷし自慢が集まってくる。
「その分、形振り構わないようなヤツにも注意しなきゃいけないがな」
「言うなれば、お宝で溢れているということですもんね」
チラリと目を向けた先には、何人もの屈強な戦士が雪の中を前進している。
ギルドの戦士、騎士、はたまた──。
「そうだな。ギルドの連中にはある程度の良識があるだろうが、賊がいたっておかしくない。俺たちは少人数で狙われやすいから、気をつけたほうがいい」
雪ミミズの素材を持ち帰る道中での奇襲。それは容易に想像できる。
俺がそう警告した、次の瞬間だった。
「うわぁっ!?」
遠くから絶叫が上がった。
雪の地面が盛り上がり、雪の下から爆発でも起こったかのように白い飛沫が溢れ出した。
「こっ…これって?!」
「来るぞ」
その直後、人間の身体と同じほどの太さを持つ、ふさふさとした真っ白な毛皮を纏った巨大なミミズが、雪を撒き散らしながら空中に飛び出した。
「あれがっ、魔雪ミミズですか!」
「ミミズってより、“サンドワーム”みたいなデカさだな。魔雪を食って急成長をしてるんだ」
周囲の誰もが硬直し、大きな影を落とすミミズに釘付けになった。
しかしそれは数秒にも満たなかった。
「うおおおおおおおっ!!!!」
号令がかかったかのように狩人たちが一斉に動いた。
彼らの目には、空に舞い上がったその生物が財宝の山に見えているのだろう。
「ビルクさんっ、行かないんですか?」
「慌てるな。慌てずとも嫌になるほどいる。それに……気を引き締めたほうがいいぞ。アレをお宝だと舐めてかかると痛い目に遭う」
そんな俺の言葉を肯定するかように、隣から聞き覚えのない声が聞こえた。
「ふん、威勢だけのザコばっかり」
視界の端に、真紅の髪がなびいた。
俺はそう呟く女の方にちらっと視線を向けた。
「うわああっ!?二体目だっ!!」
そうしているうちにも、二匹、三匹と刺激された魔雪ミミズたちが這い出てくる。
「うまい噂だと聞きつけた連中は、ああなるってことさ」
不用意に突っ込んだ冒険者が吹き飛ばされ、あちこちで絶叫が上がる。
魔雪ミミズは決してお宝なんかではなく、れっきとした魔物であるという事を忘れてはいけない。
「魔雪ミミズ、推定“四級”。舐めてかかっていい相手じゃない」
この赤髪女……ギルドの冒険者か?
俺が顔を知らないということは、ここ数年で入った新人だろうか。
ただこの凛とした佇まいと、落ち着いた雰囲気、新人と言うには風格があるな。
推測していると、女の後ろから慌ただしい足音が近づいてきた。
「ちょっとちょっと!ムギちゃん、早いって!」
情けない声を上げて走ってきた、黒髪細身の男。
その雰囲気と声色に、俺の頭にとある人物が過った。
「パウモイ、めちゃくちゃ無様」
「それは酷いなぁ……って」
目が合った。
俺と黒髪は、お互いを認識して大きく目を見開き、唖然と立ち尽くした。
「お前は……」
「あれっ?もし……かしてっ、ビルクさんっすか!?」
口に手を当てて驚愕するこの男を、俺はよく知っていた。
「パウモイか。久しぶりだな」
懐かしい顔だ。つい数ヶ月前に会っていたが、三年前にギルドを辞めてからめっきり会わなくなったこともあって、いつも新鮮に感じる。
つい浸っているとその後ろから、もう一人の野太い声が上がった。
「儂もおるぞ、ビルクよ」
「…ハルモング。あんたも来てたのか」
続いてやってきたのは、金色の大きなヒゲを蓄えた背の低い男。
一番先頭を歩いていた“ムギちゃん”とパウモイに呼ばれる女を含めて、その後ろに何人かの集団が歩いてくる。おそらく、パウモイやハルモングが率いるギルドの一団なのだろう。
「ははっ!ビルクさんもミミズ狩りっすか?そんな女の子連れちゃって、彼女出来たんすね!」
「かっ……!?」
パウモイの軽口に、ニィコが顔を真っ赤にして固まった。
コイツ…いきなり変なこと言いやがって。
「お前も連れているだろ。彼女か?」
「いやぁ、どっちだと思います?」
言い返してみると、パウモイがニヤリとしたり顔を見せた。
こんな奴にまさか本当に彼女が?と一瞬だけ信じかけたところで、
「名ばかりの先輩、情けない男。その気持ちの悪い口を閉じろ」
“ムギちゃん”と呼ばれる赤髪女の鉄拳が、容赦なくパウモイの背中にめり込んだ。
「ぐふぇうっ!?」
見事に吹き飛んだパウモイは、顔から雪の中へと突っ込んでいった。
真っ白な雪の上に刺さった男を見て、背後から軽く笑い声が起こる。
……そうだった。パウモイはこういうヤツだった。
「うっほほ!ムギちゃん厳しいっ……!!」
ずぼっと抜き出した顔を雪だらけにしながら、パウモイはどこか満更でもない表情で笑っていた。
「貴様ら、ずっとここで談笑するつもりか?行くぞ、ムギロッテ」
そう言って、ハルモングは呆れたように溜息を吐き先へ歩き出す。
「パウモイはそこでくたばってろ」
それに続いて辛辣な捨て台詞をひとつ、ムギロッテも歩き出した。
「あははっ、みんな冷たいっすねえ!じゃあ僕も行くんで、二人ともまた!」
倒れて雪に埋まっていたパウモイは勢いよく起き上がると、ひらひらと手を振りながら仲間たちの後を追って走り去っていった。




