12傷だらけの帰り道
私が意識を取り戻したのは、ちょうど洞窟の入口まで帰ってきた頃だった。
うっすらと瞼の隙間から光が差し込む。
私は状況を理解して、私を担ぐビルクさんの服を…ぎゅっと握った。
「すみませんっ…!ビルクさん、私また──」
迷惑を掛けたくないと誓ったのに、結局。
ビルクさんは私のことを背負って、ずっとあの真っ暗な大空洞から登って来てくれたのだろう。
しかも、私が暑さでおかしくならないようにちゃんと冷たい布を首に巻いてくれている。
と、というか───。
「あ…あの、私もう自分で歩けますからっ!」
汗がびっしりと溜まって、私の身体がゼロ距離でビルクさんの背中とくっついていた。
たちまち恥ずかしくなった私はついそう口にして、身体を離そうとする。
「そうか」
ビルクさんが背中に回した手を下げて、私は地面にとんと着地した。
分厚いチュニックが身体のラインに沿って引っ付いていて、慌ててバサバサと振り払う。
ベルトを緩めて、布を服の中に入れて汗を拭き取った。
「…ありがとうございました、ビルクさん。やっぱり、付いていかない方が良かった…ですかね」
「なんでだ?」
「えっ、なんでって」
助けられてしまった私は、当然のように足手まといになった。
だからビルクさんの言葉に、口を開けたまま答えが出なかった。
「また、ビルクさんの手を煩わせてしまったと思って」
私の言葉に、ビルクさんは前を向いたまま、顔をピクリとも動かさなかった。
「俺の手を煩わせたら悪いのか?二人で狩りに行くって、そういうことだろ?お互いに助け合うのが普通だ」
助け合う…?助け合うってなんだろう。
私は、その意味が良くわからなかった。だって、
「私は、ビルクさんの助けになんて」
「お前があのヘビを食い止めなかったら、俺が襲われていたところだった。だろ?」
目を向けるビルクさんに、唖然とする。
──そんなことない、はずだ。
私が単眼コブラの背後へ回り短剣を刺したのは、一分にも満たない短いやり取りで。そんな短い間にビルクさんはケルベロスを倒し、私が苦戦していた単眼コブラまで一瞬で葬り去ったのだから。
「ビルクさんは一人でも、軽く二対一をこなせたんじゃないですか?」
「どうだろうな。こなせたかもしれないし、こなせなかったかもしれない。でも結果的には、お前がコブラを足止めしたお陰で、俺が楽に倒すことが出来た」
そんなのきっとこじつけだ。
でも、軽く口元を緩めたビルクさんに、胸が熱くなった。
「……少し待て」
洞窟の外の光が私達を照らし始めたところで。
ビルクさんが私の目線に会うように、しゃがみ込んだ。
「え?」
「じっとしてろ」
そう言って、ビルクさんは鞄から布と小瓶を取り出した。
ビルクさんが手を伸ばした先を見ると、コブラにしがみついていた時に打ち付けた腕と、膝に傷があったらしい。じわじわと痛みはあったが、心配させまいと、無視していた。
「っ……」
ビルクさんは無言のまま、小瓶の中身を布に含ませて傷口に当てた。
少しだけ沁みた。
ビルクさんは視線を傷口に落としたまま、ただ丁寧に手を動かしていた。
「わ、私でもできますから…」
急いでいる様子もなく、かといって優しくしているという素振りもなく、ただ当然のことをしているように。そんな様子に、手入れをされる人形にでもなったような気分になって、なんだかくすぐったかった。
「行くぞ」
「…はい」
私は立ち上がりながら、そっと自分の腕に巻かれた白い包帯に触れた。
*
洞窟を出てしばらくすると、チェフトさんの馬車がやってきた。
ちょうど約束の時間になったのだ。
「チェフトさん」
「ん?」
「お借りした魔道具、お返しします」
御者台に座るチェフトさんに近づいて、魔道具を手渡した。
チェフトさんが振り向いた。
腕の布に目を向けて、眉をひそめた。
「怪我したのか」
「少しだけ、無茶しちゃって。えへへ…でも、これのお陰で助かりました…!ありがとうございます」
私は腰を折って、精一杯頭を下げる。
「あんまり、無理するなよ」
そのときのチェフトさんの心配そうな目に、切なくなった。
私はそそくさと荷台へと掛け入る。
奥に座り込んで、足を伸ばしながら目を伏せるビルクさんが待っていた。
私は恐る恐るその隣に寄って、身体に触れない距離で腰を下ろした。
「ふたりとも乗ったか?」
「はい…!」
「じゃ、出発するぞ」
チェフトさんの掛け声といっしょに、馬車が揺れた。
がたがたと音を鳴らしながら、山道を降りていく。
会話も何もなく、幌の影の下、私は目を開いたままじんと痛む腕を触っていた。
隣では、ビルクさんが目を伏せている。
帰り道は、来た時より静かな気がして、やけに気分がはっきりしているのは何故だろう。
包帯の先を摘みながら、私はそっと息を吐いた。
大空洞から、帰ってこられた。




