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11死闘

「あ…は、ひぃ…」


ガクガクガク、と足の震えが止まらない。

暗闇の中をずっと降りる感覚は、文字通りの絶望だった。

私は座り込んだまま、一歩も動けずに居た。


「なんだ。ちゃんと恐怖してるじゃねえか」

「魔物と…落下はまるっきり違いますよっ…!」

「まあ、あれは怖いか」


と、殆ど他人事のような顔をするビルクさんを改めて別次元の存在と再認識する。

もう、絶対に二度と来たくない…っ!


地獄の入口を抜けた先、大空洞。

王都全域に広がっている巨大な洞窟の一部に私たちは降り立った。

暗闇の中、ランタンの光が辺りを照らし出す。


「あっ……ビルクさんの言う通り、こっちの方が涼しいです!」

「火山付近からだいぶ離れてるからな。大空洞の中で空気が循環し、冷たい空気が溜まっている」


大空洞はただの空洞ではなく、いくつもの亀裂や入口がある。

比較的安全に入れる数カ所が入口として有名なだけで、その全貌は未知そのものだ。

さっきまで居た火山周辺とは、全く違う場所と言えるだろう。


「そういえば、ケルベロスはさっきまで居た火山周辺に生息しているんじゃないんですか?」


私が調べた情報にもそう書かれていた。『耐火のローブ』の素材にもなる通り、ケルベロスは火と関係が深い魔物のはずだ。


「ケルベロスは火に耐性があるだけで、涼しい場所が苦手なわけじゃない。上にいることが多いが、上で戦うのは暑くて堪らないからな。ここで出会えるのを待ったほうがいいだろう」

「なるほど……やっぱり、冒険者には経験からくる知識がたくさんあるんですね」

「昔から魔物を観察してきたんだろ?お前のその経験も、そこらの冒険者に勝っているかもしれないな」


そうだったらいいな。

それが、私が唯一他人に勝てそうな部分なのだから。


「待て」


えっ!?

出かかった声を咄嗟に噤む。

ビルクさんが制止するように手を上げたのを見て、私もピタリと足を止めた。


「これは……」


明かりで照らした先にあったのは、何か巨大な生物……だったもの。

人間を丸呑みに出来るほどの大きさの獣が横たわり、辺りに夥しい血液を撒き散らしていた。


「ヴォイドモウル。大空洞に生息する特大のモグラだ。ケルベロスには劣るとはいえ“五級”の魔物がやられるとなると。いや……」


そこで悩むように言葉を止めたビルクさんの意図に、私も気がついた。

ヴォイドモウルを倒したのがケルベロスだとして、捕食せずにそのまま放置しているのには違和感がある。


「捕食目的ではなくヴォイドモウルを倒す魔物ということですか……?」

「流石は学院生だな。だが、そんなヤツに心当たりは無い……あるいは」


ビルクさんの想像が的中したかのように。


「下がれニィコ」


ビルクさんの言葉から数秒後──。

暗闇の中から、音もなく何かが襲いかかってきた。

黒い、凶暴な獣。


「ケルベロス!?」


見間違えるはずもない。

首の先に付いた三つの犬の頭と、鉄さえ切り裂けそうな鋭利な爪。この世のものとは思えない怪物が、ビルクさんへと牙を剥いた。


「ヴォイドモウルを捕食せずに待ち伏せ……アレを餌にしたのか」


ケルベロスの一撃を大剣で抑え込みながら、ビルクさんが状況を分析する。


「そんな知性が……?」


今まで出会った中で、そこまで狡猾な魔物はいなかった。やはり上位の魔物というところか…。


「隠れてろ。すぐに終わらせる……!」

「お願いしますっ……!」


私はすぐに後退し、安全な岩陰へと身を隠した。

しかし、こんなときに限って想定外の事態は起こるのだ。


「うそっ……?」

「シャァァァァ……!」


背後から生物の威嚇音が響いた。

振り向くと、そこには鋭い一つ目を光らせる大蛇がこちらを窺っていた。

そんな……!?ここはさっき通った道だったのに、どこから!?


「こいつは、“単眼コブラ”……!!」


私は瞬時に魔物の正体を察知し、同時に、覚悟を決めた。

息を吐きながら、冷静さを保つ。


(ビルクさんには頼らない……!大丈夫だ、私ならできる!)


散々助けてもらったのだ。

それに単眼コブラの生態なら、私もよく知っている!


「来た……!」


コブラは身体を左右にうねらせながら私に近づいてくる。

私は松明を床に放り投げて、真っ直ぐ魔道具を構えた。


「喰らえ!」


シュゥゥウウウ!!と、真っ黒な濃霧が噴出された。


「ギシャァァァ…!?」


コブラは大きく口を開けて、一瞬怯んだ。

でも、これで行動不能に出来るほど甘くないことは分かってる。

そもそも大空洞という暗闇に生きる生物だ。これしきで視界を失うわけが無い。

──ただ、こっちが動き出すこの隙を作ることが出来たのが大事なんだ!

私は地面を蹴って、コブラの方へと駆け出した。


「やっぱり…見えてるよね…!」


向かってくる私へ、単眼コブラはその一つ目を紫色に輝かせた。

知っている……!

単眼コブラの狩り方はコカトリスに近い。自分よりもひ弱な獲物を見つけ、大きな単眼から特殊な光を放射して意識を混乱させる。だから逆に、ケルベロスなどと違って単純な腕力はそこまで強くない!


「無理やり耐えれば、関係ないっ!!」


私は真正面から光を浴びつつ、コブラが動きを止めて隙を見せた瞬間にその背後へと回り込んだ。

……頭が、意識が朦朧とする!コカトリスに比べて、即効性が高い…!

駄目だ!耐えろ、私っ!!


「うっ……!!」


単眼コブラの背にしがみつき、唇を噛み切ってその痛みで意識を保つ。

そして腰に携えたナイフを抜き放ち、コブラの口を押さえつけるように両手で深々と突き立てた。


「ギシャァァァァッ!!?」


ブシュッ!と音を立てて、コブラの頭から血が吹き出る。

コブラは反射的に、身体を大きくうねらせた。


「ふぐっ……痛いっ…!?」


コブラにしがみつきながら、四方八方に身体を打ち付けられる。

それに振り落とされないよう、無我夢中で両手に力を込める。


目を閉じて、祈るように耐えていると。

突然、浮遊感とともに、身体が何かに包まれるように落っこちた。


「ニィコ……」


低く、安堵するような声。

私はひどく朧気な意識の中で、瞼を開けて周囲を確認した。


「え……ビルク、さん?ケルベロスは……それに……」

「悪い。遅くなった」


私の視界に映ったのは、真っ二つに両断された単眼コブラの骸。

ほんの数十秒。私が必死にコブラにしがみついていた間に、ビルクさんはあのケルベロスを倒して、単眼コブラまでも葬り去ったんだ。


やっぱり、ビルクさんは凄すぎるよ。


ああ……時間稼ぎのつもりは無かったんだけど。

また、助けられてしまった。

深い安堵とともに、私は今まで必死に繋ぎ止めていた意識を、静かに手放した。

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