30 式典
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婚礼前日、王宮では王族と貴族が一堂に集う式典が開かれた。
広間は煌びやかな装いの人々で埋め尽くされ、シャンデリアの光が宝石を反射してきらめいている。アメリアとユリシスは粛々と列席し、何事もないかのように前を向いていた。
式典の前半は、王家への献上品の目録読み上げや、各貴族家への叙勲が続いた。アメリアはその間、ひとつひとつを静かに聞きながら、広間に集まった顔ぶれを観察する。
そして式典の中ほどで、文官が声を上げた。
「グランディール侯爵家、当主交代の発表がございます」
文官の言葉に広間がざわりと揺れる。
壇上に上がったのは、エドマンドだった。背筋を伸ばし、臆することなく前を向いている。その立ち姿に、かつての泣き虫だった弟の面影は微塵もない。
「グランディール侯爵家、新当主エドマンド・グランディールでございます」
エドマンドの声が広間に響いた。堂々としたその立ち姿に、アメリアは静かに目を細める。
(本当に、立派になったわ)
じんわりと温かな気持ちが込み上げてくる。アメリアの背中を追いかけていた幼い男の子が、当主として壇上に立っている。侯爵家が傾いた時も、踏ん張り続けてくれた立派な弟だ。
「哀れなものねえ。娘を売って、ようやく体裁を保っている没落寸前の侯爵家のくせに」
アメリアが温かな気持ちに包まれていると、すぐそこから不躾な声が聞こえてきた。
声の主は王妃イザベラだった。玉座に着席し、隣のクラリッサに向けて扇で口元を隠しながら囁いているようだ。聞こえるような声量なのは、いつもどおりわざとだろう。
(王妃殿下は、気づいていないのですものね)
アメリアは表情を変えない。
王妃はまだ知らないのだ。最近王都で名を馳せているアルジェント商会と、グランディール侯爵家、それからリュストア公爵家が繋がっていることを。
北方の眠り布団もルミナイトも、全てひとつの流れの中にあることを。知らないまま、ああして嘲っている。
王妃に微笑み返して見せると、目だけで不満そうにしているのがわかった。
いくつかの発表があった後、式典の最後は国境沿いでの盗賊問題についての報告が行われるようだ。
「リュストア公爵ユリシス。此度の国境防衛の功績、誠に見事であった。褒章を授ける」
国王陛下の声が広間に響く。
「……ありがとうございます、国王陛下」
ユリシスが静かに前へ出て、一礼する。その姿に、広間がざわりとした。
呪われた王子と囁かれていた男が、今や国境を守った英雄として褒章を受けている。賞賛と畏怖の声が漏れ聞こえている。
アメリアは表情を変えずに王妃イザベラの方を見た。彼女の顔が、静かに強張っていた。悔しそうなのは、彼の地盤が思ったよりも強かったからだろうか。それでも偽りの報告が届いているからか、彼女の顔にそこまでの翳りは見られない。
「リュストア公爵夫人」
褒章の授与が終わり、ユリシスが静かに列へ戻る。
不意に、国王の声がアメリアに向いた。
「公爵夫人も、此度の件では骨を折ったことであろう。留守を守り、領地を整えたと聞いておる」
「もったいないお言葉でございます、陛下」
顔を上げたアメリアは、おっとりとした笑みをつくった。国王の目が、どこか面白そうにアメリアを見ている。
「折り入って、陛下に拝謁を賜りたく存じます。実は——申し上げたいことがございます」
静寂が落ちる。国王はしばらくアメリアを見ていた。その目は相変わらず老獪で、何を考えているのかは分からない。ただ、口元にゆるやかな笑みが浮かぶ。
(離縁の申し出とでも、思っているのかしらね)
隣では王妃が満足げに目を細めていた。フレデリックも口元に冷たい笑みを浮かべている。哀れな女が、ついに音を上げた——そう思っているのかもしれない。
今日この場に来てから、アメリアとユリシスは一度も視線を交わしていない。褒章の場面でも、笑顔にならないよう必死だった。
「よかろう。貴殿の話はいつでも聞こう。今この場でも構わぬぞ」
国王が鷹揚に答える。アメリアはゆっくりと周囲を見渡した。広間には貴族たちがまだ大勢いる。これほどの人目のある場で切り出すのは、さすがに憚られた。
「あの……場所を改めた方がよろしいかと……」
「なあに、リュストア公爵夫人。なにか言いにくいことでもあるのかしら?」
そこに、涼やかな声が割り込んでくる。その口の端は吊り上がっている。
「遠慮することはないわ。ここにいる皆、あなたの味方よ。さあ、言ってごらんなさい?」
王妃の顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。離縁の申し出とでも思っているのだろう——その言葉を皆の前で言わせ、自分は哀れみを向ける側に立つ。扇の向こうからでも、計算が透けて見えた。
「そうだ、アメリア。遠慮することはないぞ!」
フレデリックまで加勢してくる。クラリッサも得意げに口元を緩めていた。揃いも揃って、アメリアが恥をかく瞬間を待ち構えている。
(皆様ったら。ご本人がそう仰るのならば、仕方ないわね)
こんな人前で糾弾されてしまっては可哀想だと思ってそう言ったのに、今はもうアメリアがここで発言しなければならない空気になっている。
アメリアは眉を下げて、国王に向き直った。
「では……陛下のお許しがあれば、このままお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「構わぬぞ、リュストア公爵夫人」
国王が頷いた。その目は穏やかだったが、奥底に静かな光が宿っているように見えた。老獪な王のこと、すでに何かを察しているのかもしれない。相変わらず、読めない人だ。
アメリアはゆっくりと一歩前へ出た。




