29 久しぶりの王都
ユリシスの帰還から間もなくして、ふたりは王都ロセリアに来ていた。
アルジェント商会の最上階から眺める王都の街並みには、窓の外に色とりどりの旗が飾られ、商人たちが祝宴用の品を運んでいた。王太子の婚礼を控えた王都は、春の訪れもあってか活気に満ちている。
(久しぶりに見る景色ね)
リュストアへ赴いてから、早くも一年が経とうとしている。
アメリアが窓の外を眺めていると、背後で扉が開く。
「姉さん、お待たせしました!」
振り返ると、エドマンドが立っていた。銀髪に琥珀の瞳。姉によく似た涼やかな顔立ちだが、一年会わなかった間にぐっと大人びた。
「エドマンド。あら、なんだか背が伸びたわね」
「そりゃあね。僕も成長するから」
アメリアが知っている頃より、目線も高くなっている。横髪が耳後ろに流すようにセットされていて、幼さが消えている。姉としては随分と感慨深いものだ。
「姉さんこそ、前よりずっと綺麗になったんじゃない? うちで取り扱っているどの宝石も、姉さんの前では見劣りしてしまうね」
「ふふ、すっかり一人前の商人ね。せっかくだから、何か見繕ってもらおうかしら」
「喜んで。最上級のものを用意しますよ」
姉弟で軽口を言い合って、二人で笑い合った。あえて侯爵家の家族とはこの一年会わなかった。寂しいこともあったけれど、それでも守りたいものがあったから。
「……お父様とお母様は元気にしていらっしゃる?」
「うん。父さんったらさ、交代するって決めたら逆に吹っ切れたみたいで、楽しそうに過ごしてるよ。本当は、絵を描くのが好きなんだってさ」
「そうなの。リュストア湖の風景もおすすめだから、今度来ていただこうかしら」
「いいね。僕もごたごたが落ち着いたら行きたいな」
エドマンドの言葉に、アメリアは優しく目を細める。
そこへ、扉が開いた。
「いや〜〜お待たせしましたっす!」
相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべたカイルが、外套を脱ぎながら入ってきた。その後ろから、ユリシスが静かに続く。
「遅くなった」
「いいえ、わたくしたちも今来たところですわ」
別々のタイミングで集まることは、事前に決めていた。四人が揃ったところで、エドマンドがテーブルの上に書類の束を広げ始める。
「ではまずは僕の方から報告を。こちらでの証拠は全て揃いました」
テーブルの上に、次々と書類が並べられていく。カイルが王妃とラドウィック伯爵の密会で入手した裏帳簿の写し。エドマンドがアルジェント商会を通じて追跡した裏金の流れ、王妃名義の架空発注の証明、不正取引の記録。
さらに、商人や文官からの証言書。そして王妃が裏金で購入したルミナイトの領収書まで揃っていた。
「文官からの証言が一番苦労しましたよ。最初は皆口を割らなくて」
「それはそうね。どうやって聞き出したの?」
「帳簿の数字が合わないことを突きつけたら、ひとりがぽろりと喋って。あとは芋づる式っす」
「カイルさんが粘り強く動いてくれたのが大きかったです」
エドマンドが珍しく素直に言う。カイルがぽりぽりと頭を掻いた。
「さすがですわね、ふたりとも」
アメリアは一枚一枚を丁寧に確認しながら、静かに言葉を紡ぐ。書類を手に取るたびに、エドマンドとカイルがどれほど動いてくれたかが伝わってきた。王都で、見えないところで、ずっと動き続けてくれていたのだ。
「ではわたくしも。こちらはリュストア城で働いていた侍女とラドウィック伯爵の手紙のやりとりですわ」
アメリアは押収していた手紙を並べた。彼女が出したつもりになっていたものと、それから彼女の部屋に隠されていた受け取った手紙だ。
こうしたものは証拠を残さないように燃やしてしまうのが定石だというのに、どういうことだか丁寧に隠してあった。保身のためなのか、あるいは──……
(そこまでわたくしが踏み込むことではありませんわね)
今はリュストア城の地下牢に囚われているその女が、何を望んでいるのかはわからない。ただ、残してある手紙には『成功したら、君を王都に迎えよう』という伯爵からの甘言が書いてあった。
「これだけ揃えば、話題には事欠かなそうですわね」
やがて全てを確認し終えて、アメリアはゆっくりと顔を上げた。おっとりとした声だが、その目は静かに燃えている。
「……頼もしいっす」
カイルがぽつりと呟く。エドマンドは無言で頷いた。
ユリシスはずっと黙って書類を眺めていたが、やがて静かに口を開く。
「……母の分からも、予算が何年にもわたって不当に削られていたのだな」
亡くなったユリシスの母君──第二妃にかかる予算も、これまでの慣例からすると随分と少ない。彼女は気づいていただろうか。もう確かめようもない。
「その分も、まとめて返していただきましょう」
「ああ」
アメリアが穏やかに微笑むと、ユリシスは短く頷く。迷いのない答えだった。
窓の外では、王都の街が婚礼の準備に沸いている。この華やかな祝宴の裏で何が動いているのか、誰もまだ知らない。
(さあ、始めましょうか)
明日は夫妻揃って式典への出席予定がある。先の盗賊討伐の件で、なにやら褒章が出るのだとか。きっと、王太子の婚礼を盛り上げるための前座なのだろう。
いよいよ、彼女と対峙する。アメリアは書類を丁寧に揃え直したのだった。




