27 大掃除
「ロザリー、このドレスは厳重に保管しておきましょう。それから、月綿の生産の状況を確認したいから、夕方は作業場まで行かないとね」
「はい、承知いたしました」
アメリアはドレスに視線を落としながら、静かに続けた。
ユリシスが手配してくれた美しいドレス。こうして見ているだけで幸せな気持ちになれる。
「彼女もまた動くでしょうし、この城も掃除をしなければならないわね。準備をしましょうか」
(これ以上、この城に不穏な影を残すわけにはいかないわ)
目配せをすると、ロザリーがしっかりと頷いてくれる。全部わかってくれている。
「すぐに手配いたします。赤地の布も探してまいりますね」
「ええ、お願いね」
全てを察してくれる侍女だ。アメリアは口元をやわらかく緩める。
ロザリーが下がると、アメリアはもう一度だけドレスに触れた。
(わたくしの大切なものを、守らなければなりませんわ)
このリュストアは、もうアメリアにとって大切な場所だ。
その思いを胸に、アメリアはドレスを自室のクローゼットの奥へとしまいこんだ。
***
ドレスが届いてから数日が経った頃。
夜半過ぎ、ロザリーが静かにアメリアの部屋を叩く。
「アメリア様、例の人が衣装室に向かいました」
「……そう」
アメリアは読んでいた本を閉じる。そこに驚きはない。そろそろ来る頃だと思っていた。侍女のひとりがここ数日ひそかに動き回っているのをロザリーを通じて掴んでいた。
(では、参りましょうか)
ローブを羽織り、ランタンを手に取る。廊下に出ると、ロザリーの傍らには騎士がふたり、無言で立っている。
足音をひそめて衣装室へ向かうと、扉の隙間からかすかな物音が聞こえた。
静かに扉を押し開けると、ランタンの灯りが薄暗い室内に差し込む。人影が――布を手に、夢中で小刀を動かしていた。ざっ、と鋭い音が走り、続いて赤い布の切れ端がはらりと宙に舞う。
女は切り刻むのに夢中でまだこちらに気づいていない。
アメリアは部屋に踏み込みながら、おっとりと声をかけた。
「まあ、随分派手にやりましたのね」
女がはっと顔を上げ、振り返る。小刀を握ったまま、その手が宙で止まった。
ランタンの光が室内に広がり、入り口に立つアメリアとその後ろに控える騎士たちの輪郭を照らし出した。
「な……!」
女の顔から、すっと血の気が引いていくのが見えた。視線が泳ぎ、逃げ場を探すように室内をぐるりと動いたが、どこにも出口はない。騎士がふたり進み出て、女の両腕を取った。
「……っ、いつから」
「最初からですわ」
アメリアは穏やかに微笑んで、頬に手を当てる。
「一度同じことがあったのだもの。二度目を許すはずがないでしょう?」
ドレスを狙われたのはこれが初めてではない。王城にあるものを事前に守ることはできなかったが、今度は勝手が違う。女は騎士たちに拘束を強められながらも、目を吊り上げる。
「手紙を出してる! お前の企みは筒抜けだ! 全部王妃様に伝えてある! ドレスもボロボロだ!」
「そんなに慌てないでちょうだい。まずは手紙だけれど」
金切り声を上げる女に、アメリアは首を傾げた。表情は変わらない。
「ロザリー」
「はい、こちらにございます」
ロザリーが進み出て、束になった書簡を差し出す。女の顔色が変わった。唇が小さく震え、目が書簡とアメリアの顔を行き来する。
「……それは、どうして、ここに」
「あなたがラドウィック伯爵に出していたものでしょう? 全部、わたくしが回収していますわ」
アメリアはにっこりと微笑む。彼女がわざわざ内通者を通じて出させた郵便物だ。
その内通者は、すでにこちらの手の者だったのだけれど。
「証拠をありがとう。大切に使わせていただきますわね。『あとは時間の問題かと』、でしたっけ」
女は口をぱくぱくと魚のように動かしていた。その目に、じわりと焦りの色が滲む。
「そうだわ。そこのドレスのような布地のことですけれど。あれはドレスではなくて、古いカーテンを巻きつけただけなの。でもわたくしの大切なカーテンだから、弁償してくださいませね」
「……っ! 王都に、行けるはずだったのに……!」
女が顔を真っ赤にして叫ぶのを聞きながら、アメリアは静かに騎士に向き直る。
「侍女長を連れて行きなさい」
有無を言わさないアメリアの声に、騎士が女の腕を掴んで引き立てていく。廊下に遠ざかる足音は、やがて聞こえなくなった。
リーナの処遇がなかなか改善されなかったのも、侍女長が裏で手を回していたからだ。
中立の立場でアメリアの意見を聞いているようでいて、そうではないととうに気づいていた。
(この時期の地下牢は、さぞ寒いでしょうね)
悪意を向けられることには、慣れている。婚約破棄の夜会でも、王妃の茶会でも、ずっとそうだった。
だけれど、許しているわけではない。笑顔で受け流してきただけで、こちらはちゃんと覚えている。
以前と違うのは、今のアメリアには信頼できる人たちがいるということだ。
ランタンを持ち直し、アメリアは振り返った。薄暗い部屋の中で、切り裂かれたカーテンの残骸が床に散らばっている。
「ロザリー、いろいろとありがとう。あなたがいなければこう上手くはいかなかったわ」
ロザリーは胸を張って、にっこりと笑った。その顔には、隠しきれない達成感がある。
「とんでもございません! 大掃除、まだまだがんばります」
「ふふ、そうね。まずはこの部屋から綺麗にしましょう」
アメリアはくすりと笑って頷く。ランタンの灯りが揺れ、ふたりの影を壁に映した。




