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【連載版】悪意しかない王命結婚、確かに承りました。  作者: ミズメ


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26 出立


 二人の元に、王都からよくない報せが届いたのは、年が明けた頃のことだった。


 国境地帯で盗賊団が活動し、交易路が襲われているという。被害は既に複数の商人に及び、領民からの訴えも相次いでいた。


 アメリアは書簡を読みながら、そっと眉を寄せる。


(時期が悪すぎますわ)


 王太子の婚礼が近づくこの時期に、王都の騎士団は祝賀の準備で動けないという。そしてリュストア領に防衛を命じてくる。

 この流れは、あまりにも都合が良すぎる。だが、領民が危険にさらされているのは事実だ。


「ユリシス様」


 自室で地図を広げていたユリシスに、アメリアは呼びかけた。ユリシスはすでに決意していたのだろう。迷いのない目でアメリアを見つめる。


「自分の意思でこの地と君を守ると決めた。それだけだ」


 アメリアは胸の奥がざらりとするのを感じる。不安と言えばいいのか、怖いと言えばいいのか。うまく言葉にならない。それでも、止めることはできないとわかっている。


「どうか、無茶はしないでくださいませ」


 アメリアはそれだけを伝える。

 ユリシスはしばらくアメリアを見てから、ゆっくりと頷いた。


「君こそ、留守を頼む。無理はするな」


「わたくしはここにいますもの。無理のしようがありませんわ」


 やはりユリシスはアメリアのことを心配してくれる。そのことが嬉しくもあり、切なくもあった。


「ユリシス様。全てが終わったら、わたくしまた湖に行きたいです」


 これは未来の約束だ。アメリアはとびきりの笑顔を作った。


「もちろんだ。……必ず無事に戻る」


 ユリシスはそう言って、また地図に目を落とす。アメリアはその横顔をひとしきり見つめてから、音もなく扉を閉めた。


 ***


 ユリシスと騎士団がリュストアを発ってから、城は静かだった。


 アメリアは変わらず朝から執務をこなし、月綿の生産の進捗を確認し、使用人たちに声をかけながら日々を送る。表向きは何も変わらない。


ロザリーを始めとした皆がよく動いてくれた。月綿の作業場も順調で、町からの報告も安定している。ユリシスが整えてきたものが、深く根付いていた。


(わたくしが、しっかり守りますわ)


 商人への対応、騎士団への補給の手配、領民からの陳情の取り次ぎ。ユリシスが普段担っていた仕事を一つひとつ確認していくうちに、この人がどれほど心を砕いてリュストアに向き合ってきたかが見えてくる。帳簿の隅々まで几帳面な字が並び、民の名前が、ひとりひとり覚書に記されていた。


(本当に、誠実な方ですわ)


 だが夜は別だった。執務室の灯りを落とす前、アメリアはいつも窓の外を見る。冬のリュストアは雪が深く、星が鮮やかだ。行軍で凍えてはいないだろうか。


(どうか……あの方に光が届きますように)


 祈りというより、願いに近い。毎晩のように二人で話をしていた日々が、遠く感じられた。ロザリーも王都にいるカイルを心配しているのだろう。いつもより口数が少ない。


「ロザリー、カイルから便りは来ている?」


「はい。先日ありました。王都は埃っぽくて嫌だと言っていました」


「そう、カイルもがんばってくれているのね」


 カイルは王都の任務のために残留となっている。きっとユリシスを支えたいだろうに、遠い地で役目を果たしてくれているのだ。


「ユリシス様の部隊も国境に着いた頃でしょうか」


「そうね。行程的にはもう到着していてもおかしくはないわ」


「アメリア様が待っているのです。ユリシス様が無事に帰らないわけがありません!」


 ロザリーはいつものように、気合い十分だ。


「ええ。組紐の作り方を教えてくれてありがとうね、ロザリー」


「お任せください!」


 ロザリーはどんと胸を張る。やはりカイルにあの組紐を渡したのはロザリーで、それに倣ってアメリアもユリシスに赤と金の組紐を贈ったのだ。


(あの優しい方が、怪我をしませんように)


 ロザリーと話しているうちに心が軽くなったアメリアは、ほっと息をついて窓の外を見つめたのだった。


***


 明くる日の午後、城の門に馬車が一台止まった。


「奥様、荷物が届いております」


 ロザリーが少し興奮した様子で入ってきた。


「荷物? わたくし、何も頼んでいないけれど」


「それが……旦那様からのようなのです!」


 アメリアは目を見開いた。運ばれてきたのは、大きな箱。丁寧に梱包されたそれを開けると、中から豊かな布地が現れる。


「なんて鮮やかなのでしょう」


 思わず声が漏れる。


「とても素敵でございますね! アメリア様の美しさとたおやかさに、ぴったりでございます!」


 ロザリーが隣に来て絶賛した。


 薔薇色の絹地に、金糸のレースが幾重にも重ねられたドレスだった。オフショルダーの大きく開いた胸元には深紅の絹が縁取りを添え、裾へ向かって広がるスカートには、ほつれひとつない精緻な刺繍が波のように躍っている。腰には大輪の花飾りがあしらわれ、トレーンが長く流れていた。


 雪の中に咲く薔薇のような、凛とした佇まい。赤と金。それはそれぞれ、アメリアとユリシスが持つ色だ。


「カードがあるわ」


 アメリアはそっとカードを開く。


 『王都での夜会に、ふさわしい装いを。君に似合うものを選んだつもりだが、気に入らなければ直してもらえばいい』


 アメリアはしばらく、その一文を見つめていた。美辞麗句のひとつもない。贈り物に添える言葉としては、随分と素っ気ない。だがそれを目にした瞬間、アメリアの口元がほころぶ。


(そういえば、リュストアに来る前にいただいた手紙も、こうでしたわね)


 あの時も、飾り気のない短い文だけだった。初めて受け取った時は驚いてしまったけれど、今となってはそれがとても、この方らしいと感じる。


(似合うものを選んだ、ですって)


 出立前から、もう準備していてくれていたのだ。夜会のことを考えて、アメリアのことを考えて、こんな細やかなことを。じんわりと、目の奥が熱くなる。


(泣いてはいけませんわね)


 アメリアは唇をきゅっと引き結んだ。このドレスを着る日まで、ユリシスに無事に帰ってきてもらわなければならない。そのためにも、自分はここでできることをしなければ。


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