24 夫婦の作戦
──その夜、アメリアの元にエドマンド個人から書簡が届いた。
《商会の方は順調です。眠り布団の売れ行きも好調です。『今なら二枚ご注文の方に、特別価格でご提供! お一人様二枚まで!』を触れ込みにしたところ、売れ行きがさらに倍になりました。それとこちらでは少し気になることがあって。王妃の周辺が最近ざわついています。半年後の王太子の婚礼をかなり盛大にやるつもりらしく、王都の商人にも広く声がかかっているので……色々とふっかけようと思います! 姉さんが幸せでありますように。エドマンド》
なんだろうか。エドマンドのすごくいい笑顔が浮かんでくる。
読み終えると、アメリアはそっとその紙を暖炉にくべた。確かに夜は冷えてきている。炎が紙を飲み込むのを見ながら、静かに考えた。
(国庫にそこまでの余裕があったとは思えないけれど……あの方たちだものね)
王妃とラドウィック伯爵の顔が頭に浮かんだ。王太子の晴れ舞台だ。度を超えた無理をしてでも資金を集めるだろう。ならば、その資金はどこから来るのか。
(裏金か、不正流用か。確たる証拠がほしいところね)
かつてグランディール侯爵家が詐欺まがいの投資話に引っかかった時のことを思い出した。巧みな言葉に騙されて多額の負債を抱えたのだ。
「わたくしも、なにかお返しをしてさしあげたいわ」
アメリアは羽ペンを手に取り、エドマンドへの返書をしたためる。
とある計画を実行に移すときがきた。
(早くユリシス様にお伝えしなくちゃ)
これからの計画を固めたアメリアは、その勢いのままユリシスの部屋へ向かった。以前は城の北側にあったユリシスの居室も、アメリアの勧めで隣室へと移っている。
「アメリアですわ。少しよろしいですか」
ノックをしてそう告げると、少し間があってから扉が開く。ユリシスが驚いた顔でアメリアを見ていた。
「こんな時間にどうしたんだ」
「お話がありますの。入ってもいいでしょうか?」
「あ、ああ」
戸惑うユリシスをよそにアメリアは部屋に入る。極秘の計画だから、外で話すわけにはいかないのだ。
「エドマンドから書簡が届きました。王妃殿下の周辺が少しざわついているようですわ」
ユリシスはアメリアがまとめた計画書を読みながら、静かに頷いている。これまで流通していなかった北方の品は、王都で人気が出たと聞いていた。
余裕ができた領民たちは新たな事業にも乗り気で、鉱山の開発も進められている。
リュストアの鉱山から産出される、淡く色を変える乳白色の宝石——ルミナイトは商会を通じて少しずつ世に出回り始めたところで、まだ知る人ぞ知る品だった。
不正流用の証拠を集めるためにも、珍しくて魅力的な品を卸す必要があった。王妃が裏金を使って購入すれば、その流れが証拠になる。欲しがらせることが、罠になる。
(そして、あの方が最も望むことは……)
アメリアはユリシスの横顔を見た。
長い付き合いだ。王妃がどういう人物なのか、アメリアなりに分かっている。
辺境に追いやった令嬢の結婚がうまくいっていないと思えば、王妃は油断する。監視の目も緩むはずだ。
「ユリシス様。これからしばらくの間、表でわたくしとあまり親しげにしないようにしてくださいませんか。まだこの城にも内通者がいる可能性があります」
彼女を安心させるために、公爵夫妻は不仲である必要がある。
あの時リーナにひどいことをした者たちには『度重なる呪いのせいで公爵夫妻の仲は冷え切っている』と王都に手紙を出させていた。彼女たちはまだ働きたいと言ったので、この城の地下で使用人を続けている。
評判の悪い前代官の元に行くことは嫌で、でも紹介状もなく外の世界に出ても屋敷に勤めることは難しい。彼女たちもそれをわかっているのだろう。
ユリシスは全てを黙って聞いてから、口を開く。
「君と話すためには間者を全員消せばいいのだろうか。それとも、王妃を直接追い詰めたらいいのか?」
ユリシスの表情から、すっと感情が消えた。その剣幕にアメリアは驚く。とても物騒なことを言った気がする。
「表向きだけですので、大丈夫ですわ。実際には不仲ではありませんし」
「……」
ユリシスを安心させようと言葉を紡いだが、彼の表情は晴れない。しばらく黙ってから、ユリシスが静かに問いかける。
「……アメリアの顔を見たい時は、どうしたらいいのだろうか」
アメリアは目を見開いた。それからゆっくりと部屋を見渡す。暖炉の灯り、書き物机、窓際の椅子。落ち着いた、居心地のよい部屋だ。ユリシスの部屋に入るのは初めてだったが、不思議と安らぐ雰囲気がある。
(そういえば)
アメリアはふと、この部屋と自室の間にある扉に目をやった。
「ユリシス様、この部屋とわたくしの部屋は内扉で通じていると聞きましたわ」
「……ああ、そうだ」
「でしたら」
アメリアは微笑む。
「表向きは不仲を装う形にして、夜はこうしてお話をするのはどうでしょう。誰の目もありませんし」
「そうする」
ユリシスが即答した。そのあとすぐに、取り繕うように前を向く。
それから、二人でいくつか決め事をした。極力外では接触を減らし、逆仮面夫婦となること。内扉を数度ノックして反応ががあれば、少し話をすること。
「──では。おやすみなさいませ、ユリシス様」
「おやすみ、アメリア」
***
翌日から、アメリアとユリシスは他人行儀に振る舞った。廊下ですれ違っても、軽く頷くだけ。共にしていた朝食の席も、互いに別の時間を選ぶようにした。
執務の打ち合わせは事務的な書面のやり取りで済ませ、声を交わす機会は意図的に減らしていった。使用人たちが戸惑っているのは、肌で感じる。
ただひとつ誤算だったのは、夜も思うように会えなかったことだ。
アルジェント商会の注文に応えるため、月綿の生産が本格化していた。リーナのレースも王都で評判になり始め、職人たちと共に新作の意匠を考える日々が続く。
アメリアは作業場と執務室を往復し、夜は書簡の山と向き合った。ユリシスはユリシスで、騎士団との国境警備や町の道路整備の指揮、鉱山の関係で日中はほとんど城を空けている。
二人の時間は、自然と取れなくなっていく。もう半月以上まともな会話をしていないかもしれない。そうなると段々、少し時間ができても扉を叩くことができなくなってしまった。
演技のはずだった。けれど、このまま本当に遠くなってしまったら——。
(……いいえ。今は、やるべきことに集中しなければ)
じわりと滲んだ不安を、アメリアはそっと押し込めた。
「じゃあ奥様、行ってくるっす!」
カイルが出立の挨拶にやってくる。ユリシスの命により、しばらくの間王都で過ごす手筈になっていた。
「カイル、十分気をつけてね。危なくなったらすぐに戻ってきていいから」
「ありがとうございます、奥様。がんばるっす!」
カイルはニカっと笑って、腰に下げた短剣を掲げた。柄のところに、栗色と水色の糸が丁寧に編み込まれた手作りの組紐が巻かれている。最近作業場で作るようになった品だ。
(まあ、あれはもしかして、ロザリーが作っていた……)
アメリアは思わず目を細める。あの色は、ロザリーの髪と瞳の色だ。自由に話せない中、ロザリーやカイルに言伝を頼むことも多かった。以前は衝突していたように見えた二人の空気が、どこか柔らかい。
「俺もこの場所が大事っすからね!」
カイルは照れる様子もなくそう言って、馬に跨る。手綱を握りながら、ふと振り返った。
「奥様たちも早く自由になれるといいっすね〜!」
それだけ言うと、カイルは颯爽と駆けていく。
残されたアメリアはしばらく馬の後ろ姿を見送ってから、隣で心配そうにしているロザリーとともに城に戻った。




