第百五十話 決着の一手
第百五十話 決着の一手
駆け出したのは、同時。されど、僅かに相手の方が速い。
トップスピードに入る前に、深紅の魔剣が振り下ろされる。それを正面から受け止めれば、床は砕け背後に疾風が駆け抜けた。
「ぐっ……!」
「─────残り、1割弱」
異音を発するのは、己の両腕か、魔剣か。どちらかもわからない。
その中で、彼の碧眼がこちらを見据える。喜色と愉悦の混ざったそれは、まるで獲物を見つけた猫科の肉食獣のようであった。
ぶわり、と。深紅の魔剣が魔力を纏う。膨大な、そして濃密な魔力の渦。それは視覚化され、圧力を伴ってこちらを押しやった。
「お前との戦いで、使い切ろう」
「なっ」
刀身に魔力を纏わせたまま、アダム様が剣を振り上げた。弾き飛ばされた自分へと、袈裟懸けに剣が振るわれる。
飛ぶ斬撃。されど、不可視ではない。血のように赤い、濁流のような軌道がこちらへ迫っていた。
背筋が泡立つような感覚に、本能のまま斜め前の床へ体を投げ出すようにして転がる。刹那、信じられない衝撃波が背中を襲った。
転がりなら、目撃する。自分の背後にあった石の壁が横に何十メートルも抉られ、大小さまざまな瓦礫が水飛沫のように飛んでいく様を。
ゆらりと振り返った彼が、こちらへと再び斬りかかる。二度、三度と石床をバウンドした後、両足で着地。逆袈裟に振るわれた剣を、どうにか上へと受け流した。
刀身が触れ合った瞬間、あまりの剣圧に足が浮く。木の葉のように舞い、次の瞬間には固い床に叩きつけられた。両腕が一瞬消し飛んだような激痛が脳を焦がし、内臓が揺さぶられる。
揺れる視界の端で、白銀の魔剣に大きな罅が刻まれていた。未だ感覚のおかしい指が柄を握りしめているのは、半分運だった。
思考が混乱する。魔力を、纏ったまま斬撃を?ありえない。大気中の循環魔力を。斬撃の威力向上。否、これは空間そのものを……ッ。
脳内を支離滅裂な言葉が飛び交う中、体はほぼ反射で動く。刻み込まれた経験に従い、横へ全力で跳んだ。
先程までいた場所が弾け飛ぶ。飛来した礫が頬を切り裂き、肩を抉り、拳大の塊が腹を打った。
「ハハハ!なんだこれは!俺自身も驚いているぞ、クロノ!」
腹部に感じた痛みと衝撃で、どうにか思考をリセットする。
格上の相手が、遂に本気を出した。しかも、本人すら把握していない異常な力を。そうなる前に攻めきれなかった以上、自分がやることは1つ。
撤退は、できない。背中を見せれば両断されることなど、子供でもわかることだった。
為すべきは、限界を超えること。その術を、自分はもう知っている。これまでの戦いを、糧としなければならない。
「お、おぉ……」
肺に残った空気を、全て燃焼させるイメージ。
この工程に、魔力は不要。ただ、人が本来備えている機能を使うだけ。
土煙を突き破り、こちらへと斬りかかる金色の影。それを見据え、喉を震わせた。
「■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛─────ッッッ!!!」
リミッター、全解除。
シャウト効果でもってして、脳が与えた無意識の枷を外す。
言ってしまえば、ただの火事場の馬鹿力。一度外れたリミッターを、意識して固定した。
眼前へと迫る深紅の魔剣を、銀色の魔剣で受け止める。
「っ!?」
彼の碧眼が、驚愕に見開かれる。
刀身を包む魔力が爆発的な加速を生み出し、大気中の魔力との摩擦で膨大な熱を発生させていた。足元の石材が衝撃に砕かれ、熱によって融けていく。
魔力を推進剤のように後方へと吐き出す相手の魔剣と、ただ膂力のみで拮抗。軋む全身の骨を無視し、吠えた。
「■■■■■■──ッ!」
「お前……!」
互角の破壊力をもつ斬撃が、弾かれ合って周囲を破壊する。
瞬く間に岩の城全体が砕けていく中、再び剣をぶつけ合った。今度は強引に降り抜こうとする相手の刃を受け流し、同時に左の拳を顔面へと叩き込む。
彼の左手が横合いから前腕を弾き、軌道が逸れた。直後、返す刀で振るわれた魔剣を、上体を反らすことで回避。
通り過ぎた魔力の渦が降ってくる瓦礫を飲み込み、まだ形を保っていた天井を粉砕する。
「■■■■……!」
「はっ……!」
石床を踏み砕きながら、横回転。胴へと放った白銀の剣が受け止められるも、そのまま振り抜いた。
吹き飛んでいく黄金の影。それを追いかけ、彼が壁に衝突する前に再び斬りかかる。
空中で身を捻ったアダム様が刃でこちらの剣を受け流し、反撃の斬撃を放った。身を捻って回避を試みるが、逆袈裟に鎧が切り裂かれる。胴鎧が砕け散り、鮮血が舞った。
即座に魔力を循環させ、止血。同時に破裂した血管及び砕けた骨を再生。全快させ、また壊す。
激痛に脳が悲鳴を上げたかと思えば、痛覚が突然消えた。剣を振るう腕の感覚が、ない。痛みのあまり、脳が異常をきたしたか。
しかし、動ける。戦える。
自壊する手足が赤黒く変色し、時には血が噴き出る中。両手で剣を握り足は床を蹴る。
掬い上げるような剣をアダム様が受け止め、天井へと吹き飛んだ。上階へと飛んだ彼を追いかけ、自分も跳躍する。
「■■■■■■─────」
「くはっ!」
出迎えたのは笑い声と、深紅の斬撃。咄嗟に受け止めるも、城外へと吹き飛ばされる。
背中で壁を幾枚も砕いた直後、彼もまた出来上がった大穴から勢いよく姿を現した。大上段からの振り下ろしを、空中で横回転し剣腹へと斬撃を叩き込むことで防御。
反動で吹き飛び、降ってくる瓦礫を足場に跳躍する。息を深く吸い込み、跳んだ。
「■■■■■■─────ッッ!!」
「最高だよ、クロノ!俺の名を、お前に刻みつけよう!」
─────名前、か。
もはや、アダム様の中身が別人だということは承知している。
空中で彼へと斬りかかり、受け止められた後も前進。地面へと落ちていく。
巨大なクレーターを作り、舞い上がった土煙を蹴散らして剣を振るった。一瞬で三合斬り合い、四合目で押し切られ、左肩を深く切り裂かれた。
肉が千切れ、骨が断たれた感覚。痛覚がないというのに、全身を駆け巡る魔力がそれを伝えてくる。
その魔力にて結合。両手で剣を握り、アダム様へと横薙ぎに剣を振るった。
柄で受けた彼が、城の中へと叩き戻される。それを追撃し、ひたすら剣を振るった。
眼前で狂気的な笑みを浮かべる人物は、コーネリアスだ。それをわかっていても、その名で呼ぶつもりはない。
壁を、天井を、床を壊しながら、剣を打ち合った。もはや岩の城など障害物にもならず、互いの得物が破壊を生み出す。
あちこちで巨岩が落下する音が響く中、喉を震わせた。
「■■■■■■─────ッッ!!」
その肉体の本来の主は、きっとまだ彼の中に残っている。大気中の魔力に無防備な魂を晒され、初期化された彼。語る程の思い出も思い入れもない、ただの被害者。
自分がかつて、殺してしまったかもしれないと案じた存在そのままの境遇に、叩き落された人物。
聞こえるはずがない。だが、それでも。伝えよう。
「アダム様!」
雄叫びの中、彼の名を呼ぶ。
もはや、悪名を消すことのできず、救う術もないお方。しかし、それでも。
「貴方を、討つ!」
『人竜』を追い詰めた強者であると、後世に名前を!
「やってみろぉ!クロノぉおおおお!!」
「■■■■■■■■■────ッッ!!」
雑音には、もはや耳を貸さない。肉体を奪われた彼への、宣言は終わった。
振り下ろされる刃を半歩ずれて回避し、逆袈裟の斬撃を放つ。相手も逆袈裟に剣を振るい、刀身がぶつかり合った。
威力は同じ。しかし、練度は相手が勝る。刀身のぶつかる箇所が、衝撃の強さを変えた。
体ごと弾き飛ばされるも、止まらない。即座に横方向へと駆け、壁や崩落する天井を足場に跳びまわる。
上下左右から連続で斬りかかるも、下の大地まで砕くだけで全て受け流された。
──────ゴォォォォォ………ッッ!!
視界が、降り注ぐ瓦礫で埋まろうとしている。それらを撥ね飛ばし、前進。一際大きな瓦礫に隠れ、左右へとフェイントをいれた直後、踏み込んだ勢いで足元の土砂を跳ね上げた。
視界を塞いだところへ斬りかかるも、まるで見えているかのようにアダム様の剣が迫る。
咄嗟に受け止めるが、反応が遅れた。刀身が押され、側頭部を打つ。
地面を転がっていく自分に、彼が両手で構えた剣を大きく振りかぶった。
「潰れろぉおお!」
彗星がごとく魔力が瞬き、振り下ろされた刀身から『破壊』が溢れ出る。それはまるで、赤黒い泥で構成された大蛇。竜に匹敵する巨大な怪物が、こちらへと飛翔した。
回避は不可能。大地へと片足を食い込ませ、全力で剣を振るう。
同時に、魔力を最大放出。アレが魔法ではなく高密度な魔力の奔流だと言うのなら、軽減されるはず……!
思考できたのはそこまでだった。開かれた顎と、白銀の魔剣が衝突する。
視界が赤の極光に飲まれた瞬間、消えていた両腕の感覚が戻ってきた。五体が砕けるような衝撃に、籠手が砕け、袖が裂け、肉が潰れていく。
「■、■■■……ッ!」
血肉が後方へと弾け飛び、瞬く間に塵となった。激痛に視界が滲む中、欠けていく両腕を魔力で修復していく。剣を保持しなければ、死ぬ……!
何秒、何分続いたのかわからぬ衝突。大蛇の形をした魔力の奔流を、全身の筋肉を使い両断した。
分かたれた魔力の塊が大地を穿ち、噴火のように地面を爆ぜさせる。衝撃に、またも人の身は宙を舞った。
「か、はっ……!」
いつの間にか、息が止まっていたらしい。地上が遠のく中、無意識に大きく息を吸い込んでいた。
視界に、同じく宙を飛んでいる石柱を見つける。枯れ枝のように空を回転するそれを掴み取り、体を捻った。
地面にいる彼へと投げつけ、その反動で軌道修正。まだ比較的無事な壁面に足をつけ、降って来た納屋程もある岩の塊を左手で受け止めた。
塊を担ぐようにしながら、疾走。降って来た柱を軽々と切り払った彼の目が、こちらを捉える。
構うものかと、走ってきた勢いのまま岩の塊を投擲。眼前でそれが両断され、弾け飛んだ。
四散する破片の隙間。斬撃が通り過ぎた場所へと跳び込み、斬りかかる。刃を振り抜いた直後のアダム様へと、袈裟懸けに剣を振るった。
しかし、魔力を推進剤とする紅い魔剣がすぐさま戻ってくる。逆に胴を引き裂かれ、臓物が宙を舞った。
「ガ、ァァア゛■■■■■■──ッッ!!」
まだ、だ……!
痛覚が再び鈍化していくのがわかる。すぐさま止血し、吶喊。
もはや、防御の為の魔力を考える必要はない。相手も、既に限界が近いのが魔力の流れでわかった。ならば残りは自己治癒に全て回し、ただ暴れ続ける。
体当たりするつもりで斬りかかるも、斜めに受け流された。滑りそうな体を膂力で強引に引き戻し、返す刀で首を狙う。
それも捌かれたが、剣を振るうことをやめない。刃のぶつかる音はもはや剣戟のそれとは程遠く、巨大重機で殴り合うような轟音が戦場を響き渡った。
斬撃で彼を押し込んでいく自分に、アダム様の顔には未だ笑みが浮かんでいる。剣を振るう腕は変色し、体の各所から血が噴き出る中、楽し気に笑っていた。
その顔面を叩き割らんと剣を振り上げた刹那、カウンターの斬撃がこちらの脇腹を裂いた。
衝撃で打ち上げられ、視界が回っていく。自分に追いついた彼が、剣を振り上げていた。
歯を食いしばり、こちらも魔剣を振るう。アダム様の脇腹を裂くも、浅い。彼の刃が振り下ろされ、咄嗟に挟み込んだ左腕ごと袈裟懸けに切り裂かれた。
辛うじて、背骨だけが繋がっている状態。受け身も取れずに地面へと叩きつけられ、周囲に血をまき散らす。
「あ、がぁ……!」
魔力を循環させろ。裂けた肉を繋ぎ合わせ、血の流れを再開させ、己が動きについてこられる骨を組み立てろ。
近くに落ちた左腕へと切断面を押し付け、接合。立ち上がりながら、上から降って来た斬撃を魔剣で受け止める。
全身の骨が軋みをあげるも、どうにか耐えた。膝まで罅割れた地面に埋まった状態から、全力で剣を振り回す。
周囲の土砂が弾け飛び、両足が自由となった。十数メートル先にアダム様が着地したのを目撃しながら、罅割れた骨の治癒をしようとする。
しかし、治らない。
魔力切れ……!?こんな時に……!
リミッターの解除。それに伴う全身の破壊に対し、リソースを割き過ぎたのだと、今になって気づく。
「ガ、ァ、ァァアア……!!」
「どうやら、そちらも魔力が尽きたらしいな……!」
かすれた声を出しながらどうにか剣を構える自分に、アダム様は綺麗な構えをとる。
「こちらもだ。いやはや。出力の調整がまるでできん。この肉体の、難儀な部分だ……!」
ぼたり、と。お手本のように綺麗な構えをとる彼の腕から、血の塊が落ちる。肉の混ざったそれは、右手首から剥がれ落ちたものだった。
よく見れば、互いに満身創痍。アダム様の肉体もまた、過剰な出力に自身を文字通り削っていたらしい。
それでも、彼の目は戦意に満ち溢れている。獰猛に瞳を輝かせ、犬歯を剥き出しにして笑っていた。
「まだ、15歳だったか?いいな……もはや、言葉にできん。ノリス達と戦った時以上の充足感だ。俺に勝ったら、お前に玉座を継いでほしいぐらいだよ」
「はぁ……はぁぁ……!」
呼吸を整えようとするが、できない。魔力切れにより、意識が落ちそうになっている。
猛烈な吐き気と、全身の激痛。剣を構えることすらやっとの中、思考が単純化されていくのが自分でもわかった。
斬る。殺す。ここで、仕留めなければ……!
「しかし、何よりこの肉体は、この魔力は素晴らしい!以前なら、これ程の力を振るうことはできなかった!転生とは、人を神に変える!」
雑音が響く。そして、周囲の瓦礫が崩れる音も。
じりじりと、彼の口が動いている間も互いに距離をつめる。もはや己の肉体がどれだけ動くかもわからない以上、一足で相手の首を狙える位置に。
そう思い、進む中で。
───カチン。
そんな音が、聞こえてきた。
落ちかけていた意識が急浮上し、視界が明瞭となる。
単純化していた思考を広げ、記憶から大切なものを掘り起こす。
───そうだ。自分の目的は、彼を斬ることではない。
生きて、帰る。
「まだ、そんな目をできるのか……!クロノぉ……!」
アダム様の顔が、喜悦に歪んだ。
それが合図だったかのように、駆け出す。互いに剥き出しとなった地面を蹴りつけ、加速。
紅と銀の刀身がぶつかり、弾かれる。その反動を利用して繰り出した拳が、彼の裏拳で押しのけられた。
ぐるりと勢いのまま放たれた回し蹴りに、こちらも回し蹴りで対応。脛同士がぶつかり、一瞬だけ拮抗。衝撃で2人の体が数メートル離れるも、即座に斬り込んで鍔迫り合いに。
「はっ!」
「ぐぅ!?」
剣が横にずらされ、体当たりをくらう。吹き飛ばされ、着地した瞬間。そこへ、彼が剣を振りかぶって接近してきた。
大上段からの振り下ろし。剣による防御が間に合うか、賭けとしか言えない。
その中で、自分は───。
「なっ」
魔剣を、手放す。
アダム様の目が、自分と剣どちらを注視すべきか一瞬揺れる。
その隙に、彼の側面へ。左手でホルスターからショットガンを引き抜き、相手の右肘に銃口を叩きつけた。
同時に、発砲。一粒弾が肉を抉り、骨に届く。
反動を利用して、後退。反撃に繰り出された蹴りをバックステップで避けながら、もう1発撃ち込んだ。
2発目はアダム様の右大腿部を穿ち、鮮血が舞う。銃口を相手に向けたまま着地し、彼を睨みつけた。
「……それで?」
剣を左手に持ち替え、アダム様の口から冷淡な声が発せられる。
「魔剣を捨てた状態で、俺とこのまま戦う気か?最後の最後で、選択を誤ったな、クロノ。あのまま斬り合っていれば、10に1つは勝ちの目があっただろうに」
右腕から発せられる激痛に、一瞬だけ視線をそちらに向ける。避けたつもりだったが、前腕にばっくりと傷ができていた。
もう、剣は震えない。リロードできるかも怪しい状態だった。
「残念だ。銃という武器は、人を弱くする」
眉間に深い皺を寄せたアダム様が、左手で剣を担ぐように構えた。
「結局。お前も、つまらない奴だったというわけか」
彼の足が、大きく踏み込む。魔力切れとは思えない、鋭い足捌き。
「終わりだ」
加速しかけた、彼の姿が。
───どぉぉん……!
間延びした炸裂音と共に、横へ弾かれた。
「は……?」
理解できないという表情で、彼は倒れながら音のした方へと顔を向けた。
そこにいたのは、金髪碧眼の少年。否、少年の恰好をした、少女。
隻腕の女騎士に支えられ、両手で銃を構えている。その人物は。
「くり、す……!?」
続けて、発砲。2発目がアダム様の左大腿部に着弾し、彼に膝をつかせた。
「お、まぁええええ!」
激昂したアダム様が、剣を杖に立ち上がろうとする。
しかし、その肩に赤い花が咲いた。
「撃て!撃ちまくれ!」
周囲に積み上げられた瓦礫の上。そこに、ケネス達ストラトスの騎士達が数人立っている。
老騎士は片手でお手玉のようにショットガンを放り、ポンプ部分を掴んで次弾を装填。次々弾丸を放っている。
彼らの足場が悪いこともあって、大半が外れた。しかし、2発程命中しアダム様を横たえさせる。
「ざこ、どもがぁあ……!」
地の底から響くような、怨嗟の声。それを無視して、瓦礫の隙間をこじ開けて親衛隊が跳び込んでくる。
レジーナ卿や、オリビア卿。全員五体満足とはいかない様子だが、11人の近衛騎士がこの場に集った。
仲間達の姿に気が抜けたのか、アリシアさんが後ろへ倒れ込む。その背を、右肩をシャルロット嬢に貸したシルベスタ卿が左手で受け止めた。
自分も、ホルスターに銃を戻しクリス様へと歩いていく。
視界の端で芋虫のようにもがくアダム様を捉えつつ、ケネス達に発砲をやめるよう手で合図をした。
彼女に視線を向ければ、銃身を開きリロードしようとしている。しかし、その手は震えていた。
「あっ……」
カラン、と。銃弾が地面に落ちた。更に焦る彼女に、なるべく柔らかい声を投げかける。
「クリス様」
「クロノ、どの……」
腰の後ろ。幸運なことにまだ無事だったポーチから、弾丸を1発抜き出す。
それを、彼女の背に回りながら薬室へと押し込んだ。
「これだけで、十分です」
「……うん」
銃身を閉じ、固定。撃鉄を上げる。
照準を定める彼女を助ける為、二人羽織のような姿勢でグリップを左手で下から支えた。
「待て……ふざけるな……!お前のような、雑魚が……俺を殺す気か……!?」
アダム様の目が驚愕で見開かれた後、こちらに向けられる。
「クロノ!クロノ・フォン・ストラトス!美しき人竜よ!お前の手で俺を殺せ!今なら、剣でなくても十分なはずだ!拳でも、足でも、なんなら銃でも良い!強者よ!お前の手で俺を討て!その武功で次の皇帝となるのだ!」
無視する。血と魔力が足りない。どうにか、クリス様のお力にならねばと集中する。
自分1人では、アダム様に勝利できなかった。人竜という名が広まれば、それだけ彼の汚名と共に武名を人々は聞くようになるだろう。
コーネリアスに奪われた、彼の肉体に。せめてもの花向けを。
「っ~……!親衛隊!ギルバートの孫でも良い!お前らも強者だ!英雄の素質がある者よ!この首を獲れ!大将首だ!敵軍の総大将だぞ!武名を上げよ!」
親衛隊の誰も、答えない。
彼女らはそれぞれ周辺の警戒と、いつでもクリス様を庇えるように身構えているのみだ。
彼に銃口を向けているのは、彼が『雑魚』と断じた男装の皇帝と、うちの騎士達のみ。
「ざ、けるな……ふざけるなぁ!強者は強者が討たねばならない!弱者が強者の戦場に割り込むな!闘争を汚すな、ゴミどもぉ!」
血の混じった唾をまき散らし、彼は吠える。
その額に、ようやく照準が定まった。
「こんな、こんな終わりがあって良いものか!魂が脆弱になる……!戦場の華を、なんと心得る……!英雄達が剣を振るい、雄叫びを上げ、勝ち取るべき勝利を、お前らは……!」
「アダム殿」
クリス様が、彼へと声を投げかける。
きっと、それは内側にいる父親ではなく。
「クリス!貴様のような雑魚がっ」
「……おさらばです」
「ふざけっ─────」
カチンと、音をたてて。撃鉄が下ろされる。
銃声が轟き、彼の額に赤い華が咲いた。衝撃で後ろへ吹き飛び、アダム様の体は背中を地面に打ち付けた。
眉間に空いた穴から、とめどなく血が流れていく。力なく四肢は投げ出され、ピクリとも動かなくなった。
「っ……!」
腕の中で、彼女が脱力する。
銃を握ったまま座り込もうとする彼女の背を支えながら、ゆっくりと膝をついた。
身内殺し。その重荷を背負った少女に、かける言葉など思いつかない。
だから、『戦友』へと。かけがえのない、大切な人へと語り掛ける。
「お疲れ、様でした……」
「……うん」
数秒の、黙祷の後。
「……ストラトス家の騎士よ。ボクの代わりに、皆へ勝ち鬨を上げるように言ってきてほしい」
自らの足で、彼女は立ち上がる。
こちらに視線を向けてきたうちの騎士に、頷いた。
「はっ!行ってまいります!」
駆けていく、2人の騎士。その背を見送ったクリス様は、そっとアダム様の瞳を指で閉じた。
「……おやすみなさい」
肉体を奪われ、反逆者の汚名を着せられた彼への言葉。
アダム様へそう声をかけた彼女は、片膝をつく自分の前に立つ。
そして、手を差し伸べてきた。
「いこう、クロノ殿。一緒に」
「……ええ。皇帝陛下」
華奢な手を取って、立ち上がる。
それだけで眩暈が起き、ふらついた。それを、クリス様が横から支えてくれる。
「血で、汚れてしまいますよ」
「ボクの手は、もう汚れているよ」
概念的な意味で、言ったつもりはないのだが。
苦笑を浮かべる自分に、彼女は少しだけ楽しそうに笑う。わざとか、この人。
そんなクリス様を見て、親衛隊も顔を見合わせた後口元を綻ばせる。いつの間にかアダム様の遺体を縛り上げていたシルベスタ卿も、傍のアリシアさんと笑い合っていた。
反対側から、シャルロット嬢もこちらの体を支えてくれる。
3人で、ゆっくりと歩いた。城の瓦礫を抜け、硝煙香る戦場に。
「アダム様は討たれた!クリス陛下の勝利である!繰り返す!クリス陛下の勝利である!」
指揮所にいる将軍が、拡声魔法を使い戦場に呼び掛けている。その左右にいた父上とアナスタシア殿が、こちらを見てそれぞれ大きく手を振った。アナスタシア殿の方は、すぐに手を引っ込めてそっぽを向いてしまったけれど。
アダム様から訂正の声明がないことに、敵軍に動揺が走っていた。ギルバート侯爵からも何も言われないことに、敵指揮官達も察したのだろう。
逃げ出す者、降伏する者が現れだす。元々、父上が指揮所に加わった辺りからこちらが有利になり始めていた。
あとは、濡れた紙が裂ける様に。敵軍は落ちていく。
それらを見渡した後。少しだけ回復してきた魔力を喉へ流し込み、声を張り上げた。
「クリス陛下のお言葉がある!皆のもの!傾聴せよ!」
戦場全体に響く程の声は、まだ出せそうにない。それでも、こちら側の軍だけにでも聞こえれば相手側の軍もつられて視線を向けてくる。
同時に、シャルロット嬢が数歩離れた。そこは、自分もクリス様から離して欲しかったのだが……。
なぜか、よりこちらへ密着しながら、男装の皇帝は声を張り上げる。
「逆賊、アダムとギルバートは討ち取られた!」
健在な彼女の姿が、決定打となった。
敵兵の中で、もはや戦意を見せている者はいない。
「我々の、勝利だ!」
─────おおおおおおおお!
万全の自分以上の大声が、戦場を満たす。
兵達が武器を掲げ、勝利に沸いた。祝砲を撃ちあげる者もおり、非常にやかましい。
その光景に、クリス様と顔を見合わせて苦笑する。
「……疲れましたね」
「うん。今すぐベッドで眠りたいぐらい」
もう、立っているのも厳しい。どうやら放してくれないようなので、開き直って彼女に体重を預けた。
華奢な肩は、しかし、しっかりとこちらの体を受け止める。
「帰ろう。クロノ殿」
「ええ……しかし、その前に」
まだ、対処しなければならない危険がある。
表情を引き締め、視線をこちらへ猛然と向かってくる人物へと向けた。
「……このままだと、父上が謀反人になりそうなので。どうにかしませんと」
「だねぇー」
「くぅぅぅろぉおおおのぉおおおおおお!!」
密着する自分達に目を血走らせた、返り血まみれの父上。
誰から奪ったのかわからない馬で駆けてくる彼に、少し遠い目をする。
もうしばらく、気絶はできなさそうだ。
何とも、締まらない空気の中。空を見上げる。
戦闘のせいか、はたまた偶然か。曇天となっていた空。
しかし今は、灰色がかった雲の隙間から温かな日の光が降り注いでいる。
戦争の終結を、祝うように。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。次回、エピローグです。どうか最後まで、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。




