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448 それだけは忘れないように

◇◇◇



「……何をしていたの?」

「あははー。や、そこは聞かないでくれると助かるかな」


 カザリちゃんにジト目で訊ねられて、私は目を逸らしながら愛想笑いを返す。全身のあちこちに傷があって服もボロボロ、となればちょっと目を離した隙に何をしてきたんだと呆れられてもしょうがない。しかも私のみならず、アイリスまで同じ格好になっているんだから余計にね。


 私たちがなんでこんな状態になっているのかは、カザリちゃんだって当然察しもついている。けど、彼女が確かめたいのは行為ではなくその動機についてだ。あと、是非についても。つまり私たちが(というか私が、か)何を考えているのかっていう質問なのはわかっているんだけど……そういう行為へ及ぶに至ったのはアイリスの個人的な事情というか、一言では説明しきれない色々があってのことなので。私の口から軽々にそれを打ち明けたりはできない。だからこうして、曖昧な誤魔化し方をするしかないわけだ。


「……むぅ」


 うお。触れ合うくらいの至近距離からシズキちゃんがじっと見上げてくる。頬を少し膨らませたその顔には可愛らしく不満がありありと現れている。迫力はないけど、こんな怒りの見せ方さえも愛くるしい子に不満を抱かせてしまっているという一点で申し訳なさの募り方がすごい。カザリちゃんは軽くため息をつきながらも見逃すことにしてくれたっぽいけど、シズキちゃんのほうは誤魔化しきれないなこれは。


「どうかハルコさんを責めないでください。元はと言えば私のした『お願い』が切っ掛けです。この姿も私の望んだこと……ハルコさんは、とても良くしてくれました」

「む!」


 私の手を取って傍へと引き寄せながらアイリスがそう言えば、シズキちゃんは見るからに怒りの度合いを上げた。アイリスに向けた目は厳しく、その言葉にも私と引き離されたことにも納得がいっていないようだった。これはまたバチバチ展開が始まってしまいそうだ。


 何故か相性が良くないらしい二人だが、これから私たち灰とアイリス含めた魔族は色んな国も一緒に協力関係を結んでいくんだ。それを思うとここで無駄に険悪な間柄にしてしまうわけにもいかないので、私は「まあまあ」とどちらも宥めるつもりで言った。


「私もアイリスも満足してるし、本当に危ないことは何もしてないからさ。大目に見てくれないかなシズキちゃん。アイリスも、私が仲間からお叱りを受けるのなんて別に珍しいことでもないんだから、何も気にしなくていいって」


「……」

「……」


 二人は私を見て、それから互いを見合って、意味深な無言を挟んでから同時にこくりと頷いた。な、なんだその鏡映しアクションは。実は二人ともすげー気が合ってないか? でも双方相手に見る目はやっぱり厳しい。シズキちゃんは珍しく熱くなっていて、アイリスは逆にとても冷ややかだ。元からカザリちゃんみたくクールな子だけど、いっそうに視線が無機質なんだよね。


 そういえば以前からアイリスとシズキちゃんはぎくしゃくしていたっけな……や、こんなにハッキリと火花を散らしてはいなかったけど、それぞれ灰の代表と魔族残党の代表として私とアイリスが対話を重ねていく中で、シズキちゃんは折に触れて面白くなさそうにすることがあり、最初はそれに反応していなかったアイリスもいつの間にか対抗的になっていた。


 なんでもっと平和裏なお付き合いができないのか……とは思うけど一応、二人の気持ちもわからなくもない。シズキちゃんはこれでいて独占欲っていうか、身内意識が強い。仲間の一人を──それに自分で言うのもなんだか恥ずかしいが特にシズキちゃんとは気心が知れている私なので──知り合ったばかりの言うなれば部外者・・・が、まるで気の置けない仲のように扱っていたら「むっ」とするのも無理ない。彼女からすれば群れにちょっかいを出されたような気分になって、半ば本能的な防衛反応が出てしまうんだろう。これはシズキちゃんに限らず人のコミュニティ、とりわけ多感な年頃の女子グループなら珍しくもないものだ。


 一方でアイリスとしては順当に代表者同士で仲を深めていっているだけなのに(当然それ自体はなんら忌避することのない、むしろ歓迎すべき変化だ)、相手側の一派にその関係性の構築を良しとしない者がいるというのは理解不能だろう。

 そして、これまた自分で言うのは恥ずかしいが打算とか建前とかを抜きにしても私はアイリスと友人のように、正確にはその一歩手前といったところだけど、割かし仲良くなってもいる。なので当初はただ訳がわからずシズキちゃんの態度をスルーできていたけど、今となっては普通に腹が立っているんだと思われる。だからさっきみたいに挑発めいた行動も取るようになってしまったんだ。


「あーっと。とにかく、そっちも話はまとまったんだよね?」


 根深くはないけど解決の難しい問題を一旦横に置いて、私はカザリちゃんへと話を振った。我関せずの顔付きをしていた彼女だけど本題に戻すことには賛成してくれたようで、小さく頷きながら応えてくれる。


「伝えるべきことは伝えた。聞くべきことも聞いた。後は移住を始めるだけ」

「そっか。既定路線だけど一応はルーキン王にも知らせないとね……それでアイリス、早速だけど準備だけしてもらっていいかな? いつでも移れるように」

「勿論です。今すぐでも移ること自体はできますよ」

「あはは、なら大丈夫そうだね」


 心強い返事に私は一安心する。ルーキン王に知らせる、と言っても前述したようにこの移住計画は既に連合国を始め各国からも了承を得て進めているものだ。コマレちゃんとナゴミちゃんが改めて話し合いに行っている今、それがどう決着するか次第で魔族民……っていう言い方はちょっと変かな? とにかく、彼らの扱いというか住む場所、任される仕事が決まるし、それが決まるまでは移住も進められない。逆に決まったなら(もう「波」が起きているからには)すぐにでも進めなくちゃならないってことで、アイリスたちには少し負担がかかるんだけど、当の彼女はまったく気にした様子もなく平然としている。


 ツンと澄ました態度だが、もちろんそれが彼女なりの気遣いだということは今日までの付き合いで知れているので、私は素直に礼を言って別れる。魔族が集まっている建物へ入っていくアイリスを見送ると、シズキちゃんが待っていたとばかりに私の腕を取って引っ付いてきた。それには見事に無反応にカザリちゃんが言う。


「あの子ももう見ていない。治したら?」

「あ、うん。そうしよっかな」


 ぬん、とちょっと気合を入れる。そうすると多少の魔力と引き換えに私の体中の傷は一瞬で治って消え去った。服も新品同然にピカピカだ。灰になって私はこういうことができるようになった。もちろん、灰になる以前の常識で言えば少し魔力を消費したくらいでここまでの自己治癒は行えやしない。当然服の修復なんてもっと無理だ。


 あの盛り上がった指導・・の直後に私だけ真っ新な状態になるのはアイリスに悪いかと思ってあえて傷付いたままでいたんだけど、カザリちゃんにはその気遣いを見抜かれていたらしい。まあ、彼女だって同じことができるんだから見抜かれるのは当たり前っちゃ当たり前ではある。


「うーん相変わらず便利。女神の『死から遠ざかる』ってのはまさにこういうことを言ってたんだろうね」


 便利なだけに、人から外れた修復の「機能」は怖くもある。言葉にはしなかったその感情もカザリちゃんには、それにシズキちゃんにも伝わっていた。これは同調によるものではなく、もっと基本的で単純な共感だった。


「あ、あまり頼り過ぎないようにする、でしたよね」

「それが賢明だと私も思う」

「うん、そうだね。だって私たちは灰だけど……人間だもの」


 何をするにも、誰を相手にも、それだけは忘れないようにしないと。



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