447 まだ先へ
「く……ッ」
最高速を保ったままの連撃は先のそれとは密度において比較にもならない猛打の嵐だ。容易く捌けるようなものではない、はずなのに、ハルコはそれを叶えている。一方的に攻め立てている側だというのにアイリスの表情が歪む。
ハルコは糸の鎧を纏っている。鎧糸というそのままな名称のそれを、最初は擬態糸よろしくに電撃を纏う拳打で破ろうとしていたアイリスだったが、しかし何度拳を重ねても鎧糸の破壊ができずにいる。何故か。鎧糸の造りがそもそも擬態糸を超える耐久性を誇っていることも理由のひとつだが──それ以上に、負荷がかかって糸が千切れる度にその奥から新たな糸が編まれている。その再生とも言える機構が破壊よりも早くに適用されるために、結果として鎧糸はどれだけの雷撃を受け止めようと無傷のままでいるように見えるのだ。
それに加えてハルコが身に纏う魔力の出力も全体的に向上している。それが攻めても攻めても攻め切れない訳。アイリスは苦渋に満ちながらも思わず笑ってしまう。糸の逐次追加と、魔力出力の向上。たったこれだけでハルコは、アイリスが死に物狂いで手に入れた攻勢をあっさりと互角以上に戻してしまった。こんなもの、笑わずにはいられない。
今のところハルコは守るだけで反撃の気配を見せないが、しかし、追い込まれているのは明らかに自分のほうだ。そうアイリスは認めている。後先を考えない我武者羅の攻め方をして、それを至極冷静に対処されている時点でそんなのは考えるまでもないこと。後は、いつ破綻が訪れるか。魔力切れが先か体力切れが先か、いずれにしろこの我武者羅さが途切れた瞬間に攻める側が反転し、そしてそのまま勝負が終わる。それも考えずとも明白な事実であった。
幸いと言っていいのか今のところアイリスは、出したこともない全力以上を出し続けながらも魔力も体力も枯渇する予兆を受け取っていないが、それは受け取れていないだけで、いつ不意にその時が来ないとも限らない。今この瞬間にも全てが立ち消えて倒れてしまうかもしれない。その不安が払拭されないからにはアイリスも、いくら攻め手が尽くに防がれようと引くことも勢いを落とすこともできやしない。否、そうでなくとも攻撃を緩めるのは愚策だろう。
曲がりなりにもハルコの攻め手だって封じられているのだ。彼女には現状急ぐ理由がないからこそだとはわかっていても、反撃に怯える必要がないのはアイリスにとって幸運であることに間違いはない。引き気味になればその優位を自ら捨てることになる。とにかく攻撃の手を休めない。それがこの「見せかけ」だけの互角の攻防を作り上げているのだから、アイリスは止まらない。ひたすらに攻め続けて、そして考え続ける。
最高電力で帯電し続ける利点、つまり今の自分が発揮できる強みは三つ。
まずは何を置いても、速力のアップ。これが最大の武器。次に、それに遅れない思考力のアップ。これによって速さを対応力に変えられる。そして最後、帯電そのもの。接触で麻痺を与えるのみならず、現在の電力は軟い糸であればすぐさま焼き切れる程。当然ながらそれは生身にも相応のダメージを与え、負傷を余儀なくさせる。
が、しかし。
言ったように糸の追加と魔力防御で帯電による副次効果的は全て殺されており、速力と対応力においてもハルコの守りを突破できていない時点で武器とは称せなくなっている。どちらかと言えば攻勢を保つための盾であると表現するのが正確だろう。勿論、これではいけない。強みを強みとして活かせないようでは先などない──迎えるは尻すぼみの破滅一択。それは確定した未来だ。
未来を、変えるためには。
思考が回る。息切れの予感を受けて焦燥を抱き、それを追い越すように更に。もっと。ずっと。きっと──自分なら。できる。できる。できるのだ!
ハルコの目が、その誘うような瞳が、そうだと言っている。ならばそうだ、ここはまだ自分の限界ではない。そう思い込んでいるだけ。切り拓くべき道の先はもう既に、光差して導いている!
「極雷──」
その光へ飛び込むように。あるいは、あたかも彼女自身が己を導く光そのものとなったように。自らの先を進む先行放電へ飛び込んだアイリスの姿は、雷を纏うのではなく──言うなれば雷そのもの。雷禍の化身となったように暴力的な極光を放っていた。
「真雷華!!」
「!?」
これはマズいものだと。灰たる者にさえもそう感じさせる壁越えの一撃を、ハルコは突き出した両の手を鎧糸で繋ぎ合わせて受け止める。「導く側」として、かつて「導かれた側」として段階の線引きを行なっているハルコが現状で行える最高にして最硬の防御。魔力の集中と分配においても寸分の狂いもなく完璧な受け方が実行され──。
突き破られる。
「ッぐぅ……!!」
渾身を超えた渾身。限界の向こう側にあったはずのもうひとつの限界さえも踏み越えていく。その気概が込められた拳の重みにハルコが苦悶する。閃光が折り重なって弾け、千々の雷鳴が轟く。たった一発へ集約された全力、全魔力、全電力はただ一体となるだけでなく互いを掛け合わせてまさしく究極。極みと言っていい頂きへと到達していた。
(これを、戦い始めたばかりで成すのか──アイリス! なんていう!)
度を越した才能。程度の狂った才覚。極度に過ぎる才気──なんと言い表そうと足りない、言葉を陳腐化させてしまう本物。それがこの、一見して魔族に相応しくない程に戦いの匂いというものを感じさせない少女の正体。
アンラマリーゼは見抜いていたのか? それとも単なる偶然か。ああ、いずれにしても。どちらにしたってふざけた話だ。
あの魔王に力を託された後続が、ここまでの存在だなんて。あまりにふざけ過ぎていて、あまりにも──。
「最高だよ!!」
受けた拳をその体で跳ね返すようにハルコの魔力が荒ぶり、アイリスは押し返されてしまう。魔力の出力がまた高まった。それだけでこんなことになるものなのか。会心の一撃を決めた自負があるだけに納得のいかない思いを抱くが、けれど納得せざるを得ないとも彼女は思う。思わされる。何故ならボルテージを上げたハルコから感じられるプレッシャーは今までのそれとは一味も二味も違うもので、つまりはようやく本気になったのだと。それが明らかだったからだ。
(それもあくまで私を導くための本気でしかないのだろうけど──)
だとしても。アイリスは嬉しかったし、誇らしかった。制限されているとはいえその範囲内での最高を引き出すことができたのだ。魔王を倒した英傑が、そうすべきと判じたのだ。それは承認であり、そして試練であった。「足る」と認められたからにはここからが本番。ここからが苦しい。その苦難をも少女は喜んでいる。
勇者と魔族、試す者と試される者。立場はまったくの反対。しかし、奇しくもハルコとアイリスが浮かべる笑み。そして抱く想いはこの時とてもよく似通ったものになっていて。
「「──まだ先へ!」」
「行けるよねっ、アイリス!」
「行ってみせますよ。ハルコさん!」
高らかに振り上げられる糸製の足鎧を纏ったハルコの右脚。空間を抉り抜くそれに二の腕を削られつつも躱して懐へ入り込んだアイリスは、そこから雷速へと加速。その速度にいる間だけ放てる全身全霊を再びぶつけるべく、絞り出せる全てを絞り出した。
「真雷華ッ!!」
黒い瞬きが二人を彩る。




