446 起爆剤
(この感じ──アンラマリーゼ!?)
黒い雷を迸らせるアイリスから宿敵だった者の威容を垣間見る。吹き荒れる程に玉座の間を満たさんとする魔力はまさしく、あの決戦でアンラマリーゼが見せた極限の暴を思わせる。が、違う。感じられる魔力はあくまでもアイリス自身のもの。その気配や気質はひたすらに純粋な破壊ばかりを求めていたアンラマリーゼのそれとは似ても似つかない。
しかし、ハルコの目には二人が重なって見えた。
「アンラマリーゼがあなたに与えたのは──起爆剤か!」
答えは蹴りだった。更なる加速を以て放たれた頭部狙いのそれを掬い上げるように腕で逸らしたハルコは、その途端に雷に打たれたような衝撃を受ける。
「うぐッ、」
帯電状態での麻痺付与。黒く染まった電撃はその効力を著しく高めており、糸を巻いていない生身であればたった一瞬の接触でも触れた部位のみならず全身に影響を与えられるようになっていた。
忘れてはならないのが現在のハルコは人間ではなく灰であるということ。生身であっても強度や耐久性は人のそれとは運泥だ。それは電気への反応においても例外ではなく、たとえ糸による保護がなくとも生半な電力では彼女の全身を痺れさせることなどできやしない──はずが、アイリスは自身の限界の先にある出力を手にしたことでそれを可能とするようになった。
成果は如実だった。
「雷華! 雷華! ──雷撃槍!」
防御にも退避にも先までの余裕が見られない。編み直される糸の鎧も自身の技を前には形を取る前に儚く散っていくのみ。これはマズいとハルコも思ったか移動する方向を変えて入れ替わるようにすれ違った彼女は大きく距離を取らんとした──それを追うために振り向き様にアイリスが放ったのは苦手としているはずの飛び道具。
今の自分なら。我が身に何が起きているのかはさしもの聡明なアイリスであっても正確には把握できていないが、力が漲っている。そしてそれはまだまだ尽きそうにない。それさえわかっていればやるべきことも明白だった。果たして射出された雷の塊は槍のように鋭く伸びて、威力を一切減衰させることなく標的へと命中。バリバリとその身を焼いた──かに思えたが、魔力防御を集中させた両腕が攻撃を受け止めていた。
間に合わせるか、と驚きつつも追撃。守りで足を止めたハルコへ追いつかんとした彼女を塞き止めるように糸が間へ入り込む。
「三重壁糸」
「雷撃槍!」
「!」
即断即決。瞬時に壁が出来上がったその瞬間にはもうアイリスは雷の槍を撃ち終えていた。黒い雷光が幾度となく弾け、壁糸が千切れ飛ぶ。これにはハルコも驚愕を露わとした──壁糸は防御用の技、その丈夫さは言わずもがな擬態糸などとは比較にもならない。それも、今のは三重に編み込むことで通常の壁糸以上に防御力を持たせた特別製だった。
ハルコは神力を用いておらず、使用している糸も魔力のみで作られたものだ。明確な手加減。だが、多段での編み込みを行う重奏糸は既に解禁している上に、魔力だけだとしても灰となったハルコの糸繰りとなれば勇者時代よりも遥かにパワーアップしてもいる。三重壁糸はアイリスを止めるつもりで置いた。それをノータイムで破壊・突破されたのはハルコにしても予想外のこと。
先行した雷撃槍がこじ開けた大きな穴から飛び込んでくるアイリスを眺めて──ハルコのギアが上がる。
「縛り投げ」
「!?」
ハルコの迎撃や回避よりも早く打ち込める。そう確信して最後の一歩を詰めようとしたところで糸に掴まれる感触。それを感じたかと思えばアイリスの視界が急速に横へ流れていった。
困惑よりも先んじて身体を叩く衝撃。自分が床に転がっていることに気付き、そこでようやく戸惑いを覚えながらも急いで立ち上がる。ハルコを探せば眼前にいたはずの彼女は明後日の方向でこちらを見ないままに悠然と立っている。何をされたのか? その握られた手にある糸。それが自分の腕へと繋がっていることでアイリスには謎が解けた。
(投げられたんだ、糸で! 私の速度を利用して物凄い勢いで──あの刹那に!?)
最高速で接近中の自分が掴まれ、投げられ、投げられ終えてからそれを認識する。どれだけの糸繰りの速度、操作精度があればそのような真似が可能になるのか。生憎と魔族として、魔術師志望の人間の幼子がやるような「魔力で糸を編む」行為とは縁が皆無であったアイリスには想像すらも及ばないが、とにかく、ハルコはもう逃げないようだ。雑に放った糸の生成物でこちらの足を止めさせようなどとも、おそらくはしないだろう。
ここからの彼女はこれまでの手慰みのような戦い方をやめる。本当の意味で「闘争」を始めるつもりだ──と、ゆっくりと向けられるその目が。糸から伝わってくる強大な者の気迫がアイリスにそう告げる。
「ッ!」
腕に雷撃を集わせて糸を焼き切る。ピンと張ったそれが高速で引き戻されていく──もう一瞬、判断が遅れていたら自分があの速度で引き摺られ、宙を踊らされていた。間一髪で逃れた安堵に息をつく間もなく振られ落ちてきた無数の糸、まるで弾丸めいたそれの雨霰を避けていく。視界にチカチカと明滅が起きる。邪魔になりそうなそれはしかし瞬く度にコマ送りのように時間を切り取る。落ちてくる糸の弾の軌道をじっくりと見つめ、また避けるその先にも時間差で別の雨が降ろうとしているのを察知。罠も含めた全てをアイリスは回避する。
豪雨を抜けた先では蜘蛛の巣が待っていた。明らかに触れればタダでは済まないそれを見て進路を変えようとした矢先、四方から格子状に迫る糸に気付く。細く鋭いそれらにはまず間違いなく切れ味が持たされている。その餌食にならないためには前進を続ける他なく、だがそうすれば蜘蛛の巣に全身を絡め取られて身動きが取れなくなる。退くも進むも地獄。スローモーションのように感じられる光景の中、唯一「普通の速度」を保っている思考でアイリスはこの状況下に対する解を導く。
「雷唱──!」
全開出力での全方位無差別放電。これまでに一度だって試したことのない、やろうと発想したことさえない初めての試みはこの上ない手応えとなってアイリスの胸を打った。高鳴る鼓動が示す通りに彼女の身より放たれた電撃は周囲を薙ぎ払い、蜘蛛の巣も糸の刃もその奥に隠されていた擬態糸による見えない第三の攻撃も、少女の進路を妨害する遍くを少女の認知とは関係なしに綺麗さっぱりに掃除してみせた。
「うっそでしょアイリス。一気にそのレベルにまで行っちゃうのか!」
弾丸の雨くらいならなんてことないだろう。巣と刃にもどうにかして対応するかもしれない。けれど本気で隠した不可視の糸までは流石に防ぎ切れまい。最低でもそこでは躓く、と見越して放った一連の全てが通じなかった、その事実にハルコは感嘆と共に高揚を覚える。
手練手管を尽くした糸のコンビネーションを鎧袖一触に蹴散らすこの様は、やはりどこまでもアンラマリーゼを彷彿とさせる。あの日あの時の彼女ほどに余裕綽々ではないが、しかし力強さに限っては決戦の開始当初で魔王が見せたものと同等か、それ以上にある。
そのアンラマリーゼが授ける形で手を貸しているのだから当然、と思うべきか。それとも躍進の種こそ埋められていてもそれを見事に芽吹かせつつあるアイリスの才覚こそが真に貴重なものであると褒め称えるべきか。ハルコは断然に後者だった。
「その調子だよ。どうせならもっと上げちゃえ、アイリス!」
「言われずとも!」
発破に吠えて返し、アイリスは電光と共に駆け抜けた。




