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445 至難への挑戦

「しっ──」

「ッく、」


 打撃音が連続する。軽やかに伸びてくるハルコの拳はしかし重く、アイリスは受けるのも精一杯だ。押し込まれながらも食らいつくが技量の差は歴然、発電による活性化で速度を得ていなければとっくに崩されていたろう──というか。


(私が帯電してからは明らかに格闘戦(触れ合う)のを避けていたのに。何故、急に再開させたのか。それに)


 何故、これだけ触れ合っていても痺れる様子が微塵もないのか。


 不利を取りながらも決定的な崩壊を避けつつアイリスは必死に考えを巡らせる。帯電による麻痺。自己強化と攻撃手段への転用こそが主体である彼女の能力からすれば副次効果に過ぎないそれも、敵からすれば──特に格闘を主体とするような戦士であれば尚更に──言わずもがな面倒な代物。現にハルコも明確にアイリスとの接触を避けて糸を使い出した。麻痺が鬱陶しかったのは彼女とて例外ではないと見ていい。


 それが急に戦い方を元に戻したとなれば何かある。麻痺を受け付けないレベルまで魔力防御を高めた? 最もわかりやすいのはそれだが、違う。ハルコが身に纏う魔力は質も量も勝負の開始時から然程変わっていない。少なくともアイリスがそうと感じ取れる程の差はなかった。麻痺を拒絶できるような魔力防御となればその出力はこんなものではないはず……では、種は他にあるということ。


「……! まさか」


 本当に麻痺がまったく通っていないのか。それを確かめる意味も込めて打突の応酬へ果敢に挑むも、やはりハルコの動きが鈍る兆候は一切なく、防ぎ切れなかった数発が深く抉るようにアイリスの肉体へダメージを与える。痛みに呻くも、けれどその甲斐あってと言うべきか。何度も打ち合い、こうしてまともに打撃を受けたことでようやく気付けた。


 ハルコの拳が、正確にはその両腕の全体が、異様に硬いということに。


「バレた?」


 小さく舌を出してハルコが笑う。種明かしとして両手がよく見えるようにと広げられたそこには、キラリと薄く光る何かが確かにあった。やはり、とアイリスが痛みとは関係なく呻いた。


「見えない何かを腕に巻いて──?」

「そ、これも糸。擬態糸って言ってね、相手から見えにくいように細くて透明にしてあるんだ。ヒントのためにいつもよりは少しだけ見えやすくしていたけど……すごいねアイリス。目じゃなくて推理と感触で気付いたんでしょ」


 目がいいだけじゃなく、やっぱりそれ以上に見る目がいい。そう褒めそやすハルコだが、アイリスからすれば素直に受け取れたものではない。見抜くまで時間がかかり過ぎた、というのがいくらか打撃を貰ってしまった彼女の感想であるし、何よりそれが自身の力不足に起因するものとなれば余計に忸怩たる思いを味わわされる。


 何せ見た限り、ハルコが擬態糸とやらで保護・・しているのは腕だけ。それ以外の部分は依然として剥き出しの生身である。もしもアイリスにハルコの攻撃を捌き切り、その防御を抜けるだけの技量があったならば、腕の保護など関係なく麻痺を付与できていた。それもまたハルコが用意したヒントの内だったのだろう。


 攻撃を当てられないどころか、触れることさえできなくなった。それが視覚化された形だ。これには流石にアイリスも悔しさというものを抱き──けれど引き摺らない。それはそれとして、ではどうするか。どうすればこの不利を覆せるかと思考を回す。


 ある意味で格闘戦の技量差以上に問題なのが、ハルコの糸がこちらの能力を防げていることだろう。擬態糸。説明を聞く限りではどう考えても防御力に重点を置いたものではない。なのに、完全に電気の通りを妨げている。これは術の性能においても著しく後れを取っていることの証左でもあった。


 ──麻痺さえ通ればおそらくは互角の殴り合いができる。それを通じなくさせている糸の防具の恩恵は甚だ大きく、そしてそれがある限り先程までとは反対に、アイリスはハルコから距離を置かねばならない。しかして中・遠距離になれば自在に糸を伸ばし操れるハルコの独壇場となる。アイリスにも発電力を集中、放出させる飛び道具はあるが、消費する魔力に対してお世辞にも威力が伴っているとは言い難い。あくまでも帯電状態で打つ・蹴るが彼女の主武器。引いて勝てる要素があるとは思えない。


 ならば。


「押し通らせて貰います」


 明晰な頭脳が出した答えはシンプル。より出力を高める。糸による保護が意味を成さないくらいに発電能力をフル稼働させる。落雷蹴りや雷華といった技を繰り出す際に行う瞬間的な出力増加──それを常に維持する。なんとも無茶苦茶なことをしようとしている、その自覚はあったが、しかしこれしかない。これを成功させる以外に道はない。俊英たるアイリスだからこそ冷静に導き出した至難への挑戦という解答。


 何より、ハルコが促しているのはこういう戦い方だという確信もあった。


「いいね」


 それを認めるように、嬉しそうにハルコが頷く。アイリスもつられるように笑みを口元に浮かべ、しかしすぐに消し、全力で魔力を練り上げる。そして変換。電気へと──電撃へと昇華させ、鮮烈な閃光の瞬きをその全身に備えていく。


 限界いっぱい、自身の臨界点へと登り詰めた瞬間にアイリスは息を止めた。呼吸をしなければ最高出力の維持がしやすくなる、などという道理は魔力操作に存在しない。だが、感覚として彼女にはそれが正解だった。


 踏み出す。


「ッッ!!」


 稲光の軌跡が少女の通り道を描く。それが端から消えていくよりも先に撃音が玉座の間に鳴り響く。高速を踏み越えて超速の域に入ったアイリスの打撃はそれでも直撃を阻まれたが、都合十数度目の拳の接触。そこでバヂリと焼き爆ぜる音がして、ハルコの片手が不自然な挙動を取った。跳ね上がったその腕には痙攣が見られる──擬態糸が破れ、麻痺が通った。観察と確認もそこそこにアイリスは更に勢い付く。


「雷華ッ!」


 ハルコの糸繰りは素早い。先程の糸の槍然り操作・生成の開始と完了が掴めない程だ。すぐに糸の防具は復活する。それもハルコがその気になればもっと頑丈で、いくら帯電状態で殴りかかろうと決して破れないようにだってできるだろう。もしもそんな代物で腕のみならず体の要所、あるいは全身を守られでもしたら詰みだ。覆せるような不利ではなくなる、そうなってしまう前に攻め立てる他にない。


 まずもって今の彼女はアクセルをベタ踏みにして最高速へ至っているようなもので、そこに引き際や加減といった概念は持ち出せない。少しでも勢いを殺せばその時点で全てが死ぬ。そう自身の様子を過不足なく認識できているが故に戦術的に「止まってはいけない」のはむしろ好都合とも言えた。


(それでも思考は止めない……!)


 かつてない速度の世界で攻撃を組み立てる。得られているスピードとパワーはいつ終わりを迎えてもおかしくない一過性のもの。であるならなど一切してはいけない。一瞬一打の漏れなく有意義に、有効的に使い切らねばならない。そのためにはやはり、どれだけの勢いがあろうとそれのみに頼るのでは駄目だ。


(この出力に見合った思考速度で! いや! それ以上で! この人を追い詰める!)


 打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ。


 器用にも後ろへ下がり続けながら防御に徹するハルコに痛打を与えるべく、とかく追いかけ、とかく打ちまくる。もう一方の腕を覆う擬態糸もとうに弾け飛び素体・・となったハルコはますます麻痺に悩まされている。が、なのにガードが抜けない。どうしても打ち抜けない。手数に加えてどれだけの工夫を重ねてみても、全速にして全霊を捧げてもまだ。あと一歩、あと一手が足りていない。


 このままでは、負ける。

 ──そう理解したアイリスは。


「ハァぁああああッ!!」

「!」


 身に纏う雷光を黒く染め上げた。



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