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443 ワクワクしちゃうな

 一際に強い気配。それが顔を叩くのでその場から退けば、寸分たがわず予測した場所へ予測した通りの勢いで打撃が突き込まれた。だがそこにもう私はいない。そう気付いた瞬間にアイリスは反転。素早く背後へと攻撃を仕掛けたが、それも遅い。私は振り抜かれた腕の数歩分は先へと移動している。


「……!」

「どんどん来て。次は避けない」


 それを高みからの挑発と受け取ったか、あるいは自ら口にした指南という言葉の通りに教授・・と受け取ったか。アイリスの踏み込みは鋭さを増し、流れるような連打が私に向かってくる。その全てを優しく手で逸らしてやりながら私は彼女の目から目を離さない。うむ、観の目はできている。完璧ではないけど戦士のそれだ。ただし攻撃が単調なのはいただけない。戦闘経験の少なさがそうさせているんだろうけど、どうにもアイリスは真っ直ぐしか知らず、リズムも一定が過ぎる。


 多少素早くたって素早いだけでは大して意味もない。


「よっ」

「!」


 それを教えるために攻め込まれながらもこちらから踏み込む。別に難しいことはしていない、ただ打撃を捌き、その腕の引き際に合わせて一歩前へ出るだけだ。もちろんこれは完璧に相手の攻撃を見切っていなければできない芸当だが、彼女相手にならこれくらいのことをするのになんの苦労もない。


 懐に潜り込まれたアイリスがリアクションを取る、よりも先に私の手が彼女の腹部へと触れた。押し込む。殴りも突きもしない、ただ押すだけだ。掌で優しくそっと、ぐっと。それでもアイリスは抗えず、たたらを踏んで後退していく。


「げほっ……」


 苦しげに咳き込むアイリスは腹に手をやりつつ、油断なく私を見据える。だけどその瞳には少しばかり違う色が滲んでいる。


 そうだ、今彼女が見ているものは正しい。実際の距離以上に私が遠く、実際の身長以上に大きく感じられているのなら、それはアイリスの見る目が確かだという証明だ。たった一度打つでもなく触れただけだが、触れただけだからこそあれは充分に私たちの間にある差を知らしめるものになった。


 そうとよく理解できているからアイリスは「ふう」と大きく息をついて。


「流石、ですね。では──」

「む」


 アイリスから伝わる気配がまた変わった。ただ攻撃的なだけだったものが、もっと剣呑な雰囲気を纏うようになったのだ。私は笑う。


「もうウォームアップは終わり? もっとじっくりやってもいいのに」

「お気遣いありがとうございます。ですが身体はとっくに温まっていますし……何より。もう抑え・・が利きそうにありません……!」

「!」


 爆発的な力の拡充──いや、横溢。それを確認したと同時にアイリスが今までとの比ではない速度で跳ぶ。目で追いかけた先でもう地を蹴っていた彼女は距離そのものを縮めるような勢いで私に迫ってきていた。アンラマリーゼを思わせる超速の踏み込み、そこに彼女独自の技術も混ざっている。まだ完全には程遠いが片鱗と呼ぶには強力過ぎる、雷鳴のように高鳴った力の鼓動。それをぶつけんと振るわれた拳を、私は受け止める。


「「……!」」


 なんて出力の跳ね上がり方だ。しかもただパワーが上がっているだけじゃない、これは……。


「電気? うッ!」

 

 アイリスから発せられるそれが強まり、触れている部分が弾かれる。腕に残る甘い痺れは高威力の攻撃を受け止めた際のそれとはまた別物だ。注意深く彼女の様子を見やると、やはり間違いない。全身にパチパチと火花のような光を纏うようにしている。


「発電能力……ってわけだ、アイリスの力は」


 魔族はそれぞれが、人類種で言うところの異能力ユニークのように魔術に分類されない特異な能力を有している。スタンギルの魔力支配や、キャンディの自己蘇生はその典型例と言ってもいい魔力では再現不可能な──少なくとも個人でこういった芸当を行える者は彼らを置いて他にはいないだろう──途方もない力だった。


 アイリスの場合は肉体から電気を生み出せるのがそれに当たるってわけだ。ひょっとしたら電気っぽいだけで実態はまったく別の何かであるかもしれないが、そもそも電気がどういうものかってのも詳しく知らない私にその判別はできないので、とりあえずはわかりやすく発電能力と思っておく。


 私の言葉にアイリスは肯定を返した。


「はい。儀式の前に力をお見せした際、参謀様もそう仰っていました。私の力は電撃を発し操ること。それは成長すれば強大な力になるとも──私自身、そう確信しています」

「へえ、そうなんだ。本気を出したことがないって割には大きく出るじゃん」


 私にも異論はないけどね。この短い攻防でもアイリスの将来性はもう担保されたも同然だ。彼女は強くなる。私なんかが手を貸さなくたって間違いなく……そう思いつつも続ける。


「でも、今のままだとハッキリ言って過大評価もいいとこだよね。電撃を発し操るって、そこまでのレベルじゃないもの。精々がちょっと強めの静電気でしかない。初めて出した本気がそれだっていうなら──」

「いえ、ハルコさん」


 静かに遮ったアイリス。その落ち着きとは裏腹に、彼女が纏う小さな火花はどんどんその数と激しさを増していく。耳を傾けなければ聞こえなかった爆ぜる音もバチンバチンとその主張を強め、目を凝らさなければ見えなかった光もあっという間に雷光を思わせる強い輝きへと変わっていった。


「これが私の本気です」


 ドクン、と力の鼓動が空間を震わせる。先の一撃はただ能力を発動させただけ。全力稼働はここからだってことか。流石にアンラマリーゼから力を授かっただけあってこれは、思った以上に凄まじいな。この時点で既に四天王にも充分混ざれるくらいだぞ。


 もちろん、彼女の裡にあるものが覚醒したのはそれを渡した張本人であるアンラマリーゼが死してからなので、アイリスが四天王クラスになったのとは順序が逆だが──しかしそれにしても、この違和感はなんだろう? 確かにアイリスは全力を出しているはずだ。そこにこまっしゃくれたブラフの匂いはしない。確実に自分に出せる全てを出している。


 はずなのに、どうにもこの子には。


「──面白い」


 ワクワクしちゃうな。今なら試練で私たちを相手取った女神がやたらと楽しそうだった理由もわかる。こうして導くべき相手が可能性の塊であるのは、大きな未来の持ち主であることは、とても愉快なんだなって。


「参ります」

「どんと来い!」


 消えた。私の動体視力を振り切るほどの速さ。だけど気配までは消えてないからには捕捉からは逃れられていない。身を沈めて斜め後ろからの一打を回避。そのついでに彼女の腕を掴んで引き倒そうとしたが、反応も早くなっている。掴まれたと同時にアイリスは強く発電。手が硬直してしまった私に彼女は蹴りを叩きこみながら退避していく。


「やるね」


 突き込まれた足裏は肘で受けたが、そこがビリビリと疼く。軽く動かせば取れる程度の痺れだが、これ。長い時間、あるいは回数を重ねて接触すると深刻になりそうだな。打撃の一瞬であってもこうなんだから組み技でも使われたら大変なことになる……全身が痺れまくってしばらくはまともに動けなくなるだろう。


 全身がスタンガン。しかも電気が身体能力の後押しまでしている。まさしく攻防一体、こういう力は便利だよね。シズキちゃんの異能力ショーちゃんがそういうタイプだから私にはその強さがよくわかる。


「じゃ、こっちもギアを上げてくよ」

「!」


 私の指先から伸びた糸に、アイリスは目に見えて警戒心を示した。



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