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442 ご指南を求めたい

「行きましょうか」


 と、アイリスは歩みを再開させる。てっきり彼女の中に例の力──アンラマリーゼから譲渡された力の一部があること。それについて打ち明けるために二人きりになりたかったのだろうと思っていたので、それをとっくに私が承知だったと判明してもなお魔王城を目指そうとすることにきょとんとしてしまう。そんな私に彼女は悪戯っぽく上目遣いをして。


「言いましたよね、『お願い』だって。魔王様から頂いた御力についても話すつもりでいましたけど、それは本題ではないんです」


 誰も入ろうとしない、近寄りもしない魔王城は内緒話をするのにも、内緒のお願いをするのにも打ってつけの場所だとアイリスは言う。魔族にとっては良くも悪くも迂闊に近寄ることさえできない禁足地かつ聖域と化している魔王城に、しかしアイリスは堂々と入り込むつもりでいる。しかも魔王その人を打倒した勇者を引き連れて、だ。


 絶対君主にして生みの親とも言える相手に、いくらもう存命でないからといってアイリスのやっていることはあまりにも不遜で、他の魔族が知れば目を回すかもしれない。少なくとも同じ真似ができる者は他にいないだろう。どうしてアイリスだけがそんな大胆な行為をできるのか……そこはやはり、アンラマリーゼから見初められたが故か。あるいはそんな彼女だから見初められたのかは、判断に迷うところだった。


 ともかく、魔王がいなくなっても未だに不可侵性が健在の魔王城は密会場に最適だってことだ。それでいて生き残りの魔族たちは魔王城の周辺に集まって暮らしているんだからなんとも、魔王と一般魔族の距離間ってものが見えてきてこれまたなんとも言い難い気分になるが。もにょもにょとする部外者ならぬ外部者である私とは違って、当事者の一人であるアイリスはどこまでもシステマチックな態度だった。


「ああ、これですね。儀式のために連れられて来たとき、確かここらをこうやって──あ、できました」


 知っている限りの魔王城の仕組みについて解説しながら──動力源・・・である魔王の魔力がもう供給されないためにそのほとんどは停止していてもはやかつての名残りでしかなくなっていたが──淡々着々と歩を進めていく。そして玉座の間、とザリークが呼称していたという部屋に通じる扉に触れながらあれやこれやと手を動かしていた彼女は、やがてお目当ての感触を見つけたらしかった。


「良かった。これは魔力供給のいらない機能だったみたいです」


 認証システム。歴代の魔王にしか開けられないようになっているその大扉は、アンラマリーゼが末代となったことでもう開かなくなっていたはずだが、しかしここにこうして魔王でこそないが魔王の力を授かった少女がいることで、まだその役目を果たさんとしていた。


 アイリスを確かに主と認めたその扉はゆっくりと開き、彼女と、そのお付きとしてだろう、勇者にして灰である私のことも歓迎してくれた。


「ここを訪れるのは二度目ですが……意外と、何も変わっていませんね」


 アンラマリーゼ、そして幹部たちと共に儀術によって契約を結んだときと部屋の様子はまったく同じだとアイリスは言う。決して派手ではない、厳かさを感じさせる、城の外観と同じく黒を基調とした玉座の間。その名の主体でもある玉座も黒い骨のような素材で出来ていて、私にも、まるでアンラマリーゼがそこに偉そうにふんぞりかえって座っている様がまざまざと見えてしまった。この部屋も部屋の本来の主もまだ生きているかのようだ。


「座ってみる? ある意味、あれの持ち主はアイリスでしょう」

「まさか、ご冗談を。玉座には王たる者が座ってこそです。力を渡された私では不足しかありませんよ。……ましてや、その力さえも満足に扱えない内は余計に」


 玉座の間は広かった。魔王城の規模からするとこの部屋だけが極端に大きくて、ここだけは連合国の王城にも負けていない。魔王が座す場なのだから当然と思うべきか、バランスが悪いと建築センスにケチを付けるべきかは知らないけれど。わざわざ魔王城の中でもこの場所を目指したアイリスの意図が私にもなんとなく見えてきた。


 この城は、特にこの部屋は、とても頑丈そうだ。おそらく魔王の魔力がなくとも堅牢ぶりは連合国の城塞と比較しても随一のものだろう──そう見て取った私へアイリスの流し目が送られる。


「お願いというのは他でもありません。ハルコさん。あなたに一手、ご指南を求めたい」

「指南──どうして?」


 どうしてそんなものを求めるのか。そしてどうしてその相手が私なのか。ふたつの意味を込めての問いに、彼女は朗々と答えを返した。


持ち腐れ・・・・は避けたいですから。あなたの言う通り、たとえ私がこの力をなんとせずとも魔王様はそれを不満にはお思いにならないかもしれません。ですが……それでは私が嫌なんです。魔王様から受け取ったものと、きちんと向き合いたい」


 そして、とアイリスは続けて。


「そのためにまず助力を願うべきはあなたを置いて他にはいないと。初めて会ったあの日から私には、それがわかっていました」

「……そうなんだ。アイリスも」


 一目見たその瞬間から、互いに感じるものがあった。そうと言われてしまっては私も断れはしない。──たぶん、そうじゃなくても断りはしなかったと思うけど。


 なんにせよ、突飛なお願いではあるけど私に戸惑いはなかった。これが魔王の力に突き動かされてのことだったなら、もう少しどうすべきか悩みもしたかもしれないが、見た限りアイリスはちゃんと自分の意思で選択をしているし、自分の意志で戦うことを選んでいる。生き残りの魔族がこれからも環境を変え存在を変え、生き続けていくと選んだように──彼女も、そんな彼らのリーダーになって。魔王に代わる導き手になっていこうとする、そういう決意が、ひしひしと感じられる。


「やっぱアイリスはいいリーダーになるね。いや、もうなってるか」

「……以前にもそう仰っていただきましたね。あの時も大概に虚を突かれたものですが……本当に、あなたには驚かされてばかりです」


 笑い合いながら自然と距離を取る。玉座が見下ろす部屋の中央で、私たちは十メートルほど間隔を空けて向かい合う。魔王城は静かで、涼やかだ。閉じ切っているのに空気がこもっておらず、逆に澄み切っているように思える。陽の光もなく、私が灰でなければ、そしてアイリスが魔族でなければ暗くて黒くてまともに物さえ見られないような重さを感じさせる空間の中で、しかと視線が交錯する。


「おわかりかとは思いますが」


 と手足を揺らしながらアイリスが言う。


「私、まだ一度も……本気で戦ったことがないんです。だから、下手くそだと思います。そこはどうかご容赦をください」

「だろうね。でも大丈夫、力を引き出すやり方には私も慣れてるから。ま、引き出してもらう側だったんだけど……」


 でもやることは同じでしょ。ということで構えを取る。戦闘を行う。そう意識した私に、何か感覚から伝わるものがあったのか。アイリスの気配もピリッとしたものになって、いかにも見様見真似といった具合の構えを作る。ふむふむ。戦闘経験が皆無ってわけじゃなさそうだ──けど言う通り、本当の意味での戦いを経験したことはないと見受けられる。


「いつでもどうぞ」

「胸をお借りします」


 アイリスが動く。



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