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441 好きにすればいい

「祈り?」


 それは予想だにしていなかったワードだった。思わず聞き返せばアイリスは「はい」とどこか神妙に頷いて。


「何に対するどんな祈りなのかまではわかりませんけど……切に願う想いが確かに、魔王様の胸の内にはありました。私はそれを力と共に受け取ったんです」

「そっか……」


 確かに、アンラマリーゼはあれでいてただ暴れたいだけの狼藉者ではなかった。人類に仇なす危険な存在であったことは間違いないが、決してそれだけの奴じゃなかったんだから、アイリスが彼女との繋がりからそう感じたのもわからなくはない。


 そうだ、「繋がり」なんだ。アンラマリーゼは死する前にそれを残したかったのか。自分の存在だけじゃなくて、四天王や側近との間にもあったそれを……自分が全て持っていってしまうそれらを世界に残したくて、アイリスへ力の一部を渡したのかも。なんて、こんなのは私の想像であり妄想でしかないけれど。でも的外れではない気もするな。


 ただ一点、彼女自身も言っていたようにそれを渡す相手をどうしてアイリスにしたのか。戦死を避けさせるために魔王軍以外の魔族から選ぶにしても何故、まだ同胞の中では若く、本人曰くに特にそれまでアンラマリーゼはおろか幹部たちとも接点があったわけでもないというこの少女を見初めたのか、そこだけは大きな謎ではあるが……まあ、それもいくら考えたって想像の域を出ないことであり、また突き止めたとしても何が変わるわけでもない。


 選ぶに足る理由があったにせよ、もしくは理由なんて何もない偶然の選択だったにせよ、アンラマリーゼはアイリスという後進へ「証」を与えた。肝心なのはそれだけなんだから。


 そう思うと、私も少し晴れやかだ。最後に見たアンラマリーゼのあの笑顔。感じ取ったあいつの想い。苦しくて辛いあの決戦を通して、けれど不思議と最後まで嫌うことも憎むこともできなかったあいつの抱えていたものが、なかったことにはなっていない。少なくともアイリスにはおぼろげにでも伝わっているし、彼女はそれを大切に扱っている。それが私にはとても幸いなことに思えた。


「あんまり気にしなくていいと思うよ。あいつが何を考えて、何をやりたかったか。そんなのは結局、今を生きているアイリスには……これからを生きていく魔族には関係のないことだもん」


 全ての魔族の親とでも言うべき魔王が不在である以上、もう新しい魔族は生まれない。前述の通りにそれは間違いのないことだが、しかしそこには「現状のままであれば」という注釈もつく。魔王と勇者システム。それありきで魔族は作り変えられた種族であり、元は魔人というれっきとした人類の枠組みにいたのだ。そしてそれを変貌させた張本人たる初代魔王は、その生まれ変わりである歴代魔王、それから魔力の発生源であった魔王城の機能共々に、もはやこの世のどこにもいない。であるなら可能だ。


 女神ならば魔族の変質を解いて魔人に戻すことも、充分にできる。


 それが叶ったなら他人種との共存ももう少し楽になる。心理的なハードルがすぐに下がるってことはなくても、人っていう種族の内側に戻れさえすれば……そしてトラブルが起きたりしなければ、あとは時間が解決してくれるだろう。何せ魔族が持つ破壊や殺傷への欲求は強調されたものであって、魔人に戻ればそれだって幾分も和らぐんだからきっとなんとかなる。


 まあ、特殊な生態がなくなっていきなり人の身になるとなれば魔族自身が一番戸惑うだろうから、他人種との距離間も含めて最初の内はだいぶ混乱もあるかもしれないが。そこは私たちのサポートでどうにかしていくしかない。その混乱が大きな問題に発展したりしないよう助けていくつもりだ。


 ただ、人に戻すのは今すぐにってわけにもいかない。魔人を魔族へ仕立てたのだって干渉だ。なのでもちろん、魔族を魔人へ仕立て直すのだって干渉である。女神がおいそれと干渉を行なえないのは既に話した通り。特に今はいよいよ波が始まってこれからどれだけ女神の助力が必要になるかわからない、とても繊細で重要な時期でもある。ひとつの種族を「白」に組み入れるというのは決して小さな干渉ではなく、やっちゃえば一気にリソースが減ってしまうため、間違ってもこのタイミングで実施はできないってことだ。


 なもんで魔人への復帰は波が収まったあとで、になるかな。人類圏を守るための戦力としても期待しているからにはなおさらそのほうが都合がいい。魔族は凶暴になり、他の人類が行う営みを捨て去っている代わりに、超強い。生き残った非戦闘員の魔族だって連合国の鍛え上げた精兵と同等かそれ以上の強さはあるだろう。一対一では人間はおろか頑丈なドワーフや身体能力に優れた獣人だってまず勝てない、それが魔族なのだ。だからそれを戦力として取り込めるのならとても魅力的で、そのメリットもあるからこそ各国も私の提案を受け入れてくれた側面もあるに違ない。


 のだが、魔人に戻ってしまえば魔族ならではの強さは当然に失われるものと思われる。断定こそできないがこれはほぼ確実にそうなるはず。となればせっかく強力なユニットをゲットできたと──それを懐に配置するリスクも飲み込んで──喜んでいた人々も肩透かしを食らってしまうことになる。魔人に戻っても元から彼らは他人種より頭ひとつ抜けて強かったのだから決して戦力にならないってことはないが、やはりパワーダウンは否めない。


 そういう点も加味して、アイリスたちが人になるのはどうしても全てが終わったあとがいいって話だ。そこまで合わせて既に彼らには説明を終えている。女神の手を借りるということ、そして人になるという現在の魔族にとっては未知が過ぎる出来事を前に不安を覗かせる者も少なくはないようだが、こちらも方向性は定まっている。魔族は魔人に戻ることを選んだ。移住するならそれもセットだと事前に互いの確認は取れているのだから、つまりそういうことである。


「魔王様はどうお思いになるでしょうか。魔族が……自身が力を遺した者が、人になろうとすることを。四人種を征服するのではなく、反対に取り込まれてしまうことを」

「怒るかもって? ないない、それはないよ」

「随分と簡単に言い切りますね」


 気を悪くしたかと思いきやアイリスは純粋にただ疑問を抱いただけのようだった。透き通るような青い瞳が何故そこまで魔王のことがわかるのかと問いかけてくる。私はなんだか気恥ずかしさを覚えながら答えた。


「ま、なんていうか。お互いに勇者と魔王、不倶戴天の敵同士ではあったけど……遊び相手でもあったから。あいつは確実に私のことをそう見ていたと思う」

「遊び相手、ですか。では世界征服という受け継がれてきた悲願も、魔王様にとってはお遊びだったと?」

「うーん。あいつがそういうのを自分の中でどう定義付けていたかは知らないけど、遊んでいたかどうかで言えば間違いなく遊んでいたよ。あいつは戦いを楽しんでた、心からね。それが魔族らしさなのか魔王らしさかってのはともかく、要はそういうことだよ」

「そういう……?」

「『自分は好きにしたから、あとのことはあとの者が好きにすればいい』。そう割り切る奴だったってこと」

「──なるほど」


 それまで不思議そうにしていたアイリスが、そこで何かが腑に落ちたのか、ふわりとした笑みを見せた。それに私は──顔付きなんてどこも似通っていないのに、ふとアンラマリーゼの面影を見た気がして。なんとも言えない気分にさせられた。



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