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440 儀式の対象

「…………」

「…………」


 無言で見つめ合う。しばらくそうやって互いの意思を確認するようにしてから、ふっとアイリスは小さな笑みを口元に作った。


「驚きですね。今まさにそうと打ち明けてこちらこそ驚かせようと思っていたのに……いったいいつからお気付きに?」

「最初から感じるものはあったよ。でも確信したのはやっぱり、アイリスとこうしてよく話すようになってからかな」


 力の鼓動、とでも言えばいいのか。そういうものが彼女の内から──裡からしっかりと聞こえてくるのだ。それを私はよく知っている。他でもないアンラマリーゼから感じたものと似ている、ほとんど同一と言ってもいいその気配を、よもや私が勘違うはずもない。私だけは、それを間違えてはならないんだ。


「驚かすなんて言っても、そもそも隠そうとしてた? そういう感じはしなかったけど」

「ええ、特には。あなたにだけはどうしてか強くこの胸が反応もするものですから、隠しようがなかったと言うのが正確ですかね」


 どうしてか……それはアンラマリーゼを仕留めたのが私だから、なのだろう。あるいはそれ以上に、アンラマリーゼの意識に誰より強く焼き付いた人物が私であるから、という可能性もある。いずれにしろアイリスにはわからないことだ。私たち勇者一行が魔王を打倒したという情報はもちろんに知っている彼女だが、その仔細までは教えていない。どういう経緯を辿って決着となったのか、また決着の瞬間に何があったかなんて、わざわざ事細かに話すようなことではないからだ。


 なので、アイリスからすれば私に対して抱いてしまう「それ」の理由は一切が不明で、きっと気持ちが悪く思っていることだろう──と思いきや彼女はそのこと自体にはなんら疑問もないようで。


「あなたがわかっているのなら、それでいいです。魔王様もきっと御満足でしょう。私の知識や認識の有無とそれは何も関係のないことです」

「……どうしてアイリスの中にあいつの遺した力があるのか、聞きたいな」

「ええ、それも勿論、あなたが知りたいと言うのなら包み隠さずお教えしますが──それにしても『あいつ』とは」


 ふふ、と可笑しそうに吐息を漏らすアイリスの表情は初めて見ると言ってもいいくらいに、明るかった。こうしていると見た目の歳相応に可愛らしい少女でしかないが、額にある立派な黒い角が、縦に瞳孔の伸びた瞳が、彼女があくまでも人間とは違う生き物であることを常に主張してくる。


「魔王様が執り行った儀式……儀術と呼ばれる血と命を糧とする魔術についてはご存知ですか?」

「うん、アンラマリーゼ本人から聞いてる。なんでもそれで力を与えて幹部たちを他の魔族以上に強化して、その幹部たちが死ねば貸した以上の力になって帰ってくるようにもしてたんだよね」


 そしてそれの一環でキャンディの復活能力を取り込み、自身で使用する代償として魔王城の魔力を捧げた。それによってアンラマリーゼは百年を経ずしての蘇りを可能とし、けれどそれでも負けたことで百年後の復活さえもない完全なる死を遂げた。歴代の魔王の誰もやってこなかったこんな前代未聞の行いをアンラマリーゼがやったのは、しかしそれこそ初代魔王が誕生したそのときから運命として決定付けられていたようなもので、元を正すならこれも女神の導きだと言えなくもないが……ここら辺を話せばすごくややこしいことになるし、私では上手に説明できる気もしないので、ここでは口にしないでおく。


 何より女神を快く思っていないアイリスに──何度も言うがその感情は魔族として抱いて当然のものだ──こんな話題を出すのはわざわざ地雷を踏み抜きに行くようなもの?沈黙は金、の言葉通りに控えておくのが正解だろう。なんでも事実を言えばいいってものではないのだ。


 私の理解を確認して、アイリスはひとつ頷きを返してきた。


「なら話も早いですね。その儀式の対象に私も選ばれていたんですよ。ただし、幹部の皆様とは少々異なる形で、ですが」


 血を媒介として力を貸し出し、それから取り立てる往来の関係性にあった魔王と幹部たちと違い、アイリスに関して魔王は一方的に「与えるのみ」だった。それも自分の死を起点として力が目覚めるようにした、完全なる譲渡としての契約だ。アンラマリーゼが完全なる死を遂げた三年前のあの日あの時、つまりアイリスにはそれがわかった。瘴気の消滅や私たちの来訪を待たずして魔王の敗北が伝わったことになる──そしてそれは同時に、ただの一魔族でしかなかった彼女に特別な力が宿った瞬間でもあった。


「アンラマリーゼがそんなことをした理由は……」

「わかりません。それは、私にもまったくの謎なんです。どうして私が選ばれたのかも」


 自分の意志を継いでいく者を残したかったとか、ともすればアイリスの肉体を乗っ取って自分自身のバックアップを用意しておくつもりだったとか。未来での復活を捨て去った強攻策に出ていたアンラマリーゼからすればどちらもやっていて不思議ではないことにも思える。ザリークの入れ知恵だったりすればもっとあり得るだろう……けれど、それは理屈の上での話だ。私の中ではちょっと整合が取れない部分もある。


 これまたなんとなくでしかないけど、どうにもあのアンラマリーゼのすることではない気がするんだよね。後継者だとかバックアップとかを気にするのは。いやまあ、あいつはあいつで拘る部分とそうでない部分がイヤな具合にハッキリとしている奴でもあったから、別にザリーク主体でなくたってそれが必要だと思えば、そしてプライドに障ることがなければどんなあくどい真似だってさらりとやってのけるだろうけれど。


 しかし自分が負けたあとの保険を考えるようなタイプではなさそうに私には思えるんだよな。傲岸不遜の自信家だったアンラマリーゼだ。そんな彼女が己の敗死をまず考えるかってのと、考えたとしてだからって後の者に「託す」だとか「乗っ取る」だとかを策として採用するかっていうと、ちょっと微妙だ。


 あいつが生まれ持った使命とは別に個人としての喜びも──生の実感や戦いの熱も大事にしていたのはその相手をした私だからこそ理解している。もちろんあいつには勝ちしか見えていなかっただろうがそれでも、万が一にも負けて散るならどこまでも派手に燃え尽きたいと。そこで果てたいと願う奴だったはずなんだ、アンラマリーゼは。


「ただの遊びかもしれない」

「遊びですか」

「そう……アイリスに魔族解放の悲願を託したりとか、後々にその力で自分が復活するつもりだったとか、そういうんじゃなくてさ。欠片でもいいから世界に、この先の未来に『自分がいた証』を残したかっただけで。それがどういう結果になろうが、あるいは何にもならくたってどうでもよかったのかも」

「残すこと、それ自体が目的だったってことですか」

「うん。初代魔王から続くものを自分の代で終わらせるのを、ちょっとは惜しいと思っていたみたいだし。全部とは言わずとも受け継がれてきた力を誰かに渡すための準備くらいは、あいつもしておきたくなったんじゃないかなって」


 もう魔王は生まれず、魔王の魔力から生まれる魔族ももう新しくは生まれないが、それはアンラマリーゼが憂慮するようなことではない。魔族を率いる者として自身がいなくなったあとのことだって考えて然るべきだけど、それはやっぱり魔王のやることではないから……なので、彼女がしたかったのは単に「魔王が存在していた」という事実そのものを消さないことだったんだろう──と、私は思うのだ。


「同感です。私も、魔王様は自分以外の誰かに後を引き継いでもらいたがるような方ではなかったように思います。儀式で血を与えられて感じたものは……ある種の純粋な祈りでした」



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