439 遺した力
意外とすんなり了承してもらえたことに少しばかりの意外さを味わう。シズキちゃんは私の目を避けるみたいに顔を背けがちに言った。
「わかり、ました。ハルコさんがそう仰るのなら……わ、わたしは何も言いません。ハルコさんのことを信じていますから!」
私に、というよりもアイリスへ聞かせるためであろうその言葉に私が何か言うよりも先に。
「では行きましょうか、ハルコさん。案内したい場所があるんです。私と『二人きり』になりますけど、何も問題はありませんよね?」
これまた、私に投げかける形を取っておきながら明らかにシズキちゃんへ言って聞かせるようにアイリスがそう口にした。二人きりの部分が聞こえよがしに強調されたその言葉にシズキちゃんは見るからに「ぐぬぬ」って顔をしたが、私に見られていることに気付くとまたさっと顔を隠すように俯いてしまう。心なしかその頬が、それと耳が赤くなっているようだけど……そんなに耳元で囁いたのがくすぐったくて堪らなかったのだろうか? だとしたら申し訳ない。次からコソコソ話するときはもっと気を付けるか、もうやらないようにしよう。
ともかく無用の挑発に対して恐れていた反対の声も上がらないようなので私はアイリスと一緒に講堂みたいな建物を後にすることとなった。その場に残ったシズキちゃんとカザリちゃんはリーダー筆頭みたいな立ち位置にいるアイリスの、こちらは右腕と左腕的な立ち位置にいる二人の魔族──どうやらこの二人は魔族の中でも特に高齢と若年のコンビらしい、相変わらず見た目ではまったくわからないが──と詳しく話を詰めておいてくれるようだ。
私が不在であることへの不安は一切ない。一応は(魔族との付き合い方についておすすめをしたのがそもそも私であるために)責任者という立場にいるものの、だからと言って何もかもを決定しているわけでもなし。私がいなくたって話が進まないってことはないのだ。それにカザリちゃんの優秀さは言わずもがな、シズキちゃんだって何かとあわあわしがちだけど地頭がいいので落ち着いていれば問題なし。まともに学校に通っていなくたって理解力とか発想力にはあまり関係しないのかもね。
……とするとちゃんと学校に通っているしそれなりに頑張って勉強もしているのにそうじゃないシズキちゃんやナゴミちゃんとさほど変わらない、どころか劣るまである理解力しかない私って──いや、やめよう。これは深掘りしたって誰も幸せにならない話題に違いない。なのでその先へと進みかけていた思考にストップをかける。
何はともあれ、アイリスのお願いだ。いったい私に何をさせたがっているのか、今気にすべきはそっちだろう。
「魔王城です」
集会場から離れて、アイリスに連れてこられたのはそこから程近くに鎮座している黒い城。初代魔王が女神と共に作り上げた根城にして復活地点である異様の建物だ。
と、禍々しく紹介したがそれも過去のこと。瘴気とまで称された濃密な魔力の発生源だった頃にはあったであろう「魔王の棲み処」としての迫力なんて今はもうない。もちろん、真っ黒な建造物ってだけでも一定の不気味さはあるけど、感じるものはそれくらいである。もうこの城は空っぽなんだと、私には外身からでもそれがよくわかった。
「こうしてみると、意外と大きくはないんだね」
もう何度か目にしてきているが、改めて近くから眺めると造りの凝り方はともかく規模としてはかなり小さなお城だ。ルーキン王が居城にしている建物と同じくらいしかないんじゃないかな? 王城全体とは比べるべくもない敷地面積の差があると言っていい。
「そうでしょうね。ここは、魔王様だけがお使いになられていた場所ですから。特別な儀式を行う以外では四天王や参謀様も入城できなかったようですよ」
「へえ」
新情報に少し驚きつつも、納得もする。同じく王の住まう城だと言っても連合国の王城とはまったく由来も、用途も異なるのが魔王城だ。腹心である参謀役や、幹部である四天王たちであってもおいそれとは使わせないのは当然と言えば当然かもしれなかった。何せ魔王の強さの源であると同時に絶対に害されてはいけないウィークポイントでもあるんだから。
もちろん魔族は魔族である時点で魔王に逆らえず、どんな行為であれ害する真似なんてできっこないけれど、要はそれだけデリケートな扱いが求められる大事な場所だったってことだ。連合国で言うところの大陸魔法陣の要点みたいなものだね。魔王からすればそれ以上だったろうが。
それにしても魔族からもこの城は「魔王城」と呼ばれているんだな、と今になってなんとなくそれが面白く思えた。なんかゲームチックな響きが強いもんだからさ、この単語。まあガチで魔族や魔王が存在するこっちの世界の人々からすればこの感覚は理解できないだろうから何も言わないけれども。
「先の集会場は魔王軍も利用していたんですよ。あそこで参謀様が作戦をお伝えになられて、兵士たちが魔王様の御意思を知った。魔王様が直接に指示を下すことはなかったと聞いています」
どうやら魔王軍には兵士だけでなく雑務を行う小間使い的な魔族もそれなりにいたようで、彼らは戦いに赴くことこそなかったがその手伝いをしていたんだとか。そうか、考えてみればそうだよな。この魔王城周辺のいくつもの建物だって誰か建てる人物がいなければ存在していないわけで。魔王が手ずからに「力を与えた」のだって四天王と側近だけなんだから、百人超いた一般兵の世話をしていたのはつまりザリークとそのお手伝いたちだったんだろう。
アンラマリーゼが大勢の魔族を手厚く扱っている様も思い浮かばないものだから、これも納得だ。で、そのお手伝いだけをしていた魔族は戦いに出ていない以上は生き残っていて、あの集会場かあるいはこの周辺のどこかにはいるわけだ。
「なんだか皮肉ですよね。四人種に打ち勝ち、大陸を制覇するための会議が行われていたあの集会場で、今では正反対のことが話し合われている。大袈裟かもしれませんが私にはこれが、時代が移り変わったことの象徴のように思えるんです」
歩を進めるアイリスの言葉には特別な感情は何も窺えず、ただ思ったままを口にしているだけといった感じだった。案内らしく私の前を行く彼女の表情までは見えないが、きっとその顔にだって色と呼べるだけの何かは浮かんでいないのだろう。……ただ、だからこそなのか。私にはそこに無視できないだけのアイリスの気持ちがあると、そう思えてならなかった。
「アイリスは魔王軍の内情に詳しいよね」
「ええ、まあ。以前からこの近くに居を構えていましたし、何故かこうして代表のような立場を預かってもいますので。知っておくべきことを知っておこうと多少は行動もしました」
「雑務係だった魔族とか、色んな人から話を聞いたって?」
「はい」
「でもそれだけじゃないんでしょう」
「どういう意味ですか?」
「もう隠さなくていいよ、ここまで来ればシズキちゃんたちの耳にも届かない」
私も心が伝わってしまわないようにちゃんと扉を閉じている。なので、ここでした話は正真正銘に私とアイリスだけの秘密にすることができる。というのをアイリスにもわかりやすいように言葉を選んで告げれば、彼女は足を止めてこちらに振り返った。
「あなたには、何が見えているんです?」
「見えちゃいないよ。でもなんとなく聞こえるんだ──アイリス。あなたの中に、あるよね。『アンラマリーゼの遺した力』が」




