437 アイリス
「結論なら出ました。私たちは移住を希望します」
おおっと。マナーを守って徒歩で訪れた集落、その中でも一際に大きい講堂チックな場所で対面した魔族の少女が開幕そう言ったものだから、回答をせっつくつもりだった私としてはちょっと面食らってしまった。
いやー、まだこうして集まっているからには議論が続いているんだろうと決めつけていたんだけど、どうやら既に全員での意思統一は済んでいたようだ。この集会は話し合いのためじゃなくてこうしてやってくる私たちを出迎えるためのものだったみたい。
そうとも知らずにタイムリミットだから今すぐに結論を出すように、と挨拶もそこそこに催促をした私に魔族の少女──アイリスはむっとしたようだった。魔族残党で私に対してこんな態度を取るのは珍しい。内心は別にしても皆、魔王を倒した者には割と──その態度が強さ絶対主義の魔族らしいものか、あるいはらしからぬものなのかは判断に迷うところだけど──丁寧に接してくる。明け透けに反抗的な言動は見せない。というのに、この子だけはそういうのを隠そうとしないんだよね。
今みたいにむっとすればむっとしているのを前面に出すし、嫌味な口調まで使ってきたりもする。それがぜんぜんイヤじゃないので私はこれまでにも好んで彼女に話しかけてきたし、それに伴っていつの間にか私の応対をするのは彼女の仕事になったようだ。これは端的に助かることだった。変に警戒の見え隠れする遠慮や配慮をされるよりもお互いにずばずばと言いたいことを言い合えるほうが会話はずっとスムーズになるし、こっちとしても妙な気の利かせ方をしなくて済むからね。
外からみれば掘っ立て小屋だけど中身は割かし綺麗に整えられているその広い空間を見渡して、確かに誰も不満を露わにはしていないと確認する。これも内心までは窺い知れないことだけど、少なくとも表立って異論を唱えたがっている者がいないっていうのは間違いなくて、それなら私も構わない。
ここにいるのはざっと三百人ばかしかな。外には魔族の中でも子どもに当たる若い子たちが遊んでいて、そしてそもそも話し合いに参加していない──そのスタンスは「なんであれ決定された内容に従う」という思考の放棄なのか魔族としての在り方の否定なのかよくわからないものだ──のが百人近く。魔王城周辺に集まってはいるけど色んな意味で前向きなのはこの場にいて、なおかつ積極的に発言している者たち。実質的に現在の魔族を率いる先頭集団だと言える。
つまり、合計五百人ほどの生き残りの今後を率いるリーダー格たち。の、中でも常に議論の中心にいて、こうして外部の者とのコンタクト役を担っているこのアイリスこそが筆頭だ。本当は議論に参加させるには成熟していないと大人の面々から判断された外の子たちと一緒になって遊んでいてもおかしくないくらいの年齢らしいんだけど(エルフなんかと同じように長命の魔族は見た目からじゃあまり世代の区別がつかないのよね)、とてもそうとは思えないほどの落ち着きと思慮が彼女からは感じられる。
態度を取り繕わないのも幼さからではなく、この歳にして成熟された立派な矜持と、そうすることが「私を喜ばす」とどこかでわかっているからこそのもの、という気がする。あくまで私がそう思っているってだけで本当のところは定かでないけれど。
「わかった、そっちが納得できてるなら私から言うこともないよ。候補地については?」
「そちらも決めています。A案……第三大陸を希望します」
「……否定ってわけじゃなくて、どうしてA案にしたのか聞いてもいいかな」
「第一か第二を望むと思いましたか?」
「まあ。直に戦ってきた連合国だと居心地悪いかなって」
だからって支援国だらけな上に監視がないわけじゃない第一・第二大陸の居心地が彼らにとっていいってこともないが、だとしても連合国内に住むよりは環境的にマシなんじゃないかと……何より広大で元々「魔人」の居住地であった第一・第二は魔王率いる魔族たちが征服して取り戻そうとしていた元来の場所でもあるのだから、やっぱりそっちを選ぶほうが多数派になるんじゃないかと私たちは予想していた。
けど実際に選ばれたのは連合国。ってことは多数派を抑えつけてでも、あるいは予想に反してそちらが多数派になるほど、何かしら連合国を希望するに相応しい理由があるってことだ。
私のオブラートに包まない物言いにもアイリスは特に反応を示さず、淡々と答えた。
「例の『頼まれごと』に関して、広い第一・第二へ移り住むとなると散らばされそうな気がしたので。以前にも言いましたように戦うことは構いませんが、できれば全員で、ひとつ所に固まっていたいんです。今後の私たちにはそういう生き方が大切だと思うので」
「そこまで広くもなければ兵士の密度も高い連合国なら、バラされて配備されずに済みそうだってこと?」
「はい。勿論、そうしろと命じられれば従いますが」
「あー……実はね」
アイリス及びに議論に積極的な魔族たちの読みは冴えているし、服従の姿勢を取りつつもできる限りに自分たちの利を守るベストな選択をしようとしていて実にクレバーだけど、生憎と私が示せるのはその賢しらさに見合った返答ではなかった。何せついさっき波への認識が変わったばかりだからさ。
というわけで。仲間が第一・第二の各国と協議のし直しをしに出掛けたところであり、それの結果次第で魔族の移住地も決まることになると何も隠さずに伝える。私から希望が連合国であることは話しておくと約束したけれど、だからってそれが優先されるという約束はできない、とも言い含める。それに対してアイリスは少しだけ眉根を寄せて厳しい目をしたけど、特に不満を述べることはなく。
「そうですか。わかりました」
とだけ言った。あまりの簡素ぶりになんだか私がそわそわとしてしまう。振り返ればシズキちゃんは曖昧な笑みを浮かべているし、カザリちゃんは軽く肩をすくめるだけだった。
「なんか、ごめんね。前はなるべく希望通りにするって言ったのにこんなことになっちゃって」
「いえ、状況が変わったのなら仕方がありません。あなた方のせいでもないんですから謝罪は不要かと」
「それは違うよ。礼に欠けることはできない」
「礼? 礼ですか」
ふ、とアイリスの鼻から漏れた息はただの呼吸のようにも、何かを嘲笑っているようにも聞こえた。
「これ以上にどのような……いえ、そもそもあなたが私たちに礼を払う意味なんてあるのですか? 元より私たちの全てを決める権利を持っているというのに」
その言い草は、あたかも魔族に話し合うことを許しているのが──もっと言えば彼らを「生かしている」ことも単なる気紛れだろうと言わんばかりだった。そしてそれは大きく間違っているわけでもない。
言ったように彼らはとても難しい立場にいる。それは彼ら自身だけでなく、彼ら以外にとってもだ。連合国、並びに四人種の主要国家は魔族を根絶させないと約束したが、その決定には私たちの……いや、私の意思表明が大きく関わっている。
生かしたいと、私がそう言ったから。それが魔族にも、魔族以外の人々にも、より難しい未来を歩ませることだと知りながらそうしてほしいと頼んだから。こうして彼らは生きているし、これからも生きていく。そうでなければ、たとえば私が反対に遺恨は全て断ち切るべきだとでも訴えていれば、各国も異論なくそれを受け入れたはずだ。
喜んで彼らを──一人残らず根絶やしにしたはずだ。




