436 魔族残党
前回、第一・第二大陸の各国へと赴いたのはコマレちゃんとナゴミちゃんのコンビだった。本当なら国の代表たちとは灰の総出で顔合わせをしておきたかったのだけど、予期せぬ強魔物の動きに備えて全員で連合国を留守にするわけにはいかないと考えて私、カザリちゃん、シズキちゃんは居残りすることにしたのだ。
人選にそこまで深い意味はない。賢くて説明上手なコマレちゃんかカザリちゃんは行くのが決定。でも二人揃ってだと遠距離組と近接組が偏ってしまってバランスが悪いので、とりあえず最初はコマレちゃんにして、同行者はナゴミちゃん。で、次の機会があればカザリちゃんと私のコンビで行こう。シズキちゃんには悪いけど私たちの中でも珍しく極めてオールラウンドに戦える彼女には基本的に常に留守番を任せることになるだろう……っていうのが以前に共有した認識だった。
なので、こうしてまた各国を訪問し直す必要性が出てきたからには取り決め(というのもちょっと大仰だけど)の通りにハルコ・カザリのコンビが出向くのが道理、ではあるのだが。だがしかし、発案者であり妙案を思い付いた張本人でもあるコマレちゃんこそが各国代表へ説明するのに適切な人材だ。そこを無視してまで顔合わせに拘る意味もないだろうってんで、今回もまた前回同様のコンビで大陸を渡ってもらうことになった。
まあ、仮に発案者がコマレちゃんでなくても事は先を急ぐんだ。既に顔見知りになっている二人が出張ったほうがその分だけ話もスムーズに進むだろうし面子は下手に変えないのが吉だろう。
残念だけど──いや、実際にはさほど残念とも思っていない。だって使命感もなしに流されるままルーキン王と謁見したあのときとは違って今の私は灰という立場の責任とか重さがそれこそ重々に理解できているために、その状態で数々の国を巡って王様やら頭領やらと会談していくのはぶっちゃけ億劫な仕事だ──私とカザリちゃんの第一・第二大陸の訪問はまたの機会だね。途中に挟まった赤裸々な本音は見なかったことにしてくれてもいいよ。
そんで。急ぎだと言ったように、この結論が出た時点でコマレちゃんとナゴミちゃんはすぐに出発した。第四大陸は狭いので今頃はもう第三大陸との境海に出ているんじゃないかしら。今の二人の移動速度ならそれくらいは軽いはず。……自分で言っていて私たちってばつくづく人間じゃないなって呆れちゃうよ。ひとつの大陸から大陸への移動を生身で行って、それが大層なことでもなんでもないんだから。普通に空を移動できるようになったときにも同じような感慨に耽ったものだけど、そこから今日までにも何回も壁を越えてきたものなぁ。
「お、あれだよね?」
「そう。集まっている気配もする」
「他にそういう場所は、この周辺にはありませんしね」
「じゃあ間違いないか。前より小ざっぱりしてるから別の場所みたいだ」
大急ぎで飛んでいった(これがなんの比喩的な表現でもないのが少し笑える)二人を見送った私たちが何をしているのかと言えば、魔族残党の皆さんの下へ向かっているところだ。コマレちゃんたちと違ってこうして徒歩で移動しているのは以前、同じように魔族たちが話し合いをしている場へお邪魔したときに文字通りにその中心へ飛び込んで登場したのがえらく不評だったからだ。
魔族としては心優しい穏健派ばかりの集団なので、不倶戴天とも言える人間──本当は灰なんだけど結局魔族から見ればどっちも変わらないに違いない──が降って湧いてきたとなったらそりゃたまげるし、心臓にも悪い。と納得しかしなかった私はそれを深く反省。私の先導に従ってくれたシズキちゃんとコマレちゃんにも謝って、今度から二度とこんな真似はしないと約束をしたのだった。
ちな、なんで私が先導していたかっていうと、それより前にも私は一人でこの第四大陸を訪れていたからだ。その目的は魔族たちに「魔王軍の敗北」と「今後の魔族の扱い」について触れて回ること。争いに敗れた陣営に対してそうやって勧告を行うのはどうしても脅迫めいた行為になって気持ちのいいものではなかったけれど、しかし今代の魔王と最も長く戦い、そしてトドメを直接に刺した者として、この役目ばかりは他の誰かに押し付けるわけにいかなかった。私は率先してそれに名乗り出て、皆の同行まで断った。
もちろん危険だと指摘はされたし、それは真っ当過ぎるほど真っ当な意見でもあった。非戦闘員の魔族が私に敵うかはともかく、今後を思えばそもそも争いに発展すること自体が損失だ。で、勧告人が私一人だけっていうのは魔族たちにも良くない考えをさせてしまうかもしれない、とても危うい真似だ。単独と複数人じゃぜんぜん与える印象も違ってくるからね。そういう意味での危険だ。
ただ、何人固まっていようと私たちの見てくれは所詮、ただの少女でしかない。侮る者は数をどれだけ揃えようが、たとえ灰としての片鱗を振り撒いていようが構わず侮ってくるだろう。逆にそういう部分を敏感に感じ取って慎重な対応ができる者は、私が一人きりだからといって迂闊なことをしたりはしないだろう。つまりどっちみちのことじゃないかと持論を展開して、そこに加えてこの仕事を任されるにあたっての意気込みも語れば、皆は一応の納得をしてくれた……という流れだった。
シズキちゃんだけはそこからもう少し苦労したけどね、落ち着かせるのに。最後の最後まで粘ってきて、なんとか了承してくれたと思ってもついてきたいっていう雰囲気をアリアリに出しまくっていた。それを無視するのは心苦しくもあったけど心を鬼にして私は単身で第四大陸へと向かい……まあ、懸念していたようなトラブルは特に起こらず(ちょっとした言い合いにはなったりもしたけど)、魔族たちは私の説明に耳を傾け、そして「これから」について頭を悩ませる日々が始まったわけだ。
前述の通りこの話し合いは喧々諤々。生存に向けた思惑こそ全員が一致させていてもそのためにどこまでを四人種に譲れるか。どれだけの誇りや尊厳を対価とするか、そこでは意見が分かれているようだ。
言うまでもないが私たちに彼らを貶めようとか苦しめようとかそんな目的はないけれど、それは勝った側の余裕ってやつだ。向こうからすれば争っていた相手から何をされるかわかったものではない。戦力になるよう手を貸すくらいならまだしも、他にどんな非人道的なことを要求されるかと恐れている。それは魔族側にも四人種からの恨みを買っているという自覚があるからこそだ。自分たちが直接やったわけではなくとも十把一絡げに恨みの対象と見られている──自分たちも四人種の全てに区別を付けていないから、余計にそう思うのだろう。
互いの命を奪い合ってきたんだ。それも千五百年も続いてきた長大な歴史だ。それを先導していた魔王が滅びたからと言ってたかだか三年でどうにかなるほど浅い問題ではない。ましてや魔王を殺した張本人たる私たちの口から心配はいらないから移住してほしい、協力もしてほしい、なんていくら言われたところで「ああなら安心だ」となるはずもない。話し合いは混迷して当然だった。
が、もうタイムリミットだ。これ以上待つことはできない。もう大きな波の先触れはやってきてしまったのだから限界いっぱい、なんとしてでも今日には答えを聞き出さなくちゃいけない……それがたとえどんな答えだろうと私は真摯に聞き入れるし、それでいて譲れない部分は決して譲ってあげられない。基本として譲歩をするのはあちらばかりとなるだろう。
それをわからせ、受け入れさせること。言ってしまえば私の役目とはそういうものだった。




