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435 しこりのない選択

 女神に干渉をねだるのはあまり推奨できない行為だとは言ったが、それをすべき場面というのも存在する。そうやって早期に干渉を行なってもらわないと確実に事態が悪化する。より大きな干渉を行わないとどうしようもないことになる、と確定的なシーンであれば私たちは女神にお願いをしてもいい。いい、というか迷わずにそうしなければならない。でないと余計なリソースを払った挙句に干渉での世界への負荷も増しました、なんていう最悪もいいところの結果にしかならないんだからね。


 ただ、これは先々の世界の動きを見通す女神でさえもどちらに転ぶかは断じれないイベントの中のもっと小さな波だ。その規模の小ささ故に女神よりも私たちのほうが「よく見られる」としても、それでも判断は難しい。迷わずにそうすべきだと言い切れるのならなんの苦労もないが、ジャッジ自体が果てしない迷いどころなのだからままならない。今回の件はまさしくその典型と言えるだろう。


 強魔物が第三のみならず第一・第二大陸を積極的に襲いにいくかもしれない。その対処を現地民&私たちでするか、女神に干渉してもらうか。これは相当に悩ましい二択だ──そして、その発案内容からもわかる通りにコマレちゃんだけは既に答えを出している。


「魔王と勇者システムとは違ってこの波は完全に女神様の手を離れている、純粋な世界由来の波です。この先にも予期せぬ事態はいくらでも起こり得るでしょう。その中には四の五のと言う間もなく女神様の力を借りなくてはならない局面もあるかもしれません」

「そういう時のために、干渉の度合いは低くしておくに越したことはない。って話でしょ?」

「そうです。言わば干渉はコマレたちの切り札ですからね」


 おいそれと切れないのならば切り時は充分に厳選する必要があるってことだ。それ自体はやはりどこにも反論の余地なしの超絶正論である。人や灰の手だけでなんとかなったのに無闇に干渉権を使ってしまったせいで本当にそれが要るとなった際に使えません、なんてことに陥ったらあまりに間抜けだ。そうならないように温存しておくのは賢い選択だし、万が一のときのリカバリー手段があるっていうのは私たちの精神衛生上的にもすごくいい。ぐっと気が楽になるからね。


 反対に、まだ波の起こりに過ぎない現時点で早くも女神に手を下させてしまえば、この先は戦々恐々だ。いつもっととんでもない問題に直面するかわかったものではなく、そして波の終結にもどれほどの時間を要するかさえもおぼろげにすら見えていないんだから、そこに一発逆転の切り札が残っていないとなったらそれはもう、かーなーり過酷な状況である。はっきり言って灰の見習いとしては(もうそう名乗っていい時期はひょっとしたら過ぎているのかもしれないが、言っても今回が初任務であることに変わりはない)そんな条件下で仕事をするのはご免こうむるって感じだ。


 や、仮にそうなったとしてもそんな弱音を吐くつもりはないけれどさ。でもこれは純粋な私の本音ってやつだよ。


「どちらにせよリスクはある、ということ。ここで干渉を切るか、切らないか。切ってしまえばどうにかなるだろうけど後が怖い。切らずにどうにかできれば最善だけど、どうにかできなかった場合はもっと大きな干渉が必要になる……これはいくら話し合ったところでどちらが正しいと今の私たちが判断できることではない。だから」

「だから?」

「悔いのない道を選ぶべき。女神サマもよく言うでしょう、心に良くないものを残さないように、って。選び方はそれでいいと思う」

「むう……」


 カザリちゃんの淡々と紡がれた、けれど彼女なりの本気というか熱量がしっかりと込められたその意見に、私は腕を組んで唸る。


 心に良くないものを残さない、か。確かに女神がよく口にする言葉だ。そしてそれは私たちに迷いがある場面で出てくる言葉でもあった。諭しであり、励ましである。私たちの雇用主であり使用者である管理者様らしい導きのための信条が、それ。認めるのは少しばかり悔しいが、神様らしい含蓄がこの言葉にはあると私も思っている。


 迷ったとき、いくら考えても正しさなんて見えない、そもそも正しい正しくないで決められる問題じゃないとき、大切になるのは正誤ではなくてやはり心だ。選ぶ私たちの心にどれだけ良くないものを残さずに済むか。その道を歩むのが最も清々しいと思えるならば、もはやそこに迷いはなくなる。それはともすれば目先の正誤や是非よりもずっと大切で、尊重しなければならないポイントにもなる。


 納得さえあれば人は多少の苦難や困難が立ち塞がったところでそれを苦にしない。屈したりしないものだ。そこは人ならざる身となった私たちも同じで──いや、人と神の両方の視点を持って、両方の助けとなっていかなくちゃならない灰となればなおさらに、選択に納得が伴うか否かは重要になる。大袈裟じゃなく、そこを守れているかどうかでパフォーマンスが大きく変わり、それは即ち人類の行く末さえも大きく左右することになる。


 私たちの判断、それに納得があるかで、世界の未来が決まる。文章にするとなんとも壮大で、一周回ってむしろその重大さを感じさせないまであるが、これは紛れもない事実だ。そうカザリちゃんも思っているからこそ、女神の言葉を引用したんだろう。


しこり・・・のない選択って言うなら~、もう答えは決まってるんじゃない? ねえ、ハルっちぃ」

「……うん、そうだね。そういう考え方ならそれはもう一択だ」


 それでも迷いを完全には振り切れていなかった私の背中を押すみたいにして呼びかけてきたナゴミちゃんに、しっかりと同意する。それを喜ぶように隣のシズキちゃんがぎゅっと私の手を握ってきた。さりげないボディタッチがマジで多い。さりげなくないのも多いけどね、最近の彼女は。まー別にいいんだけど。


 それはともかくとして、私は意を決してコマレちゃんを中心に皆を見渡しながら言った。


「だったら私もコマレちゃんに賛成する。女神に頼る前にできるだけ自分の手でなんとかしたいってのは本音だし……そのためにただでさえ身銭を切ってる第一・第二大陸の国々にもそれを強要するのは気が引けるけど、うん。そこも含めて私たちでどうにかしたいね」


 確認のつもりでそう言えば、それを聞く皆の顔付きにも迷いはなかった。私が音頭を取ったわけではないけど、これで全員の気持ちはひとつになったわけだ。ただひとつの懸念は、そちらの道を進むと決断したのはいいが、さてどうやってその道を正解にするかだ。こればっかりは納得や意見の一致があったところで立ちどころに解決できるようなものじゃない。モチベーションの向上と管理上の都合は必ずしも関係性が比例してもいなければ相関してもいなかったりする。難しい問題だ。


「そこはご安心を、ハルコさん。策は思い付いています。まだ草案程度のものではありますが上手くいけば各国の負担をそこまで増やさずになんとかできるでしょう」


 おお。そこまで見通しが立っているからこそコマレちゃんはああも積極的に提案して自分の意見を真っ先に述べたんだな。それでいて解決策の当てがあることを私たちの意思決定までは黙っているとは──その解決策が絶対・・のものだと言い切れない以上は──とても公平だ。その点も合わせて私たちが心底から感心すると、コマレちゃんの頬は見るからに赤くなっていく。同調するまでもなく照れ照れなのが伝わってきたよ。



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